第9話
「この屋敷は俺が父から与えられた私用のものだ。領主邸はまた別にある」
貴様には、ここでしばらくこの世に慣れるための訓練をしてもらう。
「訓練、ですか」
「ああ、訓練だ」
不思議とこの屋敷には他に人の気配がなかった。
これだけ大きな屋敷ならば、使用人が十や二十はいてもおかしくないような気がするのだが。
そう考えながら絨毯を踏みしめて歩く莉々子の目の前を、何かふわふわとした白いものが横切った。
しばらく目で追いかけると、それは無事に窓枠に着地する。
そのまましばらく見つめ続けて、記憶と照らし合わせて、そうしてやっと、莉々子はそれの正体に気づいた。
(ほこりだ……っ!)
それは大きなほこりの塊だった。
ふと、思い至って、周囲をきょろきょろと見渡す。
すると、出るわ出るわ。
広い廊下の隅には、よく見ると大量のほこりが積もっていた。
壁にかけられた燭台はすすけて真っ黒だ。
暗いところから急に出たせいで目が眩んでいたが、よくよく見ると、窓ガラスも茶色く曇っていた。
それと同時に、最初にユーゴを見た時に、吸血鬼だと思った要因のうちの一つに気づく。
もちろん、ユーゴ自身の現実離れした雰囲気や美しさが最大の要因だが、それだけではない。
(この屋敷……、全体的にぼろくて汚い……)
それこそ、まるでB級ホラーのお屋敷か、お化け屋敷みたいに。
あまりの展開と生命の危機に冷静ではなかったこと、それと莉々子自身があまり清潔さに関してのアンテナが高くなかったこともあり、気づけていなかったようである。
「あのぅ、訓練というのは……」
嫌な予感がする。
それを察したのか、ユーゴはにやり、とお得意の吸血鬼スマイルを見せた。
八重歯が大変お美しい。
「貴様は使用人として雇われるのだ、当然、訓練といえば、使用人としての仕事に決まっているだろう?」
ばっ、と腕を広げて部屋を示して見せる。
「まずは、この屋敷を綺麗にしてもらおうか!」
「無理です」
美しい少年のその華々しい仕草を眼福だとは思いつつ、秒で莉々子の心は折れた。
家の掃除ですらうんざりするのに、こんな広い場所を、それも、燭台だのなんだのと飾られたレトロなものを、自分がどうこうできるとは思えなかった。
一瞬で死んだ莉々子の目に、ふっ、とユーゴは目元をやわらげる。
「冗談だ。貴様には俺の身の回りの世話をさせて、付き人のような仕事をさせる予定だ。掃除も洗濯もしなくていい」
その言葉にほっと胸をなで下ろす。
洗濯機も存在しなさそうな世界で洗濯など、莉々子には地獄だ。
「ここでは、魔法の訓練をしてもらう」
庭へと続く扉を、勢いよくユーゴは開け放った。
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