噂の魔女(6)
*
スクーカムは、王宮の敷地内にある兵の訓練場に赴き、離宮の警備を担当する衛兵たちを集めた。
彼らの心身を守るために、これから重大なことを告げる目的で。
衛兵たちは、緊張した面持ちでスクーカムの前に整列している。
「まず我が婚約者であるソマリについてだ。魔女だとかいう馬鹿げた噂があるが、事実無根である」
スクーカムがそう断言すると、集められた兵士たちの表情が緩んだ。
「そうですよね。俺はそうだと思っていました」
「スクーカム様が選んだ女性ですもんね。まったく、どこからそんな根も葉もない噂が出てきたのか」
日ごろからスクーカムを信頼してくれているのか、あっさりと兵たちは言葉を信じてくれた様子だった。
だが、しかし。
「よかったです。それなら、悪魔の使いである猫をソマリ様が何匹も飼育しているという噂も、でっちあげなんですよね?」
ひとりの兵士が、猫について追及してきた。いかにもスクーカムに、「そうだ」と言ってほしそうな聞き方で。
スクーカムは少しの間言いよどんだが、意を決して口を開く。
「それは……半分嘘で半分本当だ。ソマリは現在、猫三匹と共に離宮で暮らしている」
「えっ……?」
兵のひとりが掠れた声を漏らす。スクーカムが告げた内容に驚愕している様子だ。怯えた面持ちになった兵すらいる。
「だ、だが猫は悪魔の使いなどではない! 断じて違うっ」
スクーカムは慌ててそう言った。あんなにかわいい猫を悪魔の使いだなんて信じている彼らの考えを、一刻も早く改めたかった。
「え……。でも古くからこの辺りではそう言い伝えられていますが……」
「そんな伝承は偽りだ。確かに、猫のその姿を見た者は心を奪われるし、すべてを投げ打って猫にひれ伏したくなるだろう……。俺だって危うかった。猫は人間の上に立つ生物なのではないかと、思ってしまう瞬間すらある」
「な……!? スクーカム様ほどの方がそのような思考に陥るなんて! 猫にはそんな支配力が!? や、やっぱり悪魔の使いなのではっ!」
猫の真実をきちんと伝えるために、自分の猫に対する思いを正直に告げたスクーカムだったが、かえって恐怖心を煽らせてしまったようだ。ほんの少し言い方が悪かったかもしれない。
「違う! 猫は恐ろしい生き物ではない! ……いや、ある意味恐ろしいかもしれない」
「一体どちらなのです!? 猫という生物は、一体どんな……!」
ごくりとつばを飲み込む兵士のひとり。
(あわよくば、『かわいい』という単語抜きで猫について説明できるかなと思っていたが。やはり難しいようだな……)
「聞いて驚くなよ。……いや、決して笑うなよと言う方がいいか」
いよいよ決意したスクーカムは、そんな前置きした後恐る恐るこう言った。
「猫はその、なんていうか……かわいいのだ」
場はしんと静まり返った。衛兵たちは皆、何も言葉を発せずにぽかんと口を開け、スクーカムを見つめている。
「……はあ?」
しばしの静寂の後、ひとりの兵士が間の抜けた声を上げる。するとスクーカムはこう続けた。
「だから、猫はとてもかわいいのだ。神がかり的なまでに。いや、もはや存在そのものが神と称しても過言ではないかもしれない。ふわふわの被毛、甘い鳴き声、無防備な仕草……。異常なかわいさからか、傍若無人な行動ですら『あーもうかわいいんだから!』で許せてしまう。かわいすぎてもう辛い。恐ろしさすら覚えるほどだ」
言葉にしているうちに、チャトランやルナ、アルテミスのかわいい姿が脳裏に鮮明に蘇ってきた。思わず悶えそうになるスクーカムだったが、兵士の手前なんとか堪える。
すると。
「ス、スクーカム様。気は確かでしょうか?」
兵士のひとりが恐る恐るスクーカムに尋ねた。頬を引きつらせ、興ざめしたような面持ちをしている。
「なに?」
「お、恐れ入りますが支離滅裂なことをおっしゃっている気がしたので……。私の聞き間違いだと思うのですが、『猫がかわいい』などとおっしゃってはいませんでしたか? まさか、スクーカム様がそんな……」
「言ったが? それに俺はいたって正気だ」
質問をした兵士は固まってしまったようで、それ以上何も言葉を発しない。他の兵士たちも呆然としていた。
(まあ、このような反応になるのも無理は無いか……。俺自身、今の俺を少し前の俺が見たとしたら『何か傀儡の術にでもかかっているのだろう』と信じて疑わないに違いない)
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