父上と祖父上と猫(4)


 突然、スクーカムと共にやってきた国王にソマリは少々驚いた様子だったが、すぐに優雅に微笑み、跪いて挨拶をした。


「これはこれは国王陛下。ようこそおいでくださいました。お会いできて光栄です」

「うむ……。突然すまないな」


 険しいキムリックの表情が少し緩む。見目麗しく、所作も美しいソマリを、一目見てキムリックは気に入ったようだった。


 すると、軍の規律以外は面倒なことが嫌いなキムリックは、早速本題に入る。


「今日は息子の婚約者であるそなたに会いに来たのと……あと、そなたが飼育しているという猫を見に来たのだ」

「えっ、猫ちゃんを?」


 ソマリは虚を衝かれたような面持ちになる。まさか国王が猫に興味を持つなんて、考えてもいなかったのだろう。


「そうだ。息子には話したのだが、兵士の中で猫に心酔し妙な発言をする者が増えておってな……」

「ああ……。確かここを訪れる兵の皆さんは、猫ちゃんに多大な愛情を抱いてくれていますね」


 キムリックの言うことに心当たりしかないであろうソマリが、苦笑いを浮かべる。


「仕事はそれまで以上にこなしているようなので最初はあまり気にしていなかったが、あまりにもそういった奴らが多くなってきてな。由々しき事態に思えてきたのだ。国王として、猫とはどんな生き物なのかを今日は確認しにきた」

「なるほど……。あの、念のための確認ですが。陛下は猫ちゃんを一度もご覧になったことが無いのですよね?」


 ソマリが神妙な面持ちになって尋ねた。


「ああ。見たことも無いし、興味もないので猫についてはほとんど何も知らぬ。悪魔の使いだというくだらない伝説があるらしい、ということしか」

「そうでございますか……。その状態でいきなり猫ちゃんと対面して、陛下のお身体は大丈夫でしょうか?」

「何? どういうことだ?」


 キムリックが眉をひそめる。


「スクーカム様が、最初に私の猫ちゃん――チャトランを見た時は、衝撃のあまり失神しかけたそうなので。今でもたまに息苦しそうにしておりますし。兵士の方々がそのような状態に陥っている光景も多々見かけます」

「何!? それほどまでに猫は凶悪な存在なのかっ?」


 猫を見ただけで気を失いかけたなんて知られて、「軟弱者め」と罵られるのではないかと一瞬ひやひやしたスクーカム。


 しかしキムリックは、スクーカムの情けなさより猫の恐ろしさの方が気になったようだ。


 スクーカム程の男が気絶しかけるなんて、猫はどれほどの禍々しさを持っているのだとでも考えているに違いない。


「凶悪……。まあある意味、凶悪かもしれませんね」


 ソマリの傍らで控えていたコラットが、意味深に言う。


 確かに今までの常識のすべてを覆すほどの愛くるしさは、凶悪とも言えよう。スクーカムも、それには深く同意できる。


(でも、父上は普通の意味で「凶悪」と捉えているだろうな)


 すでにキムリックは、戦場に赴く前のような勇ましい面持ちになっている。切れ長の瞳はギラリと光り、強い闘志を燃やしているように見えた。


「ふん……。兵士はまだしもスクーカムまで手中に収めるとは猫もなかなかやるようだが。ただの動物風情に心を折られるなど、鍛錬が足りぬのだ。……サイベリアン王国の頂点に立つ俺が、猫ごときに屈すわけがない。俺の心を脅かすというのなら、受けて立とうではないか!」


 キムリックが、まるで手練れの好敵手に挑むかのような発言をすると。


「……分かりました。では陛下、こちらへ」


 ソマリが猫達を放っている広間へとキムリックを案内した。後にスクーカム、コラットも続く。


 ――すると。


「父上?」


 広間に一歩足を踏み入れたキムリックが、体を硬直させている。視線を広間の中央に合わせて、まるで絵画のように微動だにしない。


 キムリックの視線の先をスクーカムが見ていると、チャトランがひっくり返ってお腹を出して転がっていた。


 そしてチャトランはそのままの体勢で「にゃ~ん」と甘い鳴き声を上げた。つぶらで愛らしい瞳をキムリックの方に向けながら。


(こ、これは! いつどんな時でもかわいいチャトランではあるが、一際かわいい仕草だ! それにあの聞いただけで全身がとろけるような鳴き声! くっ、性懲りもなく心臓が脈打ってしまう……! く、苦しい……)


 その場で膝をつきそうになるスクーカムだったが、気力を振り絞って堪えた。


 キムリックはいまだに硬直したままだ。ソマリが不安げに「陛下……? どうなさいましたか?」と尋ねると。


「こ、こ、これが。ねねねねね猫?」


 体は固まったまま、震えた声を上げるキムリック。喉すらもうまく動かないのだろうか。


「はい、この子がチャトランです。あ、向こうにいるのがルナとアルテミスです。あの二匹はまだ子猫でございます」


 ソマリが床に置いた鍋に入っている二匹の子猫を指差して説明する。


 ルナとアルテミスは、お互いを抱きしめながら眠っていた。鍋の中で、二匹でひとつの円を作るように。

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