第2話 始まりの街スターティアとギルド

「本当に一人にさせちゃって大丈夫でしたか?」 


 スターティアへと帰る道すがら、アリスは大事そうに杖を抱え、長い前髪から片目だけ出して心配そうな顔をして聞いてきた。


「こいつは一人で突っ走るのに慣れてるから大丈夫だろうよ」

 ニヤニヤしながら俺の代わりに返事をしたのはユウジだ。

 ユウジは大きい布袋に薬草を詰め込み、背負い込んでいる。


「実際やってみると、やっぱり一人一人別れて薬草集めたほうが効率よかっただろ」

 俺は薬草が入った袋を掲げて見せつける。


「それはそうでしょうけど、私はみんなと一緒にクエストをしたかったんですよ」

 アリスは不満げな表情だ。


 それを見ながらユウジは笑っている。

 俺は何がそんなに面白いのかよく分からないが、楽しそうなので言及はしなかった。


「そういえば、さっきゴブリンが現れてさ。戦ったらいい運動になったよ」

 俺が先程のゴブリンと鉢合わせした話をするとアリスが眉をひそめた。


「ええ?やっぱり危ないですからパーティを組むときは一緒に行動しましょうよ」

「うーん、攻略しがいのあるクエストがあれば、俺だってみんなで協力するんだけどな」

「さすがにそれはもう残ってなさそうですね。私たちが減らしたようなもんですし」

「ギルドで面白そうなクエストがあるか見てみるか?」


 ユウジが結果なんてわかってるくせに、そんな事を言い始めた。


「どうせろくなクエスト無いだろ」

 俺が吐き捨てると、それを見てユウジがまたケラケラと笑うのだった。


 あの街のギルドに魔物討伐のクエストがもう残ってるわけがない。

 正確に言うと、この世界自体に魔物狩りのクエストなんてほとんど残ってないはずだ。

 理由は俺たちが魔女狩りの旅で魔女を討伐したせいで、この国の魔物をほとんど消滅してしまったからだ。


 スターティアに帰ると俺たちは冒険者ギルドの館に向かった。

 冒険者ギルドの館はこの街の建物の中でも、比較的大きく目立っている。


 俺たちは館に入るなり、クエストの受付に行き、薬草をテープルの上に置く。


「どうも。さっき薬草採集のクエストが終わったんだ。名前はハジメで登録してある」

「薬草採集のクエスト、ですか?少々お待ちください」


 その若い女性の職員は立ち上がると奥の方で何やら別の職員と話し込み始めた。職員はすぐに戻ってくると苦笑いをしている。


「何かあったのか?」

「いえ、元魔女狩りパーティがなぜこんなクエストをしているのかなと思いまして」

「ただの小銭稼ぎだよ。元魔女狩りと言えども食っていかなきゃならないんでね」

「余計なことを聞いてしまい、すいません。クエストの確認が出来ました。こちらが報酬です」

 萎縮した様子で受付のテーブルの上に硬貨が入った袋を差し出した。


 俺たちは報酬を受け取ると、そのままクエストが張り出されている掲示板に向かった。ざっと目を走らせると俺は思った。ほらな、言ったとおりだ。


「ユウジこれを見ろ」

「どれどれ」


"家にカエルが出たので駆除して欲しい"、"湖で釣りを手伝ってください"、"隣町まで護衛求む"、"脱走した猫探してます"


 そんな雑用まがいのクエストばかりが掲示板に貼ってあった。

 冒険心を駆り立てるクエストは無く、個人の手伝いのようなクエストばかりだった。


「うわぁ、ほとんど討伐系が無いじゃないですか」

 掲示板を凝視していたアリスが目を丸くする。


「平和な証拠だな」

 腕を組んだユウジが満足そうに頷いた。


「今は手伝いみたいなクエストばっかりで話にならない。眠りの森でそれこそ寝てたほうがましだ」

「そんな言い方ないですよ、ハジメさん。私たちが頑張った結果なんですから」

「それはそうなんだけどな」

 

 掲示板の前でたむろしていると、ふと視線を感じた。

 周りを見渡すと冒険者風の男たちがこちらに視線をよこしながら小声で話している。何やら俺たちの話をしているようだ。


「見ろよ、あいつら。災厄の魔女を討伐したっていうパーティだ」

「あれが噂のパーティか、余計なことしやがって」


 そいつらの会話はシーフの聴覚増強スキルを持っている俺には丸聞こえだった。

 職業柄仕方ないが、人の噂話が丸聞こえなのは気分が良くない。


 しかし、それはいつものことなので聞かなかったふりをする。

 俺たちは報酬の山分けのために空いているテーブルの一角に陣取った。


「私たち、最近やたらと見られてませんか?有名になるとこれが普通なんでしょうか?」

 椅子に腰かけながらアリスは呑気なことを口にした。

 

 残念ながらあれは明らかに歓迎されていない視線と内容だった。

 今までは冒険者ギルドの館に入ると、冒険者を目指している奴らが俺たちを羨望と嫉妬のまなざしで見てくるのが普通だった。


 しかし最近、このように嫌悪の眼で見てくるものが多い。気持ちは分からないでもないが、クエストが減ったからといって俺たちを敵対視するのはお門違いだ。

 俺はそいつらの事があまり好きにはなれない。


「あいつら陰で俺たちに悪口言ってんだよ。クエストが無いから俺たちのせいにしてな。ダンジョンでも行って魔物狩りすればいいのにな」

「まあ、ハジメ落ち着け。クエストどころかダンジョンにも魔物はまともにいないだろ」

 ユウジが俺をたしなめる。


「他のパーティも大変なんですよ、きっと」

 アリスはそんな思慮深い発言をして同情していた。


「文句言ってるよりは手ごろなクエストでもやった方が良いと思うけどな」

「それはそうですけど」


「まあ、今はそんなことどうでもいいか。これが今回の報酬だ」

 報酬の硬貨をテーブルの上に広げるとアリスはそれに目を輝かせた。


「いーち、にー、さーん、しー」

 そのまま間延びした声で一枚ずつ銀貨を数える。


「全部で銀貨60枚です。けっこうありましたね」

「じゃ報酬分けるぞ、一人当たり銀貨20枚だな。」


 ユウジは手元の銀貨をみるとおれたちに確認した。


「いやぁ、これで明日から美味しいご飯が食べられますよ」

「アリス、お前よく食べ物の話するのに体細いよな。ちゃんと食べてるのか?」

「なっ!?普通にセクハラですよ、ユウジさん!」


 アリスとユウジはそれぞれ銀貨20枚ずつを手にして、使い道を話し合っていた。

 とりとめもない会話も相まって平和そのものだ。

 しかし、そこに邪魔が入った。









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