5「冒険者への憧れ」


 助けた少年は今朝消えた新人冒険者のゴルタだった。

 つまり元凶。思わずジト目を向けると、さっきまで関わる気ゼロだったケンツが隣り並び、珍しいものを見る目でゴルタをジロジロと眺めだした。


「ケンツは話したことあるんだ? なんで気付かなかったの」

「昨日顔合わせしただけだ。つーかなんでここにいるんだ? 夜逃げしたって聞いたぞ」


 ケンツの言う通りだ。宿舎の部屋はもぬけの殻だとエルナが言っていた。そこまでしたのに依頼の現場にやってくる意味がわからない。ケンツがすぐに気付けなかったのも当然かもしれない。

 僕らが心底不思議がっていると、ゴルタはおずおずと口を開く。


「お、おいら……逃げたのはいいけど、穴開けた依頼のことが気になったっす……」

「は? 気になっただと?」

「心配になって現場に来たってこと?」


 コクコクと頷くゴルタ。


「うーん、責任感があるんだかないんだか……」

「いや、だったら最初からバックレるなって話だろ。ねーよ、責任感なんて」


 ごもっともだ。

 うん、そう考えると、僕もひとこと言わないと気が済まないな。


「ゴルタ君、ゴルタ君。そんなに気になるのなら教えてあげようじゃないか。いいか、君が開けた穴は僕が埋めることになったんだよ。休みでゆっくり寝ていようと思ったのに叩き起こされたんだ。知ってる? いや知るわけないんだけどさ、僕、これで9日連続で依頼を受けてるんだよね。ようやく休めるはずだったんだ。やっと勝ち取った休日なんだ。なのにこうして依頼の現場に来ている。その意味、わかるよね? 僕の気持ち、想像くらいはできるよね?」

「うぅっ! 本当にごめんなさいっす……」


 胸を押さえ、こっちが引いてしまうほど怯えた顔をするゴルタ。言い過ぎたか?

 ちなみにケンツは「マジかよ……俺には想像できねぇ」と僕を見てドン引きしていた。僕は心の中で涙を流した。

 話を進めてしまおう。傷が大きくなる前に。


「ま、まぁそれはもういいけどさ。君はどうしてバックレ――夜逃げしようと思ったの?」

「それは、その……」


 膝を抱えて俯くゴルタ。ケンツがパシンとその頭をはたく。


「おいおい、俺たちはお前の命の恩人でもあるんだぜ? 詳しく聞く権利、あるだろ」

「うぅぅぅぅ……そうっすよね。ごめんなさいっす」


 ゴルタ少年は膝を抱えたまま、語り始めた。



「おいら、ここに来るまでは腕っぷしには自信があって。冒険者になって魔物を倒してくるって、村のみんなと約束して来たっすよ。

 でもいざ依頼を受けてみたら、街道の見回りやゴーレムの護衛ばっかりで。おいら、知らなかったっす。今ってゴーレムがなんでもやっちゃうんすね」

「なんでもってわけではないけど……まぁ」

「それでおいら、なんか違うなって思って」


 やはりそういう理由か。その気持ちは僕もわかる。


 都市から離れた田舎の村にはまだゴーレムが普及していない。魔物を倒して素材を集めるのはもちろん、天然由来の素材も人間が集めている。そしてそれが普通だと思っている村はいくつもある。

 だから都市に出て冒険者ギルドに登録し、現実を知ると――思い描いていた冒険者とのギャップにやる気をなくしてしまうのだ。それだけならまだしも、ゴーレム制作の仕事に興味を持ち、そっちに流れるパターンも多い。


 ゴルタの話を聞いて、ケンツが大きなため息をついた。


「はぁぁぁ……お前さぁ、じゃあ逃げてどうするつもりだったんだよ。村に帰るのか?」

「か、帰れないっすよ。だから、おいら……おいら」


 突然ゴルタが顔を上げ、僕の方を見る。そして膝をついて勢いよく頭を振り、地面に額を打ち付けた。

 ゴスッ!


「え、うわ、いたそ……ってなにやってるの!?」

「おおう、いい土下座だな」


 ゴルタはそのまま一回転するんじゃないかと思うほど頭を傾けて、叫んだ。



「お願いします、冒険者様! おいらを弟子にしてくださいっす!」



「――――はっ!? 弟子って……弟子!?」


 とんでもないこと言い出したぞ、この子。

 どう見てもケンツじゃなくて僕を見ているし。ていうかケンツ、距離を取るな!

 僕はぶんぶんと手を振った。


「いやいや僕だって新人冒険者だよ! 弟子取るような身分じゃないよ!」


 40回転生しているが、この世界でのラックはまだ弱い。新人レベルなのだ。

 だけどゴルタは引かない。


「さっき、よく見ておけって言ったっす。オークを倒すその背中、おいらしっかり目に焼き付けました! かっこよかったっす! おいらもあなたのようになりたいっす!」

「なっ――かっこよかった!?」


 その言葉はちょっと嬉しいけど、それとこれとは話が別で――。


「ふっ……はっはっは! 面白いことになったな。しっかり面倒見ろよ、ラック」

「やめてくれケンツ!」


 隣のケンツが笑いながら肩を叩いてくる。

 あぁ予感的中だ。本当に面倒なことになってきた。


「お願いします! なんでもしますから! 弟子にしてくださいっす!」

「だめだって、弟子なんて無理!」

「そこをなんとか! 考えてほしいっす!」


 ぐりぐりと額を地面に擦り付ける。この子、僕が認めるまで頭を上げないつもりだ


「それ痛そうだからやめて! ああもう……じゃあゴルタ君、一つ聞かせてくれ」

「はいっ! なんでも答えるっす」

「僕の弟子になりたい。そう言うってことは、冒険者としてやり直したいんだね?」

「……はい。おいら、強い冒険者にずっと憧れてたっす。だから未練あるっす……」


 自分が穴を開けた依頼がどうなったか心配で見に来るくらいだ。そうだとは思っていた。


「ん? ちょい待てゴルタ」


 ケンツが首を傾げながら口を挟んでくる。


「お前自分がしたこと忘れてないか? 依頼バックレて宿舎も夜逃げしたんだぞ。ワーク・スイープに戻れると思ってんのか?」


 彼の言う通りだ。依頼に穴を空けるのはギルドの信頼を下げることに繋がる。最悪、その依頼主から依頼がもらえなくなるだろう。そんなことが続けば冒険者ギルドはあっと言う間に廃業だ。そのため、どこのギルドも無断バックレに対しては厳しく処分すると聞いた。ケンツの言う通り、ワーク・スイープに戻るのは難しいだろう。

 他のギルドになら登録しなおせるかもしれないが、だとしても別々のギルド所属で師弟関係というのは無理だ。


 しかしそこはゴルタもわかっていたようで、こう言い切った。


「そこは、ギルドの職員さんに謝ってみるしかないっす!」

「うわ……は、ははは……」


 許してもらえるまで受付カウンターの前で床に額を擦り続ける姿が思い浮かぶ。絶対そうするつもりだ。


「ま、実際それしかないよなぁ。どうすんだ? ラック」


 僕は少し考え込む。落としどころは思いついているけど、色々面倒で気が進まない。でも、進めないと終われない。


「……仕方ない。ゴルタ、もう一度言っておくけど、弟子を取ることはできない。でも僕とケンツが口添えすれば、ワーク・スイープには戻れる」

「え……い、いいんすか? 本当っすか?」


 そこでようやく顔を上げるゴルタ。思った通り額が血で滲んでいた。


「ていうか俺もかよ? ま、別にいいけどな。……一人で来たの、有耶無耶にできそうだし」


 ケンツがぼそっとなにか呟いていたが、聞こえなかったことにしておこう。


「同じギルドなら同じ依頼を受けることもある。弟子にはできないけど、一緒に働くことはできるってことで……どうかな」

「――はい! それでお願いしたいっす!」

「決まりだね。じゃあ早く戻ろう。素材採るの、ゴルタも手伝って」

「はいっす!」


 元気よく返事をして、ゴルタは倒れているオークに飛びつく。

 やれやれ、と小さくため息をついていると、ケンツがこそっと話しかけて来た。


「おい、ホントにいいのか? 俺たちが口添えしたってギルドに戻れる保証はないだろ?」

「こうでも言わないと、ずっと弟子にしろって言い続けそうだし……。ま、許してくれることを祈るよ」


 これでもそれなりにギルドに貢献している。僕も頭を下げればなんとかなるだろう。

 それに、冒険者なり手不足のこのご時世。ギルドはいつでも人手不足だ。反省とやる気をしっかり見せれば許してもらえるのではないか、と思っている。この様子なら二度目のバックレは無いだろうし、ギルドもそう判断してくれるんじゃないか?

 一応、そんな計算があってのことだった。きちんと弟子の話も断れたし、我ながらいい落とし所だったと思う。


 さて、僕らもボスオークの素材を採らないと。剣も刺しっぱなしだ。そう思って歩き出すと、


「あ、待って下さいっす!」

「どうかした? ゴルタ」

「そういえばきちんと自己紹介していなかったっす。おいらゴルタ・ロロロウロって言うっす」

「ああそういえば……。僕はラクルーク・リパイアド。ラックでいいからね」

「わかりましたっす! ラック師匠!」

「――だから弟子にはしないってば!」


 あぁ……おかしなことになった。

 僕は本当に休息できているんだろうか――。




 その後、二日酔いで頭を抱えたエドリックさんが現場にやってきた。事情を説明すると彼は明らかに面倒なことに巻き込まれたという顔をして、


「面倒くさいことに巻き込まれた……来るんじゃなかったぜ」


 そのまま口にも出したが、職員への説得に付き合ってくれた。なんだかんだ面倒見のいい人なのだ。


 おかげかどうかはともかく、僕の計算通りゴルタのバックレは許された。職員たちが集まって話し合っていたが、割とすぐ結論が出たところを見るに、人手不足は本当に深刻なのだろう。

 ゴルタが力一杯床に額を擦りつけていたのもまぁ効果があったと思う。あれは痛そうだし。反省しているのがよくわかる。……僕を師匠と慕う姿は影響無かったと思いたい。


 ただし、復帰には当然ペナルティと条件が付けられた。まずペナルティ、ゴルタは明日からの早朝、宿舎の共用部清掃を5日間手伝うこと。そして条件の方は、これからゴルタが受ける依頼の5回分、僕かケンツのどちらかが組むことだ。

 ……しっかり巻き込まれた。口添えした手前、責任を取れということだ。まぁこれは仕方ないか。でもその前に一日くらい休みもらえるよね? 14日連続とかにしたくないぞ。

 ちなみにエドリックさんは同じく5日間、依頼が終わった後に、依頼に関する知識をゴルタに教えるという役目を押しつけられていた。

 ……さすがに申し訳気持ちでいっぱいだ。せめてその座学に僕も参加するか……。


 もうひとつちなみに。一人で依頼に出発したケンツはしっかりリフルさんに怒られた。


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