第19話 アリスと擬人化スライム実験1
「ハジメさん、ご覧ください。この来る日も来る日も研究に明け暮れたその成果を」
アリスが華奢な体を大きく広げ、盛大に宣言する。
「アリス、大丈夫なのかそれ」
目の前ではアリスが真剣な顔でスライムのような物体が入ったフラスコ管にさらに毒々しい色の溶液を注入していた。
「しーっ。うまくいけば成功するはずなんです」
アリスは唇の前に人差し指をかざすと、静かにするよう注意した。
「この実験で何ができるんだ。やたらと危険そうな液体が目の前にあって怖いんだけど」
「なんと、この実験で魔法少女が作れるんですよ!ハジメさんもそういうの大好きでしょう?」
アリスは目を輝かせると得意げに鼻を鳴らす。
魔法少女が作れる、という意味は良くわからないが、アリスが楽しそうなのは確かだった。
アリスは「うひひひ」と普段出さない声で、例のサイケデリックな色をしたフラスコを丹念にかき混ぜていた。
アリスは人見知りなところはあるが、黙っていれば可愛らしい女の子であることは間違いない。
しかし今や、悪の権化みたいな笑い声を出し、水を得た魚のように研究室を動き回っている。
魔法に詳しくない俺は、黙ってそれを見守ることしかできなかった。
ここはスターティアに存在する魔法学校の校舎内、その中の研究室の一室である。
アリスは元魔女討伐パーティの魔法使いとしてその能力が認められ、この魔法学校に招聘された。
学校側はアリスの魔法に対する並々ならぬ情熱を認めており、破格の待遇を受けている。
この研究室がアリス専用で貸し切りされているのもその特別待遇の一つだ。
俺は以前から常々ダンジョン攻略で使える魔法を覚えたいと思っていた。
それをアリスに聞いてみたら、魔法学校の研究所に来てくださいと言われて来たのだった。
目の前で行われている作業を目で追いながら、これは魔法というより科学ではないかとツッコミを入れようとした。
その時フラスコ管からピンク色のモコモコと柔らかそうな泡が噴き出てきた。
「き、きましたよ」
アリスは興奮気味にフラスコを固定するとテーブルの中央に置き、少し距離を取った。
泡はテーブルにこぼれ落ち、そこから人型に形作られた像が出来上がった。
出てきた像は可愛らしいステッキをもち、ピンクのドレスに身を包んだ少女、紛れもなく魔法少女が生成された。
アリスからスライムを使って魔法少女を作る実験をしている、と聞いた時はついにこいつは頭がおかしくなったのかと思った。
しかし、言葉通り目の前で生成されているのを見ると感無量である。
生成された魔法少女は無表情だが、遠目からは人間に錯覚するような再現度の高さだった。
「ハジメさん驚くことなかれ、これが私の研究成果ですよ。スライムの中に魔法で作った溶液を混ぜ込んで出来上がる、名付けて擬人化スライムです」
「アリス、お前は魔法に対する情熱を無駄遣いしてると思うぞ」
こいつは魔法学校の研究所で何をやってるんだ。
俺は呆れながら、アリスの満足そうな表情をみていた。
やがてアリスはちょこまかと移動し、生成された擬人化スライムを様々な角度から凝視して、自分が生成した魔法少女の完成度の高さに垂涎している。
「あ、ちょっとこの辺、もっと改良できますね」
アリスは独り言を言いながら、真剣な表情で擬人化スライムの体の形を点検を始めた。
「ハジメさん、この子の胸、不自然じゃありません?」
「え?そうか?」
俺はスライムとはいえ女の子の体を凝視するというシチュエーションにいたたまれない気持ちになり、唸ることしかできなかった。
何の時間なんだこれは。
「ちなみに外見や服装だけではなく、内部や体も考えうる限り魔法少女に近づけて再現しています。よく見てみてください」
アリスはきわどい発言を真顔で矢継ぎ早に繰り出してくる。
「内部ってお前な、魔法少女の口の中とか見て、わぁ内部もすごい再現度だ〜とか言ったら俺どうなるんだよ」
「いや、普通に気持ち悪いですね」
「だよな、言いかけたけどやめて良かったよ」
「再現度が気になるなら、体をまさぐって試しても良いですよ?」
アリスはニヤニヤしながら俺の方を見ると提案する。
「お前が見てる前でか?お前はそれをどういう気持ちで見るんだよ」
「じゃあ、私は研究室の外に出るので、まさぐった感想をお願いします」
「いや待て待て。よーし、じゃあ俺も触っちゃうぞーとはならんだろ」
俺は研究室から出ようとするアリスの肩を抑え、何とか阻止する。
さっきは魔法に対する情熱に感動しかけたが、ここまでくるとこいつはちょっと頭のネジが外れているとしか思えなかった。
仮に魔法や研究が好きだとしても、ここまでして魔法少女を作りたいと思うのはよく分からない。
何かの意図があってアリスはこんなにも魔法少女を生成することに情熱を注いでいるのだろうか。
それに加えて問題はアリスは聞く耳を持たないことだ。
そもそも俺はダンジョンで使える魔法を教えてもらいたくてここに来たのだ。
こいつ、俺が魔法に興味を持ったのを良いことに自分の好きなものを見せつけてきていないか?
そこでふと俺の頭に別の疑問が湧いてきた。
「アリス、質問なんだけど。これは前の世界でのお前の趣味と関係してると思うか?」
「へ?どういうことですか?」
予想外の質問だったのか、アリスはきょとんとした顔をする。
「いつか言ってたじゃないか、私は夢の中でハジメさんに救われたんですって」
「あー、そんなこと言ってましたか。私、お酒飲むと好き勝手喋っちゃうんですよね」
アリスは恥ずかしそうに笑っている。
「でもあれは単に夢とは思えないんです。夢なのに自分の経験として実感があるというか、どこかで経験した感触があるというか。うまく説明できないですけどね」
「夢じゃなくて元の世界で実際起きたことだって言いたいのか?」
「今ではそう考えてます。私が魔法やこういった研究に熱心なのも元の世界でゲームを通して魔法に興味を持って、そこから魔法少女モノに興味を持ったからじゃないかなって思うんです」
前の世界でダンジョン攻略のゲームをやっていたら魔法やそれに関する事柄に興味を持ったのではないかという仮説。
確かにアリスの嗜好を考えるとそれはあり得そうな話だった。
「魔法少女好きだとしても、スライムを擬人化させて再現したいと思うか?」
「うう、そこを言われると弱いですね。で、でも綺麗じゃないですか、この体のラインとか!ミニマルで完璧で、美しいと思いませんか?」
「そうだな、確かにそう思わないこともないけどさ」
そんなこと言ったらお前だって魔法少女なんじゃないのか?
アリスは俺の視線に小首をかしげると、擬人化スライムの吟味に戻った。
「ちなみにアリスが見た夢ってのは他にどんなものがあるんだ?」
「えーと、中学生の頃に皆さんとゲームを通して出会ったこと、あと高校生になった夢とか見ましたね」
「高校生の夢まで見たのか?」
「ええ、夢の中では私も何とか高校生をやっていたみたいです。その後どうなったのか分かりませんが」
アリスはそこでいったん間を置いた。
「もし、最近見たこの夢が前の世界の現実なのであれば、高校生のみんなとも会いたいなって気はしてます」
「アリスは、これだけ魔法が使える世界で楽しそうにしているのに現実に戻りたいと思うんだな」
「みんなと高校生活を楽しむのが夢なんです。あとは」
そこでアリスは言葉を区切ると、俺の方を見て含み笑いをする。
「現実世界でみなさんとお話ししてみたいですね」
「みんな?」
「そうです、元の世界に戻っても私の事を理解できる人は、そんなにいないんじゃないかなって思うんですよね。自分が好きなものを理解してくれる、そんな人と一緒が良いんです」
それは寂しそうにも悟っているようにも聞こえた。
俺は深く触れてはいけない話かと思い、擬人化スライムの話に戻した。
「本当にこの擬人化スライムすごいな。この体のラインなんて本物そっくりだし」
「でしょう。ゆくゆくは自律で動いて表情を変えたり声を出せるようにしたいのです。そうすればパーティメンバー全員の擬人化スライムなんてのもできるかもしれません」
俺が試しに擬人化スライムの顔を触ると想像以上に質感が柔らかく、その感触にドキマギしてしまった。
アリスは俺の反応を見ながら「ふふふ」と満足そうな声音をあげていた。
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