平民街の猫事情(5)
「そうなのですか? 初耳ですね……! 僕は露店で余った、酢や黒胡椒などで味付けした肉をマリーに与えていましたが……。あまりマリーの体にはよくなかったということでしょうか」
「そうね……。でもマリーはまだ若い猫ちゃんみたいだし、今から味付け前のささ身肉をあげればきっと長く生きしてくれると思うわ」
不安げな顔をするマンクスに、ソマリは安心させるように言った。
マリーは毛艶がよく瞳もきらきらとしている。まだ成猫になったばかりのようなので、今から健康に気を付けた食生活を送らせてあげれば、多くの病気を防げるだろう。
「そうですか。それはよかった……」
心から安堵した様子のマンクス。本当にマリーをかわいがっているのだな、とソマリは彼に好感を持った。
ソマリの話を聞いていたコラットも、深く納得するような面持ちをしていた。
「あ、だからソマリ様はちょくちょく厨房にやってきては、私が調理する前に猫用の肉を分けていたのですね。味付け前のお肉の方が猫にいいから」
「そういえばコラットにも猫ちゃんの体にいい食材については説明していなかったわね。ええ、その通りよ」
コラットの言葉に頷くソマリだったが。
「コラットさんはソマリさんのお付きなんですよね……? も、もしかしてソマリさんはいいとこのお嬢様ですか?」
マンクスが警戒したような視線をソマリに向けている。
(し、しまった。ついいつもの調子でコラットと会話をしてしまったわ)
知り合ったばかりのマンクスに、王太子の婚約者と知られるのはまずい。彼からささ身肉を購入するのは問題ないと思うが、彼がソマリの身分を知れば今のように腹を割って話してくれなくなるだろう。
(いつかはバレてしまうかもしれないけれど。できるだけ長い間隠しておきたいわ)
「ま、まあ一応私は令嬢という身分だけれど。でも爵位は低い方だし、侍女もコラットひとりだしあまり平民街の方々と変わらない生活をしているわ。そんなに私に対してかしこらなくて結構よ」
「はあ……そうですか」
身分を偽るために適当に嘘をついたが、マンクスが特に疑う様子はない。コラットはソマリの思惑を察したらしく、何も言わずに苦笑いを浮かべていた。
(よし。しばらくは身分の低い令嬢が暇を持て余して猫ちゃんをかわいがっているということで行きましょう)
「しかし、貴族のお嬢様がこんなにも猫のことを考えてくれるのなら、平民街の猫たちを取り巻く環境も少しは変わるかもしれませんね。鶏のささ身肉の件はもちろん、今後も僕にできることはなんでも協力いたします!」
満面の笑みを浮かべて、意気揚々とマンクスはソマリに告げた。
「ありがとう、マンクス」
ソマリも微笑み返しマンクスに礼を述べる。
(離宮にお迎えできる猫ちゃんが見つかればいいなあって平民街にやってきたけれど。思わぬ味方が増えてよかったわ)
肉屋のマンクスがいてくれれれ、離宮でたくさんの猫と暮らしても猫の食糧調達にはそう困らないだろう。
彼と知り合えた幸運を、ソマリは心から噛みしめたのだった。
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