第17話 アリスとの勝負
俺はこの世界に来てから最大の敵と対面している。
スキルの噛み合わせやコンディション次第で相手はあの災厄の魔女以上のポテンシャルを持っている可能性があった。
しかし勝算はこちらの方にある。
俺はダガーを使いこなし俊敏に戦う盗賊、相手は魔力を操り多様な魔法を繰り出してくる魔法使いだ。
いくら相手が手練れの魔法使いだとしても詠唱はそんなに短くならない。
仮に詠唱を短くして魔法が瞬時に使えたとしても、発動までには時間がそれなりにかかる。
つまり、対人戦では近距離の戦闘に持ち込めば圧倒的に盗賊側が有利。
勝負は最初からついているようなもんだった。
「アリス、言っておくが手加減は無しだ」
「分かりました。全力を出すことを誓いましょう」
魔法使いの少女アリスは藍色の長い前髪から引き締まった表情をちらりと見せた。
アリスは普段はおとなしいが、魔法の事になると類まれな才能を発揮する。
いくら有利とは言え魔法が絡んだ勝負では気が抜けない。
先手必勝。
俺はダガーを強く握るとアリスに駆けていく。
それを見てアリスは詠唱を唱え始めた。
「主よ、母なる海の偉大さを示し給え」
「隙だらけだぞ、アリス!」
杖を掲げ詠唱をしている間に盗賊職の素早さを生かし背後に回り込む。
アリスには悪いがこの勝負完全にもらった。
ダガーをアリスの喉元直前に突き出す。これで勝負ありだ。
と思った直後、ダガーの切っ先にアリスは存在せず、靄のようなものに変わり、ダガーに纏わりつく。
「なんだこれ」
アリスの形をした靄が崩れると、アリスの陰だったものから人型の靄が再度現れる。
その靄は杖を掲げた本物のアリスの形になり、詠唱は既に終わっていた。
「アサルトフロムシャドウ、です」
勝利を確信しているような不敵な笑み。
アリスが持っている杖の先端が怪しく光る。
「最初から私はコピーだったんですよ。リヴィアタンカスケード!」
してやったりと決め顔をすると、瞬く間に上空から大量の水が俺に向かって落下してきた。
洪水レベルの大量の水をもろに被った俺は、全身ずぶぬれになって地面に這いつくばる他なかった。
こいつ模擬戦だっていうのに容赦がない。
「やりすぎだろ・・・」
そうつぶやくと俺は為すすべなく、地面と水圧の狭間で気を失った。
俺たちは先日、眠りの森で見つけた隠しダンジョン攻略の話で一晩中盛り上がった。
その際、パーティメンバーの中で最近俺が鈍っているのではないか、ダンジョン攻略で俺が何かヘマをするのではないか、と話題になった。
カチンときた俺は、自分が鈍ってないことを証明するために実戦練習をしようじゃないかと提案した。
そんな成り行きで時間の空いていたユウジとアリスを携えて街の訓練所で一対一の模擬戦をしていたのだ。
「ハジメさん、起きてください」
「おい、起きろハジメ」
アリスの柔らかい声とユウジのやや低い声が順番に満身創痍の体に響きわたる。
自分の全身を見ると完全にずぶ濡れだった。
滝のような水に飲みこまれて全身がもみくちゃにされたようだ。
「本当に腕が落ちたんじゃないか、お前」
アリスの魔法をまともに食らった俺を見てユウジが軽口を叩く。
「でも、詠唱無しでコピー作るのは何かずるくない?」
俺は純粋に思ったことを口に出した。
「ずるいとはなんですか!私は正々堂々と戦いましたよ!?しかも、あのアサルトフロムシャドウって魔法使いなら誰でも使える初級魔法ですし」
「でもなぁ、事前準備ありだったら俺もスキル使えるしなぁ。なんだかなぁ」
俺が小言を言うとアリスはため息をついた。
「分かりました。事前にスキル、魔法を使うのは無しにしましょう。そこまで言うのであればハジメさんが気が済むまでやりましょう。今度は炎で丸焦げにしてあげますので」
アリスは何やら恐ろしいことを宣言すると、杖を掲げ臨戦態勢だ。
そのやる気の高さに苦笑いする。
一方で俺は素直にアリスに感心していた。
「アリス、お前は無茶苦茶だよ。MP管理もできない、ダンジョン攻略の知識も皆無」
「なんですか、急に悪口言って負け惜しみですか?」
アリスはそう言うと唇を尖らせる。
しかし、それらすべてをひっくり返してお釣りがくる、特筆するべき点があった。
それは攻撃魔法だけだったらほとんど習得しており、場面や魔物の特性に合わせて使いこなせることだ。
その性質は初期の頃から威力を発揮し、特にダンジョンで様々な性質の魔物を処理するときには重宝した。
普段はサキの多種多様の魔法を使いこなす万能性に隠れていたが、アリスの攻撃特化の魔物処理能力の高さには昔から助けられていた。
「正直、こんなに対人戦でアリスの魔法が強いとは知らなかったよ」
まだ立てずにいる俺は、アリスの魔法で訓練所が見るも無残な姿になっているのを横目で見た。改めてアリスの魔法の威力を見せつけられた気分だ。
訓練施設はアリスの全力の魔法のせいで地面にぽっかりと大きい穴が開いてしまい、修復に時間がかかりそうだった。
近くで訓練をしていた群衆が何事かと慌てふためいている。
「こんな魔法ぶっ放されたらダンジョン自体壊れるんじゃないか?」
ユウジは訓練所の一部が見るも無残に破壊されているのを見て嘆いた。
ここにきてさらに魔法の腕が上がっているのは、よほど向上心が高いのだろう。
さすがは魔女討伐後も魔法研究に余念がない奴だ。
苦笑いしながらそんなことを考えていると、突然ユウジが片手剣を取り出し俺の正面に立つ。
「アリスちょっと下がっててくれ。俺は今からハジメとスキルの練習をするからな」
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