19.勇者に憧れる赤髪の男

 レーガルト王国騎士団長ヴァーゼルを追い払ったゲイン達。日も暮れかけていたので急ぎ次の村へ向かっていた。

 周りの景色は草原から林へ。街道を歩くゲインの足も自然と速くなる。



「おーい、早く来い!!」


 体も大きく体力のあるゲインが、振り返って遅れて歩くふたりに声を掛ける。朝、王都を出てから歩きっぱなしのリーファ達は既に疲労困憊。買って貰ったばかりの杖を文字通り地面につきながら歩いている。



「何なんだ、あの体力ゴリラは……」

「ふへ~、ゲインしゃ~ん、ちょっと休憩しましょうよぉ~……」


 へろへろになるふたりを遠くに見ながらゲインは、王都で体力訓練もしておけば良かったと少し後悔する。そんなゲインの目に林の奥の方で光るあるものが映る。



「あ、あれは……」


 緑の大きな長い葉。そこに連なる黄色の房。ゲインの大好物であり数少ない弱点。



バナナじゃねえか!!!」


 隠居時代は自分で栽培していたバナナ。リーファに会ってからは流通ものばかり食べていたが、久しぶりに新鮮なバナナを口にできる。



「時を経て熟した甘いバナナも最高だが、もぎたての硬く無機質なバナナもこれまた絶品。ツンデレみたいなバナナのようで最高だぜ!!」


 意味不明なバナナ愛を口にしながらゲインが林の中へと入って行く。それに気付いたリーファ達が口を開けてつぶやく。



「おい、ゲインの奴、急に林の中へ入って行ったぞ」


「わ、私達が遅いので、怒ってどこか行っちゃうのでしょうか~、ふにゃぁ~」



「分からんが雌ゴリラにでも会ったかもしれん。発情したゴリラをなだめるのは大変だぞ」


「ふひゃ~!! へ、変態ロリゴリラしゃん!? ぎゃー!!」


 ふたりは棒になった足に力を入れ急ぎゲインの元へ向かう。




「おお、これは素晴らしいバナナだ。……なるほど、この辺りではこんなバナナが育つのか」


 ゲインは野生のバナナを頬張りながらひとり至福の時を過ごす。未知なるバナナとの出会い。それもまたゲインの旅の楽しみであった。だがその時間は長く続かなかった。



 ガサガサ……


 ゲインの背後の草が擦れる音が響く。


(何かいる? 魔物か!?)


 振り向いたと同時に、それはゲイン目がけて突入してきた。




 ダダダダッ……



(盾!? 人間!!??)


 草から現れたのは盾を構え、鎧を着た人間。突然の不意打ちにゲインは、それをタックルするように体をぶつけて応戦する。



 ドン!!!


「ぎゃっ!!」


 ゲインの力強いタックルを受け一瞬後ろへよろめく敵。同時にゲインが思う。



(こいつは攻撃じゃねえ!! 注意を引くための囮、ならば……)


 ゲインはすぐに抜刀し敵の頭上に動く影に向かって叫ぶ。



「そこだあああ!!!!」



 ガン!!!!


 盾を持った敵の頭上に現れた別の敵。大きな剣を手にゲインを上から叩き斬ろう襲い掛かってくる。それを瞬時に剣で打ち返すゲイン。飛ばされた敵が地面に落ち、すぐに剣を構えて言う。



「魔物が喋った!? ええっ!? 違うのか?? お前、なんだ……??」


 剣を持った赤髪の男が戸惑いながら尋ねる。ゲインが呆れた顔で答える。



「魔物じゃねえよ。どこにこんなイケメンの魔物がいるんだ?」


「ぷっ、ぷぷぷっ……」


 それに笑って反応する盾を持っていた鎧。赤髪の男が剣を収め申し訳なさそうに言う。



「ああ、もしかしてゴリ族だっけ? そっちの方の奴だったか??」


「まあ、そんなようなものだ」


 ゲインも敵意が消えたことを感じ、剣を納める。鎧の人物が顔や目を守る兜のベンテールを上げ笑いながら言う。



「ボク、ゴリ族なんて初めて見た。面白いゴリラなんだね!」


 上げたベンテールから見える青い髪、青い目。幼さも残る優しそうな顔立ち。赤髪の男が改めて言う。



「すまねえ。あんたのこと魔物だと勘違いしちまった。この辺には黒い熊の魔物『ブラックベアー』ってのが居て、村や旅人を襲うから時々駆除してるんだ」


 王都から離れた郊外。既に魔物除けの結界の効果はない。




「おーい、大丈夫か!!!」


 そこへ後から追いかけて来たリーファとシンフォニアがやって来る。シンフォニアが赤髪の男達を見て尋ねる。



「ど、どなた様なんですかぁ~?? ああ〜ん、雌ゴリラさんじゃないですよね~??」


「雌ゴリラ? 何の話だ??」


 意味が分からないゲインが首を傾げる。赤髪の男が言う。



「お前の仲間か? まあ、取り敢えず名乗ろうか。俺はカイザー。スティングさんに憧れ、勇者を目指す男だ」



(!!)


 ゲイン達が一瞬固まる。鎧の人物も言う。



「ボクはマルシェ。カイザーの前衛、タンクをやってるんだ……」


 そう紹介するマルシェが恐る恐るカイザーを見る。カイザーが睨みつけて言う。


「言っておくが俺はこんな奴仲間だと思ってねえ。俺はひとりでも強い。こいつはジジイが無理やりつけているタダの邪魔者だ」


「カイザー……」


 それを聞いたマルシェの顔が悲しみの表情となる。リーファが前に出て言う。



「勇者を目指す? そうかそれは残念だったな。私は魔法勇者リーファ。魔王を倒す者だ!!」


「は? お前みたいな子供が勇者?? なに言ってんだ??」


 それを全く信じようとしないカイザー。リーファが言う。



「驚くなよ。私達はあの勇者パーティーだった『ルージュ様』から直接指導頂いている。魔王を倒すよう命じられた。残念だが勇者の称号は私のものだ」


 ゲインが横目でリーファの目を見る。色の変化はない。カイザーが驚いて言う。



「はあ? あのルージュ様から直接指導だって!? マジか!! お前ら一体何者なんだ??」


(おいおい、いつルージュが俺達に魔王討伐を依頼した?? あいつは自分も一緒に行きたいって言ってただけだぞ)


 会話を聞いていたゲインがため息交じりに思う。リーファが上から目線で言う。



「紹介しよう。先程も言ったが私は魔法を使いこなす魔法勇者。この女は駆け出しの僧侶。こっちはゴリラだ」


「紹介が適当すぎねえか……」


 どうやら『魔法勇者リーファパーティー』は既成路線らしい。カイザーが驚きながらもそれに答える。



「本当にあのルージュ様が指導したかどうかは別として、勇者は魔王を倒して初めて勇者と呼ばれる。お前らまだなんだろ? だったら俺はこのまま勇者を目指すぜ」


「まあ良いだろう。魔王は再びこの世に現れた。いずれお前にも分かるだろう」


 やはりなぜか偉そうなリーファの態度。

 だがそんな彼女の目の色を見ていたゲインは体が固まった。



(今、目の色が薄い紺色に変わった……、と言うことは復活したのか? 魔王が……)


 体現者と言う恐るべき能力を持つリーファ。正直そんなものは信じたくないゲインだが、これまでの荒唐無稽な出来事を思えば否定できない。カイザーが笑って言う。



「面白いガキだな、お前。気に入ったぜ。ところでお前ら一応冒険者なんだろ? 今日はどこに泊まるんだ?」


 そう尋ねられたリーファがゲインに聞く。



「なあ、。今日はどこで泊る予定なんだ?」



「!!」


 それを聞いたカイザーの顔色が変わる。



「おい、ゴリラ。てめえ、『ゲイン』って言うのか?」


 明らかに雰囲気が変わったカイザー。ゲインが答える。


「そうだ。俺の名はゲイン。それがどうした?」


 カイザーがゲインを睨みつけて言う。



「俺はよぉ、あの『臆病者ゲイン』が大っ嫌いなんだ。スティングさんの偉業に傷をつける恥知らず。あんたには関係ないかもしれねえが、その名を聞くを苛々するんだよ」


 またか、そうゲインは思った。

 王都を離れようが『ゲイン差別』はなくならない。十年もの間姿を消していた自分にも責任はあるが、改めて目の当たりにするとやるせない気分になる。リーファが言う。



「お前、何を言っている?」


「はあ?」


 カイザーが不満そうな顔になる。



「勇者スティングに憧れるのは良い。私もそうだ。だがあの勇者スティングも『仲間』と共に魔王を倒した。前衛のゲインが居なければどうなっていたのか分からぬだろう」


 それを聞いたカイザーが大きな声で笑って言う。



「あははははっ!! これだからガキは困るな。あの臆病者はスティングさんが戦っている間何もせず陰から見ていただけだぞ? 勇者とはひとりでも強いから勇者って呼ばれるんだ。この俺みたいにな!!」


 そう言って親指で自分を差しドヤ顔をするガイザー。黙って聞いていたマルシェが言う。



「でもカイザー、この子の言う通りだと思うよ。だから長老もボクをキミにつけて……」



「黙れっ!!」


 突然大きな声を出したカイザーに皆が驚く。



「何度も言うが魔物など俺ひとりで十分倒せる。俺は強いんだ!! これから更に強くなって魔王だって俺ひとりで倒してやる!! お前なんか要らねえだよ!!!」


 どうやらカイザーは村の長老の孫で腕は立つが自信過剰なところがあり、タンク役のマルシェを同行させているようだ。

 黙り込む一同。ちょっとバツが悪く思ったのかカイザーがリーファ達に言う。



「ああ、すまねえ。ちょっと熱くなっちまったな。お前ら今日の宿を探してるんだろ? うちの村に来いよ。泊る所ならあるぜ」


「おお、そうか。それは有り難い。なあ、ゲイン。それでいいか?」


 そう尋ねるリーファにゲインが答える。


「そうだな。もう夕暮れだ。そこでもいいんだが……」


 リーファが尋ねる。


「何だ? 何か問題でもあるのか?」



「いや、美味いバナナはあるか?」



「は? あ、ああ、バナナはあるぞ。この辺りは良く採れるからな……」


 カイザーがやや引きつった顔で答える。



「そうか。じゃあ決まりだ。これから行こう」


 ゲイン達一行はカイザー達の後に付いて村へと歩き出した。






「さあ、着いたぜ。宿屋はあそこだ。ゆっくりして行ってくれ」


 案内されたのは街道沿いにあるこじんまりとした村。周りを木々で囲まれた小さな集落で、木で作られた家が建ち並ぶ。

 夕方になり村の入り口にある焚火台に火を灯していた村人がカイザーに気付き声を掛ける。



「ああ、カイザーさん。あれ? そちらの方々は……??」


 ゲイン達の姿を見て村人が尋ねる。カイザーが答える。


「まあ、ちょっとそこで知り合ってな。今日はここに泊まって貰うんだ」


「そうですか。ようこそキダル村へ。歓迎しますよ。美味しい郷土料理もありますからゆっくりして行ってくださいね」


 村人はゲインの姿を見てやや驚いたが、すぐに笑顔になって言う。



「バナナ料理もあるのか?」


「え? あ、バナナ料理はないかな……? バナナだけなら野菜屋で売ってますが……」


 そう引きつった顔で答える村人を見てリーファが言う。


「つまらないことを聞くんじゃない。バナナ料理なんて普通はないぞ」


「ああ、そうだな。すまなかった」


 心底悲しそうな顔をするゲインを見てシンフォニアが言う。



「と、とりあえず早く休みましょう~、もうくたくたですぅ~」


 ゲインが苦笑して答える。


「そうだな。じゃあ、早速宿屋に……」


 そこまで話した時、村の見張り台にいた男が大声で叫んだ。



「魔物だ!!! ブラックベアーが現れたぞっ!!!!!」


 ゲイン達が振り返る。

 いつの間にか村の外を取り囲むように数体の黒い悪魔ブラックベアーがこちらを睨みつけていた。

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