はぐるま

杉後 佳

診断~プロローグ

 九月、まだまだ夏の日差しがキツイ。

富士子ちゃんと、市立病院の神経内科にいる。


「今の季節はなんですか?」

鼻の頭まで下がったメガネをあげながら、先生はいう。

「春です」

背筋を伸ばし、お品良く答える富士子ちゃん。

先生は質問を続ける

「では、野菜の名前を言ってください。言えるだけ沢山答えてください」

「大根・・・人参・・・ちくわ・・・あ、えっと・・・ちくわ」

「大根と人参と、他になにか思いつきますか?お野菜ですよ」

先生は、やんわり話しかける。

富士子ちゃんは、助けてと言わんばかりの顔で、こちらを見る。啓介と麻衣は目を合わせないように壁のポスターを見ているフリをしていた。

「え・・・んん・・・あ!・・・ちくわ」

野菜は、二つしか言えなかった。ちくわってと、麻衣は吹き出しそうになった。

先生は、更に質問を続けていく。

カードを見せたり、線をなぞらせたり、引き算をさせたり、色々な質問をする。かろうじて名前と生年月日は、まだ答えられた。

先生は、CTの結果を見ながら

「アルツハイマー型認知症ですね」

と言った。

脳のCTを見ると、真ん中が黒く穴が開いてるいるような感じだった。まるで、そこに記憶が落ちていってしまっているかのよう。

啓介は、確信を持っていたにも関わらず、自分の母親が認知症と診断されて、ショックを受けているようだった。


 富士子ちゃんは、啓介の母親であり、麻衣にとってはお姑様。基本穏やかでお品のある淑女という感じ。小柄、割と天然。


 十五年前・・・

同居の為、家を建て替える事が決まった時

「麻衣ちゃんのお父さんも神奈川に呼んで、一緒に暮らしましょうよ。それがいいわ」

お菓子を食べながら、あっけらかんと言う富士子ちゃん。

「いやいや、無理だって。団塊世代の俺様だから絶対イラつくし、性格的にも一緒に住むのはありえないよ」

と何度説明しても

「そんなのやってみないと、わからないでしょ?」

と言う。麻衣が眉間にシワを寄せて首を横に振ると、更に続けて

「私は、もうこんな年よ?いちいち突っかかったりしないし、お互い好きなように過ごせばいいだけよ。心配しなくて大丈夫よ。上手くやれるわよ」

お茶を淹れながら、ご機嫌に鼻歌を歌い

富士子ちゃんは、全く聞く耳を持たず。

もちろん麻衣の父も断り続けていたが、とうとう、半ば強引に父を埼玉から神奈川へ呼んでしまった。


三世帯同居がスタートして三ヵ月・・・

「麻衣ちゃん・・・私、あなたのお父さん、嫌いよ」

冷ややかに言い放つ富士子ちゃん。

はぁ?

声にこそ出さないけれど、目を大きく見開き顔面でジェスチャーする麻衣。


たった三ヶ月で平和は崩れたが、ここから十五年、喧嘩もあったけど、なんだかんだとお互いに慣れて、交わし方もうまくなってきていた。

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