第7話
「さて、ここで貴様に問題だ」
自らを呪う莉々子は放って、少年はそう言うと、剣を首筋から一度離し、もう一つの物品を取り出して見せた。
それは黒い、チョーカーのような円状の帯であった。
「これは“服従の首輪”。その名の通り、装着した者の行動をある程度制限、操作できるという呪いがかかっている」
息を飲む。
莉々子の命を握っている以上、ここで偽証をする必要性はない。
ましてや、偽証であった場合、これほど露呈しやすくリスクの高い嘘はなかった。
つまり、これは本当のことなのだ。
「貴様には、今、選択肢が2つ提示されている」
少年は左手に持った剣を示して見せる。
「ここで俺に逆らって死ぬか」
次に、右手に持った首輪を示して見せた。
「一生を俺に縛られて生きるか」
笑った口元から、八重歯が白く光った。
「さぁ、好きな方を選べ」
その悪魔の笑みは、とても美しかった。
そんなこと、莉々子に選べるわけがない。
死にたくはなかった。けれど、よく知らない人間に身体の所有権を明け渡すことと天秤にかけられるわけもない。
周囲を見渡す。この部屋には窓がない。出入りできるのは、少年の背後にある扉だけだ。
よしんば逃げ出したとしても、全く異なる世界で、莉々子が生き延びられる可能性は、0に等しかった。
息を吸う。吐く。
少年はこちらの様子を楽しそうにうかがっている。
「早く、その首輪を私にかけてください」
そう弱々しく告げるのが、莉々子には精一杯だった。
「ほう、服従を選ぶか」
少年の声に面白がるような響きが宿る。
「選んでいません」
莉々子はそれに、出来るだけ感情がこもらないように淡々と返した。
「うん?」
「その問いには意味がありません。私には選ぶ権利など、始めからないのでしょう」
殺す気があるのならば、最初に莉々子が嘘だと糾弾した時に、無駄口を叩かずさっさと殺しているはずだ。
それをせずにだらだらと話し続けたのは、最初から生かすつもりだったからに他ならない。
もしも莉々子が死を選んでも、そう易々と殺すつもりなどなかったに違いない。
それはそうだろう、手間をかけてせっかく呼び寄せたモルモットを、捕らえ続ける手段があるのに、実験もせずに殺してしまうなんてもったいない。
莉々子に選択肢を与えたように見せたのは、こちらの様子をうかがうためだ。
おとなしく従う女なのか、それとも反抗的な女なのか。
もしかしたら、それによって、待遇を変えるつもりもあったのかも知れない。
「私は、命と我が身が惜しい。だから、貴方には逆らいません」
ならば、莉々子にできるのは、可能な限り、従順に振る舞って、有用な実験動物としての地位を獲得することだけだ。
しかし、従順さを示すならば、本当は、莉々子は自分から首輪を受け取って自らの手ではめねばならなかった。
このような余計な虚勢などは張らずに。
しかし、それは莉々子のプライドが躊躇った。
莉々子は要領が悪いのだ。不器用で、大概のことに1度は失敗してしまう。
頭ではわかっていても、素直に受け入れるなんて心が受け付けない。
結果として、莉々子は自分では動かず、少年に首輪をつけるように要請するに留めた。
少年は、ほう、と息を着くと、ゆっくりと首輪を莉々子にはめた。
莉々子は抵抗せず、瞳を閉じてそれを甘んじて受ける。
はめ終わって、再び開いた莉々子の目は、意図せず睨み付けるようになってしまった。
少年はそれに、愉快そうに喉を鳴らす。
「さて、なかなか良さそうな犬を手に入れたな。貴様は優秀な猟犬になれるかな?」
今に見ていろ。
莉々子は思う。
そうやって余裕ぶった顔をして油断している隙に、その脇をすり抜けて逃げ切ってやる。
そんなことを夢想しつつ、莉々子は「わん」と服従を示すように一声鳴いて見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます