10「夜は続いていく」
「あ、ラックだ」
「――エルナ!?」
ギルドを出て宿舎に入ると、そこでエルナと鉢合わせた。部屋に迎えに行こうと思っていたから動揺した声が出てしまった。
「エ、エルナ、もう大丈夫なの? その、身体は……」
「うん、なんともないよ。今のとこ、ね」
「そっか……」
そこで黙り込んでしまう僕たち。話したいこと、聞きたいことはたくさんあるはずなのに、どこから話せばいいのかわからない。お互いでかたを伺っている。
だけどふと、僕はあることに気が付いた。
「そういえばセトリアさんたちがそっちに行かなかった?」
「あ――来た来た! みんな来た! さっきまですごかったんだから、わたしの部屋」
エルナがどこかホッとした顔で話に乗っかってくる。
「セト姉が抱きついてきてわんわん泣き出しちゃって。みんななだめるのが大変で」
「……あぁ」
いきなり僕を引っぱたくくらいだもんなぁ。エルナの無事な姿を見たらそうなるだろう。号泣するセトリアさん、見てみたかったな。
「ていうか、よくセトリアさんが放してくれたね?」
念のため辺りを見回すけど、他には誰もいない。こっそり見られているということもないはず。
「うん、そのあとリフルさんが来てね。セトリアさんを引き離して――今度はリフルさんが泣き出しちゃって。すっごく謝られちゃったよ」
「……そっか。僕も、謝られたよ」
泣きながら頭を抱きかかえられたことは、黙っておこう。何故かエルナには話しちゃいけない気がする。
「わたしが悪いのにね。わたしが、わがまま言ったから……また、迷惑かけちゃっ
た」
「…………」
なんて声をかければいいかわからなかった。
悪いのはエルナじゃない。一番悪いのは、邪龍ゲインシードの呪いだ。
答えを知っているからこそ、言葉がでてこなかった。
「……あのさ、ラック。これ、誰にも言ったことがないんだけど……」
「うん?」
「わたしの不安定な魔力って、体質なんかじゃないし、病気でもない。……呪いなんだ」
「――――!!」
(――は!? な、なんで、知って!?)
僕は叫びそうになるのを必死に抑え、顔にも出ないように堪えた。
動揺と混乱。だけどなにも応えないのもおかしい。平静を装って聞き返す。
「呪いって……なんで、そんなこと」
「昔ね、お父さんとお母さんが話しているの聞いちゃったんだ」
「え…………ん? お母さん?」
エルナのお母さんは、彼女を産んですぐに――。
「やっぱり信じられないよね。でも覚えてるんだ。これは生まれたばかりの時の記憶で、わたしの枕もとだったのかな。聞こえて来たんだよ。
『この子が呪われてしまった』
――って、2人が話してるの」
「そんな……!」
エルナは呪いを知っていた――? いや、誰にも言っていないということは……。
「エルナ、どんな呪いか分かるの?」
「ううん。わたしが覚えてるのその一言だけなんだ。でも赤ん坊の記憶があるなんて誰も信じてもらえないでしょ? ……ううん、そうじゃなくても呪われているなんて話せなかったかな。お父さんにも、怖くて聞けなかったし」
やっぱり詳しいことは知らないようだ。
呪われていると言いふらすのも、呪われているかどうか確認するのも、普通できない。ずっと一人で不安を抱えていたんだ。
「じゃあ、どうして僕に話してくれたの?」
「だって……」
「……ごめん、そうだよね」
今日の出来事があったからだ。呪いの話が無関係ではないと思ったから。だから話してくれたんだ。
(そしてそれは――本当の話だ。彼女は呪われている)
その答えを、本人に伝えるべきか――?
……言えない。結局なにもわからない、不確定な答えを教えたところで、不安を煽るだけだ。
「……それで、リフルさんとセトリアさんは?」
「え?! あー……結局ファイナさんが来て2人を連れ出していったよ。ケンツくんとゴルタくんもいたけど、その時一緒に出て行ったかな」
露骨に話題を変えてしまった。エルナも一瞬驚いていたけど、すぐに答えてくれた。
「ファイナさんがね、お腹すいてるなら食堂にご飯が残ってるから行っておいでって、教えてくれて。そしたらラックとバッタリってわけ」
「なるほどな……ていうかゴルタもいたんだ」
そういえばバタバタしていて忘れていた。ギルドに戻って来た時、たまたまいたゴルタに出迎えられたのだ。最初はものすごく慌てていたけど、すぐにエルナを運ぶのに部屋まで先導してくれて。あとは任せてくださいっす! とか言って部屋の前に陣取っていた。
これも今思い出したけど、ゴルタはエルナの魔力のことを知っているんだった。だから余計に心配して、エルナが目を覚ますまでずっと部屋の前にいてくれたのかもしれない。
……あとでお礼言っておかないとな。少しだけなら褒めてもいいか。
「ラックはフィンリッドさんとお話ししてたんだよね。……これから、ご飯?」
「うん……僕も食堂に夕食があるって言われて。一緒に食べに行く?」
「うん、いこっ」
そう言って、僕たちは宿舎の廊下、食堂までの短い道のりを黙って歩き出した。
だけどすぐに、エルナが立ち止まる。
「わたしね。今日のこと、覚えてるよ」
エルナはポケットから緑色の石を――宝珠を取り出して、僕に見せる。
美しい球形の宝珠は、仄かな緑色の光を放っていた。
「なにがあったのか、なにが起きたのか……わたしがなにをしたのか、ぜんぶ、わかってるから」
「…………」
「ねぇ、わたしってなんなのかな?」
「エルナは人間だよ」
『クククッ……やはり、あり得ぬ魔力だ。そこの剣士よ、貴様が守ろうとしているのは、本当に人間か?』
あの時の剣王の亡霊の言葉に、僕は一瞬言葉を詰まらせてしまった。それが悔しくて悔しくてたまらない。
だけど今は即答できる。
僕が守ろうとしているエルナは、人間だ。
「あのさ、エルナ。……ありがとう」
「え……? なんで? ていうかいまの流れ、わたしがお礼するところじゃない?」
「僕はエルナに助けられたから。今すごく怖いと思うけど、僕が生きているのはエルナのおかげだ。それを忘れないで欲しい。だから、ありがとう」
「そんな、わたしは……」
さすがに困らせてしまっただろうか。でも、本当のことだ。少しでもいい、悪いことばかりではないと思って欲しかった。
「とりあえずさ、その石はこれからも肌身離さず持っていた方がいいよ」
「……うん。でも、外側壊れちゃった。あの木の珠も気に入ってたんだけどね」
「そうなんだ。……あれ? もしかして、中に石が入っていたの知ってた?」
「え? そりゃ知ってたよ。開けられるようになってたから」
「あー、そうなんだー……」
意外と色んな情報隠し持ってたな、エルナ……。
「お父さんにはあんまり開けるなって言われたけどね。でも、この緑色の石を見てると不思議と落ち着くんだよ。大丈夫だって、思える気がして。だからひとりの時に眺めたりしてたんだ」
「ん……」
僕はそっとエルナから目を逸らす。だって、その宝珠に込められた想いは――
「……さあ、行こう。エルナ」
「うん。……あのさ。わたしからも、ありがとね。ラック」
――救いたい。
かつて、僕はそんな想いを込めて創ったんだ。
* * *
「エルナちゃん目を覚ましたんだな。安心したぜ」
「ラック君もお疲れさまです。大変だったね」
「エドリックさんと、ケインズさん?」
エルナと一緒に食堂に入ると、そこには先客がいた。
先輩冒険者のエドリックさんと、ギルド職員のケインズさん。2人がテーブルを挟んで酒を飲んでいるようだった。
キッチンの方にはもう誰もいない。勝手に鍋からよそって食べろということだろうか。エルナがいるし、そのへんは問題ない。
とりあえず2人に手招きをされたので、まずはそっちに向かう。
「このタイミングでお前らと会うってのは、やっぱそういうことなのかもしれないな」
「エド……」
「……ま、2人とも座れよ。飯食いに来たんだろ? その前にちょっと話をしようぜ」
僕らは顔を見合わせ、2人が座っているテーブルの横に椅子を運び、言われた通りに並んで座った。
「あの、エドリックさん。酔ってます?」
「明日デカイ作戦あるのに飲むわけないだろ。まだ一杯目だ」
飲んでるし。やっぱり酔ってるんじゃないか?
「僕も普段は飲まないんだけど、今日はちょっとね。エドが心配で付き合ってるんだ」
「なんで俺を心配するんだよ。いやまぁ……ありがとな」
「おふたり、仲がいいんですね。知らなかった」
僕がちょっと驚いていると、エルナがフォローしてくれる。
「エドリックさんとケインズさん、わたしが入った時から仲がいいよ」
そういえば、ケインズ班と呼ばれる冒険者がいると聞いたことがある。その名の通りケインズさんが依頼の割り振りを担当している冒険者たちで、これまでも難易度の高い依頼をこなしてきたらしい。その結果、今ではエース揃いだ。
確かエドリックさんもその一人だと、リフルさんが話していたっけ。
「ま、ケインズとは色々あってな。昔、色々と……あー」
言いかけたエドリックさんが、頭を掻きながら項垂れてしまう。
「エド。話すって決めたんでしょ?」
「そうなんだが……くそぅ」
「どうしたんですか? エドリックさん?」
「あ、わたしわかった。やっぱりすっごく酔ってるんでしょー? 本当は何杯目なんです?」
「ほんとに1杯目だっての……」
「あはは……ごめんね2人とも。エドがヘタレちゃって」
そう言ってケインズさんは小さくため息をついた。
だけど一度目を瞑り、姿勢を正し――真剣な表情になる。
「エド――エドリックは、エルナちゃんに話があるんだよ」
「――え? わたしにですか?」
「ケインズ! ああ――ま、そうことでな」
エドリックさんが手にしたジョッキをぐいっと飲み干す。
「ふぅ……話ってのは、1年半前のことだ」
「え……」
1年半前――。エルナのお父さんが行方不明になったのがそうだ。まさか……。
エルナもその可能性に気付いたのだろう、言葉を失っている。
「ま、わかるよな。君のお父さんの話だよ。……知ってるだろ、お父さんを護衛していた冒険者のうち、生還したのが一人いるって」
エルナがおそるおそる頷く。
「はい……フィンリッドさんから聞いてます。それが誰かは教えてもらってないですけど……うそ、もしかして」
「ああ、俺だよ。1人逃げ帰った……未熟者は俺なんだよ。今まで言えなくてすまなかった」
今日はなんて日だろう。色んな事が、衝撃的に紐解かれていく。
夜はまだまだ終わりそうになかった。
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