魔法のススメ

第13話

 莉々子は右手にガーベラに似た淡いピンクの花を、左手に金色の懐中時計を持ち、目の前にかざして、唸っていた。

 魔法というのは、どうにも、莉々子には難しい。


 *



 魔法の訓練は、翌日の朝に始まった。


 昨夜と同じく、というかもろに同じなパンとサラダの質素なメニューをもそもそと食堂で食べ、その後に、目の前に丸い石を差し出された。

 “輝含石きごうせき”と告げられたその石は、手にすっぽりと収まるようなサイズで透き通った碧色をしていた。

 ユーゴいわく、手を触れると、魔法の属性がわかるというものらしい。

 一見して、占い師の水晶にしか見えないそれに莉々子が恐る恐る触ると、その石の内部にきらきらと輝く光のようなものと、青白い稲妻のようなものがはじけた。

 驚いて思わず手を離す。

 それを「ふぅん」とつまらなさそうにユーゴは覗きこんだ。


「貴様は光と雷の2種類の属性持ちのようだな」

「光と雷……」


 違いがよくわからない。

 どちらも光を放つという共通点がある。莉々子にわかるのはその程度だ。

 教授を乞うような莉々子の視線に、ユーゴはごほん、と咳払いを一つした。


「雷属性はそのまま雷を制御する能力。光というのは、まぁ、教会にいる人間に多い、治癒だったり、浄化だったり、『祝福』を行う能力だな」

「はぁ、……さようでございますか」


 ざっくりとし過ぎていて、さっぱりだ。

 返事も思わず微妙なことになってしまった。

 その莉々子のなんとも気のない反応に、ユーゴは嘆息する。


「実際に使ってみろ。そうすればわかる」


 そう告げて、ユーゴは輝含石を取り上げた。

 そのまま石を片付けるのだろうか、どこかへ歩いていってしまう。

 その淡々としたその様子に、しまったなぁ、と思う。

 ここはもしかして、もう少し大げさにはしゃいだり、感心したりするべき場面だったりしたのだろうか。

 初対面の時からだが、まったくと言っていいほど、ご機嫌伺いができていない。

 いや、こんなところで急にご機嫌伺いができるようになるくらいならば、元の世でももう少し莉々子は世渡り上手になれていたはずだ。

 いつだって、莉々子はリアクションが薄くて、相手の冗談やらなにやらに合わせられず、不興をかってしまう。

 しかし、ない袖は振れない。

 つまりは、そういうことだ。

 1人でしょんぼりと佇んでいると、ユーゴはそれに気づいたのか、振り返った。


「何をぼさっとしている。さっさと着いてこい」


 放たれたその言葉に、莉々子は目を瞬かせる。

 ユーゴの方を慌てて向くが、その表情は穏やかで、その顔には何故莉々子が着いてこないのかという純粋な疑問が浮かんでいるだけだった。

 どうやら、気を損ねたわけではなかったらしい。


(意外に、寛容なご主人様なのかもしれない……)


 そういえば、これまでの問答でも、面白がるようなそぶりはしても、莉々子の発言を咎めたり、面倒くさがるようなことはなかった。

 そんなことを思う。

 中には一々細部にこだわり聞き返したり、確認をしたりする莉々子を疎ましがる人間もそれなりにいるため、そのような事を気にしない彼は貴重な類の人間であるように感じられた。


(あるいは、自身の個人的な感情よりも損得勘定を優先させられる人間なのかも知れない)


 “異世界人”もしくは“異世界から召還した最初のモルモット”としての莉々子に価値を見いだしているから、それ以外の些細なことには目をつぶることができる。

 莉々子の経験から言うと、理性的な人間というものは、対人関係において、“穏やかに軋轢なく接する”ことにより得られる利益というものを重々承知している人が多いように思う。


(つまり、逆に言えば、どんなに情に訴えかけても意味はなく、利用価値を示すことでしか彼の心を動かすことはできないということかも知れない)


 しかし、これは朗報だ。もしも、莉々子のこの仮定が正しいならば、お愛想や冗談に対するリアクションを求める情感豊かな人間が相手の場合よりも、ユーゴと莉々子の相性はさほど悪い方ではないように思われる。飼い主との相性が悪かったために殺されるなどという事態は一番避けたい莉々子にとっては、必要以上のお愛想を必要としない相手は非常に幸運だと言えた。


(少なくとも、“異世界人”であり、“最初のモルモット”であるという“珍しさ”という価値が続く期間内は、私の命は安全だ)


 ユーゴが莉々子に飽き始める徴候を見逃さないようにしなくてはならない。

 そう思いつつ、莉々子はユーゴの方へと足を踏み出した。

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