山道で追い越しただけなのに
@d-van69
山道で追い越しただけなのに
高齢者の暴走事故が多発している。私の母はまだ高齢とまではいかないけれど、久しぶりにその助手席に乗せてもらって愕然となった。とても危なっかしいのだ。
事故を起こす前に免許の返納をすればと勧めたら、母はあっさりと承諾した。
が、それが徒となった。母が暮らすのはドがつくほどの田舎。車がないと普段の生活がままならない。ということで、母は私を頻繁に呼び出すようになった。
実家がある集落は山をいくつか越えたその先にあった。そこに通じるのは一本の県道のみ。山肌を縫うように通っているので片側は常に谷に面している。道幅は対向二車線分あり、ガードレールが設置されているものの、過去にはそれを突き破って下に転落した事故も起きているそうなので注意が必要だ。
今日も母に呼ばれ、右へ左へと曲がるその道を私は一人走っている。こんな田舎道だと他の車とはめったに出会わないのだけど、今回は珍しく前方を走るトラックが見えた。近づくにつれ見たことのある運送会社のものだと分かった。この道に不慣れなのか重い荷物を積んでいるのか、とろとろと低速走行だ。
こんなところに運ぶものなんかあるのかと思うものの、人が住むところには何がしか届くものがあるのだろう。
私が運転する車は完全にトラックに追いついた。しばらくその後ろを走るうち、だんだんとイライラしてきた。速度計を見れば制限速度を大きく下回っている。いったいこのトラックはどこまで行くのだろう。まさか母の実家まで一緒ってことにはならないかしら。この調子で走られたら母のところに着くのは随分遅れることになりそうだ。
ちょっとだけ車をセンターラインに寄せ、トラックの前方を見てみた。その前を走る車はないし、対向車線から来る車もない。
よし。と私は自分に気合をいれ、右にウィンカーを出した。アクセルを踏み込み、ハンドルを右に切る。本当は絶対にやっちゃいけないけど、対向車線を走ってトラックを追い抜いた。十分に距離をとってから本線に戻る。
バックミラーで後方を確認した。トラックとの距離はどんどん離れていく……と思っていたらそうはならなかった。トラックは私の車を追いかけるようにぴたりとついてくる。それどころかヘッドライトをパッシングしながらクラクションも鳴らしてきた。
え?うそ。私、煽られてる?
ちょっと、勘弁してよ。追い越したことが気に食わなかったの?それならもっと早く走ってくれたらよかったのに。現に今はしっかりスピードが出ているわけだし。
とにかく追突でもされたらかなわないからトラックと距離をとろうと速度を上げた。もちろん運転には細心の注意をはらって。
それでもトラックは追いかけてくる。どんなドライバーなのかと気になるけど、運転席まで確認している余裕はない。
やがて前方に少し路肩の広いところが見えてきた。そうだ。あそこに止まってトラックを先に行かせてあげようか。でも、相手も止まってドライバーが降りてきたら怖いし……。などと考えているうちに通り過ぎてしまった。
どうしよう、どうしよう。あ……。慌てるあまり警察のことをすっかり忘れていた。通報したところでこんな辺鄙な場所にどれほどの時間で来てくれるのかは分からないけど、それでも電話で繋がっていれば安心できそうな気がする。
そう考えつつ前方を見据えたまま助手席に置いたバッグを手繰り寄せた。その中に手を突っ込みかき回すうち、額に冷や汗がにじんできた。
バッグの底を掴みひっくり返して助手席の上にその中身をぶちまけた。まさかとは思っていたが、目視で確認してはっきりとした。
ない。携帯がない。家に忘れてきたのだ。こんなときに限って。
一瞬呆然となったせいで前方のカーブに気づくのが遅れた。慌ててブレーキを踏み、急ハンドルを切った……。
くそ。あの女。なんで止まらないんだ。パッシングして、クラクションまで鳴らしやってるのに、スピードを緩めるどころかさらにアクセル踏む始末だ。
お。ほら、あそこにちょっと広めの路肩があるじゃないか。そこに止まれ……って、あぁ。通り過ぎやがった。馬鹿が。なにやってんだよ。
っておいおい。大丈夫か?そんなスピードでカーブに突っ込んで。ほらみろ。急ブレーキに急ハンドル。スリップしたらどうすんだ。
あ。落ちた。急ハンドル切るからだぞ。せっかく親切に教えてやろうと思っていたのに。
追い越されたときに見えたんだ。車の屋根の上に置き忘れたスマホが。
急ハンドルのせいで落ちちゃったじゃないか。あれじゃもう使い物にならないな……。
もういいか。教えてやらなくても。止まんないあんたが悪いんだからな。
山道で追い越しただけなのに @d-van69
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます