二話-4 美少女になってから出直して来い




「宝蔵家から遣わされました。松山と申します」


「同じく、栗田です。我ら、大蓮寺清花様のご登校の間の当地域の退魔代行を仰せつかりまして御座います」


「この二名を以てこの使命を全う致すことを誓います」


「何卒、よしなにお頼みします」


 僕たちが学校へと行ったその次の日に彼らはやってきた。

 学校へ行かせろという命令が下りてすぐに自分の学校への転入を決行したから、登校している間の僕の代わりに妖怪退治をする為の人員を寄越したのだろう。それ自体は当初から予定されていたことだ。

 しかし、本来予定されていたはずの僕の入学と彼らの赴任の順番が逆になってしまっていた。

 何故か、それは咲夜は僕が別の学校へ入れられる前に強引に同じ学校に入学させたからだ。その為に今回彼らは準備が万端と言えないまま急遽ここへ赴任しにやって来ることになったはずだ。

 それなのに嫌な感じの素振りすら見せないで恭しく頭を下げていた。


「ご苦労様。本来なら清花一人で十分だったけど、精々私たちに迷惑を掛けないでくれると助かるわ」


「はっ! 必ずやこの任を全うして見せます!」


「その勢いがいつまで続くか見ものね」


 目の前にいる二人は三十歳を越えた大人の男性だ。対して僕たちは学生の身分。しかも二人とも家からは役立たずと呼ばれている落第者だ。

 その咲夜の態度も、口調も、放った言葉も、年上の彼らにとってすれば堪えがたいものだったはずだ。だというのに、それを受けても二人の顔はピクリともしなかった。

 これで反抗的な態度を見せれば信用出来ないと言って送り返し、再度の人選についてはまたおかしな奴らを送りつけられては困ると言って暫くは代わりの人員を拒否するという咲夜の策略がこれで実行出来なくなってしまった。

 本当の内心ではどう思っているかは分からないけど、少なくとも敵愾心のようなものは抱いていないのは浄化の力が反応していないところから分かる。

 少なくとも、彼らは自分たちがどういう扱いを受けるかを十分に理解してここへ来ているということだ。そういう人たちの心を動かすのは並大抵のことでは無理だろう。それは咲夜も理解したと思う。


「誠心誠意、全力で務めさせて頂きます」


「大蓮寺清花様にもよろしくお伝え頂ければと存じます」


「分かったから、さっさと持ち場に戻りなさい。今日、現れるのは六等と五等級が一体ずつ。早速だけど、お手並み拝見とさせて貰うわ」


「御意に。必ずやこの任務果てしてご覧に入れます。それでは、失礼致します」


 そうして二人は去って行った。あそこまで徹底的に畏まられては無茶を言って追い出すことなんて出来ない。

 あることないことで難癖を付けて追い出すことも出来るけど、それが発覚した時のことを考えるとあえて危険を犯す必要はない。

 そんな訳で、咲夜は二人が僕の代行をすることを受け入れるけれど、ここには住まわせないという話でこの件は落ち着いた。

 協力するのだからここに住むだなんて強硬に言われなくて良かったと、そこだけは一安心だ。


「全く……こんなことにあんな人員を割くくらいなら最初から寄越しなさいよね」


 全く以てその通りで、嫌がらせの為だけに全く人を送らなかったというのにこの変わり身よう。これが善意の類ではないことは明らかで、だからこそ僕には咲夜の心中が痛いほどによく分かる。その中でも割合として多いのはやはり呆れだろう。


「ああいう人たちはどこまでも自分勝手だからね。僕たちを対等とは見ていないから」


「普段高みの見物を決め込んでいる奴らがたった一人の小娘に翻弄されてるのを想像すると笑えるけれどね」


「笑ってるところ悪いけど、向こうもやられてばかりじゃないっていうのは覚悟しておかないといけないと痛い目を見るよ?」


「そんなことは分かってるわよ。こっちは考える頭が一つや二つ、対する相手は一体どれだけの思惑があるか分からないもの。予想外の百や二百、軽く踏み潰すくらいの気概じゃないとやっていられないわ」


 目に見えないものほど怖い物はないけど、僕たちに出来ることは目に見えたことを一つずつ片づけていくことだけだ。

 当面の課題はこれからの学校生活と新たにやってきた二人。そして、もう一つ。


「そういえば、学校で苗字の方は名乗ったけどさ、あれから何か接触はあった?」


 目下、一番手を出してくる確立が高いのは咲夜の実家である宝蔵家、そして僕が家名を名乗った大蓮寺家だ。

 大蓮寺家は元々は浄化の水が扱えるということで栄えた家だけど、数代前の当主から全くと言っていい程に力が扱えなくなってしまい、そのまま没落に至った古き名家。その血筋は今も続いてはいるものの、その栄華は今や見る影がない程だ。

 かつては一世を風靡した名家も、今や力を失くした退魔師の末路と後ろ指を指されている。子供に歴史を教える際に反面教師としてよく使われているらしい。

 そんな大蓮寺家は豊富な霊力があればともしかしたらと思い複数の名家に妾として娘を送り込んだ。その一人は僕の実家である葛木家と婚姻を結び、第二婦人という立場になった。けれど、その期待を背負って生まれてきたのが僕だ。男として生まれ、浄化の力が使えない僕を見て落胆する母を見た時に僕はどんなことを感じていたか。今では考える気にもならないけれど。

 ともあれ、そんな数十年前に絶えたと思われていた血の力を扱える僕の存在を大蓮寺家が知れば、必ず何かしらの方法で接触はしてくるに違いない。


「そんなの、最初からよ」


「えっ?」


 咲夜の返答は呆気からんとしていたものだった。


「貴方がここの地域の妖怪退治を始めた時から、大蓮寺家から私のところに何通もの手紙が着ているのよ。清姫とは誰なのか、どこで会えるのか、紹介をして欲しいってね。浄化の水を使えるって時点でそうなるのは確実だったからそれは別にいいのよ」


「それ、初耳なんだけど?」


「……一応は貴方の母君の実家だし、変に肩入れをして欲しくなかったのよ。あの頃はまだ契約してただったし。許して頂戴」


 あの頃の自分が母の為にと行動をしないとは確かに言い切れないので咲夜の判断も已む無しではある。

 今となってはその行いに対する危険を十分理解しているので安易には手を出したりはしないけれども。


「それはいいけど、結構前からの話でしょ? どういう理由で断ってるのさ」


「どうもこうも、今や浄化の力が使えない家の人の言う事なんて誰も聞く耳を持たないということよ。対外的要因にせよ、対内的要因にせよ、力を失った退魔師では一族で役立たずで落ちこぼれである私にすら直に対面出来ないのが現実ということね」


「そういう敵を作るような行為は感心しないけどな。それに、そんなことばかりしていたらいずれ過激な方法をとるかもしれないよ? 実際に騙っているのは僕だから、直接的な被害はこっちに来るんだけど?」


「それはないわ」


 咲夜はそれだけはないと首を横に振った。


「向こうからすれば清花という存在は希望の架け橋なの。それこそ一族の命運が掛かっていると言っても過言じゃないくらいに。そんな相手と敵対するような出来やしないわ。実力行使に出ようにも、力を失って退魔師としてすら活動出来なくなった彼らに毒、薬、呪い、あらゆる弱体化が効かない若手現役最強の一角の貴方に敵うはずがないでしょう?」


「まぁ、余程の人じゃないと負ける気はしないけど」


「力を失った今の大蓮寺家には、貴方が姓を語る為の隠れ蓑として使えるというそれだけの価値しかないの。寧ろ、清花という存在が世に出ただけでも彼らの価値は上がっているとすら言えるし、それだけでも泣いて感謝をするだけの利益を与えていると言えるわ」


「そこまで感謝されるかな? 寧ろ邪魔者扱いされない?」


「それにわざわざ大蓮寺という名を名乗ったのはいざという時の保険。貴方の存在がバレそうな時に実は隠し子でしたと言う為のね。そのことに相手が気づいていたら、貴方を害しようだなんて考えすらしないでしょうね」


 その血筋にしか許されていない力を扱えるのだから、直接的に葛木清光と大蓮寺清花が同一人物であるという説よりも大蓮寺の隠し子という設定の方が説得力があるし納得も出来るというものなのは理解出来た。

 とはいえ、今は高度な情報社会。隠し子の存在だって暴かれる可能性は低くはない。


「それで騙される人がそういるとは思えないけど」


「普通に考えればね。……実はね、大蓮寺の過去を追って分かったのだけど、あの家で力を失ったと原因とされる過去の当主にはかなり問題があったらしいのよね。それこそ、隠し子の一人や二人はいてもおかしくないほどに」


「随分と奔放な人だったんだね。あれ? でも、大蓮寺家は代々女性が当主になる特殊な家だよね? それで他所に子供を作るとか無理がない?」


 普通、隠し子というのは他所の女性に子供を産ませたという意味合いが強い気がする。

 子を宿した女性は必然的にお腹が大きくなってしまうから、当主という立場であれば人の目から隠すことは不可能に近いはずだけど。


「色々と曰く付きの人だったらしくてね。当主になるまでずっと家を離れていたから、果たしてどこで何人産んで来たのかは不明らしいのよ。当主になったのはその後。だから知らないところから血縁者を名乗る人がいてもおかしくはないって話な訳ね。その人から生まれてくる子は皆が浄化の力が満足に使えない欠陥を抱えていたという話だし。その女性当主も自分の力で当主になった訳ではないらしいから、それまでの間に何かしらの呪詛でも仕込まれたのかもしれないわね」


 浄化の力を持つ人間が呪詛を仕込まれるとは、少しも笑えない話だ。


「そうでもないと衰退する理由がないよね。でも、僕にはそれが効いていなくない?」


「思い当たる節があるとすれば、化装術かしら? というよりは元々が男の子という線も有り得るかも。元々が女性にしか扱えない術なのだから、術の効果を強める為にも対象を女性のみに限定しているのかもしれなくない?」


「あぁ、うん。……この浄化の力って、本当は女性にしか扱えないはずだよね?」


「そうらしいわね。男女によって異なる扱える術があるなんて珍しくはない話だし、何なら他にももっとありそうだけど」


 それ故に過去の大蓮寺家の当主は女性のみだという話だ。

 僕がこの力を使える仮説としては、元々浄化の力を血筋として持ってはいたけれど生まれた時の性別が男だったから使用は出来なくて、転身をして身体が女性になったから使えるようになったと考えれば説明がつく。呪い云々はただの想像なので考えないものとするとして。


「そうなると、つくづく自分が血に恵まれているなと実感するよ」


 化装術も、浄化の力も、自分が努力をして手に入れたものではないのだから恵まれているという以外に言葉がない。

 その結果が女の子になるという今だから、それを嬉しいと感じていいのかどうかは少し微妙なところではあるけれども。


「退魔師なんてそんなものでしょう。私みたいな場合も含めて、ね」


 咲夜の一言で話は終わった。

 咲夜の力も有用で殆ど唯一無二なのだからそう卑下することではないけれど、こればかりは本人の意識の問題だから恵まれた側の僕がどういう言える話ではない。そっとしておいて触れないであげるのが良いと判断した。

 それはそれとして、咲夜の下に報告がやって来た。

 新たにやってきた退魔師二人は恙なく無事に討伐を成功とのことだ。

 しかし、その功績による金銭は全て咲夜の下に送られてきたという。一見すると意味が分からないけれど理由はある。それは彼らがより上位の者から金銭を貰ってここに来ているからだ。だから妖怪討伐による多少のお金のことなんか見向きもしない。

 それよりも上位者の命令の方が優先されるというわけだ。

 咲夜の考えだと、もしも手柄と報酬を奪っていたら地域運営の妨げとして追い出しにかかるつもりでいたらしく、その対策として討伐による成功報酬は全額こちらに渡すつもりだろうとのこと。どうやら僕の知らない裏では中々に熾烈な戦いが繰り広げられていたらしい。


「……くふふっ」


「どうしたのさ、急に笑って」


「いえね、偶々見たネットにこんなのが書かれていて……」


 そう言って、咲夜は端末を渡してきた。

 情報収集をしていたはずなのに、何を見ているんだと呆れながら端末を見る。

 画面に映っていたのは、『清姫じゃないとかガッカリ』『何かムサいオッサン出てきて萎える』『これって表舞台から清姫を排除しようってこと?』『今日から清姫が学校に来るようになったのはそういうことだったのか』『おい何それ詳しく教えろ下さい』等々、話題は新しくこの地に来た退魔師のことと僕が学校に行ったことの二分化されていた。

 学校の件はともかく、新任の宝蔵家の退魔師に関しては良い方向の話は殆どないと言っていい。

 僕の姿が見れなくなったという怒りの方が凄まじかった。それはもう凄い勢いで、怒りに任せて同じような文章を連続で投稿する人が続出するくらいには燃え上がっていた。


「何だかあの二人が可哀想になってきたよ……」


 ある程度は非難の声を受けるのは覚悟していただろうけども、ここまで一方的だと流石に同情してしまう。

 僕だったら心が折れていたかもしれない。


「……で? 咲夜はなんで笑ってるのさ」


 そんなこちらの心情をさておいて、咲夜が肩を震わせながら画面の一部を指差して。


「色々あるけど、特に面白いのはこの『美少女になってから出直して来い』ね。ある意味で的を得ているようで笑いが止まらなくて……プッ、アハハハハハハハ!」


「それが一番面白くないんだけど!?」


 言うに事欠いて一番洒落にもならないことで爆笑している咲夜を止めるのは至難の技だった。

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