僕のペット/俺の飼い主

朏猫(ミカヅキネコ)

第1話 僕のペット1

「最近、リュウノスケの元気がない気がするんだ」

「リュウノスケって、この間引き取った子の名前だったな」


 ファトファトの言葉に、コーヒーを一口飲んでからこくりと頷く。


「病気なのか?」

「病気じゃないと思う。きみにもらったチェックシートで確認したけど問題なかった」


「それでも心配で」と続けると、ファトファトが「ルルスらしいと言えばらしいが」と言った。若干呆れ気味の声に思わず「違うよ」と食い気味に答える。


「きみは専門家だからそんなふうに言えるんだろうけど、僕には初めてのことばかりなんだ。どうしていいのかわからなくて、だからこうして二人に来てもらったんじゃないか」

「おまえは何事も心配性すぎだ」

「だって、日に日に元気がなくなっていってるんだ。引き取ったときはあんなに元気だったのに……」


 僕の言葉にファトファトがため息をつきながら金髪をかき上げた。

 ファトファトは学生時代からの友人で、故郷がある二つ隣の銀河系から数年前に移住してきた。「地球種が大好きでね」というのが移住の理由で、大勢の地球種が棲息しているこの星で地球種の研究と保護活動を行っている。


「そうそう、ルルスは何でも心配しすぎなんだよ。この星は地球種にとっても最適な環境だっていうのに、まさか日光浴ができるように自宅をフルリフォームまでするなんてさ」


 そう言いながらケーキを食べているのは幼馴染みのフィーンだ。


「リュウノスケにはできるだけ快適に過ごしてもらいたいんだよ。それに地球種はデリケートだってファトファトも言ってたよね?」

「それは一部の地球種の話だ。それにあの子は耐性値も順応値も高かった。だから初心者のおまえでも大丈夫だと太鼓判を押したんだ」

「それにまだ一人でしょ? たった一人を相手にそんなに振り回されてどうするのさ」


 フォークをくるくると回すフィーンに「僕は一人で十分だよ」と反論する。


「そもそもフィーンの三人が多すぎるんだ。それじゃ寂しがる子が出てもおかしくないのに」

「残念でしたー。うちの子たちはみんな元気いっぱいだよ?」


 白い部分のないフィーンの真っ黒な瞳が笑うように細くなった。赤毛がふわりと揺れ、隙間から覗く真っ白な首筋の鱗がきらりと光る。


「ルルスだって可愛がる自信があったから引き取ったんでしょ?」


 言われた言葉に思わず視線を逸らしてしまった。


「ちょっと、なんで目を逸らすのさ?」

「……別に」

「もしかしてルルス、ちゃんと可愛がってあげてないんじゃないの?」


 疑うようなフィーンの言葉に、つい誤魔化すようにコーヒーを飲み干してしまった。そんな僕を黒一色の瞳がじとっと見つめる。


「きみがいい奴だってことは知ってるけど、臆病すぎるのはどうかと思うよ? そもそも彼らは可愛がられないと弱ってしまう。それをちゃんと理解したうえで引き取ったんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「それなのに可愛がってあげないなんて、リュウノスケって子がかわいそうだよ」

「でも、僕の本当の姿を見たら怯えるかもしれないし」

「だーかーらー! そういうのも含めて施設があるの。そもそも見られたくないなら最初から引き取らなきゃいいじゃん」

「わかってるよ。僕だってリュウノスケが可愛くて仕方ないんだ。本当は毎日だって可愛がってやりたい。でも、怖がらせてまで可愛がるのはどうかと思って……」


 段々小さくなっていく僕の声に、ファトファトが「それが原因じゃないのか?」と口を挟んだ。


「え?」

「元気がない原因はそれじゃないのかと言ったんだ」

「……まさか、そんなはずないよ。毎日最低限の触れ合いはしてるし、話だって毎日たっぷり聞いてあげてる」

「いいや、僕もそう思うね」


 フィーンまでもが大きく頷いている。地球種の専門家であるファトファトだけでなく、地球種三人と暮らしているフィーンにまでそう言われると段々そんな気がしてきた。


(僕のせいでリュウノスケの元気がなくなってきたってこと……?)


 本当にそうだとしたらどうしよう。気落ちしながら施設で初めて会ったときのことを思い出した。

 リュウノスケはほかの雄よりも少しだけ体が大きかった。保護された当時からしっかりした体つきだったようで、ほとんどが成人前に引き取られるのに成人しても施設に保護されたままだった。よく知られている地球種と違う見た目に敬遠されてしまったのだろう。

 そんな大柄なリュウノスケのことを、僕はひと目見て気に入った。一目惚れと言ってもいい。一般的には小柄なほうが好まれるらしいけど、僕自身が大きいからか大きいほうが好ましく感じたのだ。

 ついてきてもらったファトファトにも確認してもらい、引き取るのに問題ないこともわかった。その日のうちにリュウノスケの皮下メモリに僕のIDを登録し、それから一週間、施設での面会に毎日通った。

 大柄なリュウノスケは見た目どおり元気で、そしてとても素直な子だった。僕の大きさに目をぱちくりさせたのは最初だけで、すぐにいろんな話をするようになった。

 好物は施設で初めて食べたチキン南蛮とちらし寿司で、僕が好きなコーヒーはミルクと砂糖を入れれば飲めること、一番好きなのは蜂蜜レモンのソーダ割りだと照れくさそうに教えてくれた。シャワーよりお湯に浸かるのが好きで、パジャマは綿のものがお気に入りだということもわかった。


「家に来たときはすごく元気だったんだ」


 笑ったり驚いたりする姿に、僕も一緒になって笑ったり驚いたりした。ご飯もお風呂も一緒で、もちろん寝るときも一緒だ。毎日大急ぎで仕事から帰るくらいリュウノスケに夢中だった。


「でも、最近はあまり笑ってくれないんだ。それに何か考え込んでいるように見えるし……」

「ルルスが可愛がってやらないからだよ」

「リュウノスケは知能値も高かった。おそらく“なぜ自分は可愛がってもらえないんだろう”と考えているんじゃないか? そうやって思い悩む地球種に会ったことがある」

「そうなのかな」


 空になったコーヒーカップの底を見ていたら、フィーンが「地球種のほうだって可愛がられたいと思ってるんだからね」と言っておかわりを注文してくれる。


「施設ではちゃんとそのあたりも教えてるんだから、可愛がってくれない飼い主だと悩んじゃうのは当然でしょ」

「そうかな」

「そうなの! 三人の地球種と暮らしてる僕が言うんだから間違いないよ」

「俺もフィーンと同意見だ」

「……そっか」


 原因がわかると少しだけ気持ちが楽になった。いや、リュウノスケが完全に元気になるまで油断はできないけれど、二人に相談して本当によかったと胸をなで下ろす。

 おかわりのコーヒーを一気に飲み干した僕は、ファトファトに「その後、その地球種はどうなったんだ?」と尋ねた。


「その後?」

「思い悩んでた地球種のことだよ」

「あぁ。その子は俺が引き取った」

「え? それってルイスのことだったのか」


 金髪を揺らしながらファトファトが「あぁ」と頷く。


「ルイスと出会ったのがきっかけで、俺は保護活動に力を入れるようになったんだ」


 そう言って笑ったファトファトが長い舌をしゅるっと伸ばした。舌先がティーカップの紅茶に触れると、ゆっくりと水面が下がっていく。普段は僕たちと同じように口で飲み食いするけれど、こうして舌先の小さな吸い口を使って液体状のものを摂取するのがファトファトたちの一般的な食事方法だ。


(そういえば一番の好物は体液って言ってたっけ)


 ファトファトの種族は生物の体液を好んで食す。メインは植物系の体液で、たまに動物系の体液がほしくなると学生時代に話していたのを思い出した。


(……まさか)


 ふと浮かんだ考えに慌てて首を振った。それに一昨日見たルイスはとても元気そうだったし、体液を奪われていたらあんなに元気なはずがない。


(ファトファトが溺愛するルイスに危害を加えたりはしない)


 ということは、唾液や汗を食べているんだろうか。


(……あ。体液っていえば)


 ふと浮かんだことに慌てて頭を振った。


(いくら友人でも想像していいことと悪いことがある)


 僕はもう一度頭を振り、二人にお礼を言って家に帰ることにした。

 そう言って笑ったファトファトが長い舌をしゅるっと伸ばした。舌先がティーカップの紅茶に触れると、ゆっくりと水面が下がっていく。普段は僕たちと同じように口で飲み食いするけど、こうして舌先の小さな吸い口を使って液体状のものを摂取するのが彼らの一般的な食事方法だ。


(そういえば一番の好物は体液って言ってたっけ)


 ファトファトの種族は生物の体液を好んで食す。メインは植物系の体液で、たまに動物系の体液がほしくなると学生時代に話していたのを思い出した。


(……まさか)


 ふと浮かんだ考えに慌てて首を振った。それに一昨日見たルイスはとても元気そうだった。体液を奪われているのならあんなに元気なはずがない。

 僕はもう一度頭を振り、二人にお礼を言って家に帰ることにした。

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