サイベリアン王国での生活開始(9)
(あれ、これってもしかして)
スクーカムの言動に、コラットはピンときた。
彼の様子は、まるで自分が初めて猫と対面し、そのかわいさに衝撃を受けた時とそっくりだったのだ。
まあ、スクーカムの方がだいぶ反応が過剰だが。
「あの。ひょっとしてスクーカム様は、猫がかわいすぎて悶絶なさっているのではないでしょうか?」
きっとそうだろうなあと、ほぼ確信しながらコラットはスクーカムに尋ねる。
すると、それまで体を震わせていたスクーカムが、ぴたりとまるで固まるかのように静止しした。鉄仮面のせいで彼がどんな表情をしているかは不明だ。
しばらくの間、スクーカムは何も答えなかった。場にはチャトランの喉の音だけが響く。
「そ、そそそそんなことあるはずがないだろう! 俺ともあろう者が何かをかわいいと思うわけがない! この猫とかいう生き物に対しても、れ、例外ではないわっ」
大声でコラットの言葉を否定するスクーカムだったが、その言葉は悲惨なほどに嚙みまくりだった。顔が見えずとも、彼が激しく動揺しているのが手に取るように分かる。
(いや、絶対そうじゃないの)
図星を衝かれて焦っているらしいスクーカムがなんだか面白くて、コラットはからかいたくなってしまった。
コラットはチャトランの両脇の下に手を入れると、抱き抱えた。
(あー。ふわふわ~。かわいいいいい……)
三日間でだいぶチャトランの扱いには慣れた。最初のように動悸・息切れは覚えなくなったが、やはり直接触れると、性懲りもなく甘美な気持ちを覚えてしまう。
だけどチャトランの感触を味わっている場合ではなかった。
「本当に? スクーカム様はチャトランをかわいいとはまったく思っていないのですか?」
チャトランをスクーカムに近づけながらコラットが言う。突然のことにチャトランは「解せぬ」という顔をして「にゃーん?」と鳴いていた。
するとスクーカムの喉の奥から「ひっ……!」という悲鳴が聞こえてきた。
(この方、どれだけ猫のかわいさに耐性が無いのかしら)
笑いを堪えながらコラットがそんなことを思うも、スクーカムはぷいっとチャトランから顔を背ける。
「ふ、ふん。まったく思わん! たかが少しふわふわで目がつぶらで鳴き声が愛らしくて肉球がぷにぷにしていそうで三角のお耳もあくびの時は大きく開くお口もピクピク動くおひげも、目にするたびに甘美な気持ちになるというだけではないか!」
つっけんどんに、早口でスクーカムが言う。
(あの、それってつまり「かわいい」ってことですよね)
完全に猫に魅了されているスクーカムに、もはや言葉を発して突っ込む気も起きないコラットだったが。
「……そうですよね。やはりスクーカム様のように精神力が強いお方は、私やコラットのように猫ちゃんに心を奪われたりはなさらないのですよね……」
ソマリはスクーカムの本心にまったく気づいていないようで、大層残念そうに言う。
(ええ!? ソマリ様なんであのスクーカム様を見て気づかないのよっ?)
さすがに「いや明らかにスクーカム様も猫好きじゃないですか」とソマリに告げようとしたコラットだったが。
「あ、当たり前だ! 流麗の鉄仮面と謳われる俺が猫にかわいいなどという感情を抱くわけがないだろうっ」
ソマリの言葉に乗っかるように、スクーカムが必死な様子でまくし立てた。
(スクーカム様、気づいて欲しくなさそうね……。まあ、剣士としては猫に萌えているなんてきっと知られたくないんだわ)
スクーカムの気持ちを慮り、コラットは真実を黙っておくことを心に決めた。
だがそれにしても。
ソマリをとても聡明な女性だとコラットは感じている。まだ三日の付き合いだが、猫の扱い方や習性などの知識が豊富なことはもちろん、サイベリアン王国を取り巻く情勢も詳しく、国を訪れたばかりだというのに民衆文化にも詳しい。立ち振る舞いも優雅で気品があった。
それなのになぜ、見れば一目で分かるスクーカムの猫好きに気づかないのだろう。
(そういえば、ソマリ様ってスクーカム様の婚約者だというのにあまり彼の話をしないのよね……)
ソマリがスクーカムに対して話していたことと言えば、彼が猫と暮らすための支援をしてくれるとか、離宮では好き放題猫と戯れていていいという許可をもらっているだとか、猫に関する話だけである。
もしかして、ソマリは猫を思う存分愛でられる環境が欲しくて、それを許してくれるスクーカムと婚約したのではないだろうか。
さらに猫のことしか頭にないソマリは、スクーカムの態度なんてどうでもいいから、彼の本心に気づかないのでは?
コラットがそんな推測をしていると。
「……そろそろ軍会議の時間だ。もう戻らなくてはならない」
口惜しそうにスクーカムが告げる。もっとチャトランの側に居たいんだろうなあと、コラットは彼の内心を察する。
「あら、お忙しいのですね。今度はもっとお時間ある時にお越しになっては?」
「うむ……。しかし短時間にしておかないと、その後ドキドキが治まらないのだ……。この前なんてあまり眠れなかった」
ソマリの言葉に、スクーカムが沈痛そうに答える。
(恋を知り始めた女の子かな?)
内心そんなツッコミをしてしまうコラット。ソマリは意味が分からないようで怪訝な顔をしていたが。
「あ、そうだソマリ。」
寝室から出る間際に、スクーカムがソマリの方を向いて口を開く。
「なんでしょうか?」
「そろそろ寒くなる。暖炉の準備をしなくてはな。チャトランが寒がったらいけない……じゃなかった、ソマリもコラットも風邪を引いたら大変だからな」
「ありがとうございます。スクーカム様はとてもお優しいのですね」
ソマリは満面の笑みを浮かべるが、まったく心を通わせていないふたりの会話にコラットはとうとう呆れてしまう。
(いや今最初に「チャトランが寒がったらいけない」ってスクーカム様言っていたじゃないの。スクーカム様もソマリ様に一目ぼれじゃなくて、チャトランに一目ぼれだったのかもしれない……。うん、きっとそうだわ)
このふたりは、猫を通して繋がっているだけに過ぎないのだ。コラットは早くもふたりの真実に気づいてしまった。
(だけどスクーカム様も素直にかわいい猫が大好きだってソマリ様に告げればいいのに。ソマリ様はきっと嬉しいだろうし、そうすればふたりの仲も縮まると思うけれど)
しかし、「軍事国家の王子たるもの質実剛健でなければ」という思いが強いスクーカムには、無理な話だろう。
離宮の扉を開けて出て行くスクーカムの背中を見ながら、コラットは複雑な気持ちになるのだった。
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