第37話 眠りの森最終攻略3
扉を開けるとその15階層は他のボス階層と同じく開放感のあるフロアが広がっていた。
他のボスがいた階層と違う点は魔物の気配がしないことだ。
奥には石柱に埋め込まれた大きな魔法石が青白い光を放ちながら、鎮座しているのが見える。
このフロアはそこで行き止まりのようで下の階に続く階段も見られなかった。
ここがこのダンジョンの最深部ということだろうか。
俺はそれを見た瞬間、ほっとした。
「おい、みんな、この層が最終階っぽいぞ。ダンジョン攻略もやっと終わりだな」
ユウジがフロアを隅々見渡して、喜びの声をあげている。
「これでこのダンジョンはすべて攻略ってことか」
安堵したように言うと俺は奥で光っている魔法石に視線を移す。
魔法石を見た瞬間、またあの声が聞こえた。
(ずっと×××よ?)
頭の中に響く声は完全にクリアに聞こえる。
どこかで聞いたことのある声だが、俺は未だにこの声が誰なのか分からなかった。
あの魔法石を壊せばもっと記憶が戻ってきて、俺たちの前の世界での生活がもっとわかるはずだ。
そして、頭の中の声も解消されるだろう。
「おかしいですね、魔物がどこにもいないようです」
アリスが周りを見渡しながらつぶやく。
確かにアリスの言う通り、このフロアは静かすぎる。
他の階でも上級の魔物がいない層はあったが、それでも下級の魔物は点在していたはずだ。
もし、この階だけ魔物が何もいないのだとしたら拍子抜けである。
その時、奥の石柱の陰から小さな物影が動くのが見えた。
「待て、何かいるぞ」
その物影に警戒し身を低くすると、二人とも身構えた。
物影は段々と近づいてきて、やがてその姿を現した。
その歩く姿は耳としっぽを携えた狐の獣人だった。
「可愛らしい獣人さんじゃないですか。迷子なんですかね?」
アリスが構えを解き、獣人に対して気の抜けたような感想を口に出す。
「お前、もしかして、あのときの獣人か?」
間違いない。その狐の耳としっぽ、それに加えて二足歩行する背の小さな獣人。
あのとき眠りの森でゴブリンに囲まれていた、そして街の路地裏でも会った獣人だ。
しかし、今の獣人はあの時と違って体から魔力が溢れ出ていた。
「ハジメ、どういうことだよ?知り合いか?」
「さっき道の途中で話した獣人だよ。俺がスターティアの路地裏で会ったやつだ」
俺は今まで2度もこの獣人と会っているが、何の因果かこのダンジョンにも現れた。
一体どういうことなのか分からず俺は混乱する。
「なんであの時の獣人がいるんだ?ダンジョンのこんな奥で何をしてる?」
「キヒヒヒ」
獣人は奇妙な笑い声を出すと俺たちの前に立ちはだかる。
「よくここまで来た、"欠けのパーティ"よ。多くの記憶を拾い集めながら、最下層までたどり着くとは見事だ。いやぁ、あっぱれ」
「おい、獣人。なんでお前が記憶の事を知っているんだよ?何者なんだよお前は」
俺は話しながらもダガーを強く握り直した。
「逆に感謝して欲しいくらいだ。お前たちのためにわざわざ前の世界の記憶を集め、魔法石に詰め込んでやったのだから」
獣人は不愉快な笑いをしていた。
そして、話していくうちに獣人の体から魔力がどんどんと溢れ出ているのに気づいた。
こいつは魔力が無いんじゃなくて制御しているんじゃないか?
そう考えている間も膨大な魔力がその小さな体から溢れ出ている。
この魔力の大きさは何かおかしい。
こいつはただの獣人なんかじゃなくて、もっと強大な何かだ。
「なんでわざわざそんなことをしているんだ?目的が分からないんだが」
「記憶をエサにすれば、お前らはダンジョンに潜ってくるだろう。あの女神がいないのは残念だが、魔女狩りパーティに復讐できれば私の思惑通り。全てはそのためだ」
獣人は不愉快な笑い声を携えて語った。
「魔女狩りパーティよ。私が殺された、あの日の続きをしようじゃないか」
俺はその言い方に引っ掛かる。
膨大な魔力、その喋り方、俺たちに復讐したいと思ってること。
もしかして、こいつは。
「まさか、あなた災厄の魔女ですか?あのとき私たちが完全に消滅させたさせたはずの」
アリスも獣人の正体を災厄の魔女なのではないかと思ったらしい。
「こいつ、あの魔女か!」
ユウジも驚きの表情で剣と盾を持ち直した。
「ご名答だ。魔女は何度でも蘇る。この世界に負の感情が無くならない限り」
俺はあの時、旅の末で対峙した災厄の魔女との闘いを思い出していた。
災厄の魔女は複数の魔法を操り戦いを挑んでくる。
魔女は特に邪悪な闇を操る魔法を得意としている。
その闇属性の魔法が生身の人間に当たってしまうと骨の髄まで精力を搾り取られる。
その魔法の餌食となり多くの人間が幾度となく魔物に変えられてきた。
俺は内心舌打ちをした。
あのとき、13階から転移魔法が使える階層まで戻っていればこんなことにはならなかった。
もしスターティアに戻ることが出来れば俺たちは万全の状態でこのダンジョンの攻略が出来たはずだ。
ユウジとアリスを横目で見ると二人とも疲労が顔に出ている。
俺たちの体力とアリスの残りの魔力も少なくなっているのは明らかだった。
獣人はじりじりと距離を詰めてきた。
「貴様らが諸悪の根源、この世界を壊してしまった悪なのだ。特にあの女神、あいつがこの世界を書き換えてしまったのだ」
獣人は苦々しく言葉を口に出す。
「何を言ってるんだよお前は」
「お前らさえさえいなければこの世界は平和だった。あの日からずっとお前らに復讐をする機会をうかがっていた。女神がいないのは残念だがお前らを殺し、復讐を完結するとしよう」
俺の話を無視すると獣人は顔をゆがませて笑った。
「話過ぎたな。お前らも疲れただろうに。すぐに楽にしてやる」
そう言うと、獣人は低く吠え始めた。
獣人の体からめりめりと音を立てて血が噴き出してくる。獣人の体の中からダンジョンに大量の魔力が放出される。
やがて獣人の体内から巨大なローブと杖を携えた巨大な魔女が出てきた。
その姿はあの時の災厄の魔女と同じ。いやあの時よりもさらに大きく、魔力が増大していた。
俺はその圧倒的な魔力を前に立ちすくんだ。
そんななか、誰よりも早く動き出したのはユウジだった。
「ハジメ、俺が前を張る。お前とアリスは後ろから隙をうかがえ」
その災厄の魔女を見ながらユウジが俺に耳打ちをする。
「でも、ユウジ。あいつの攻撃をまともに受けたら死ぬぞ。あの時の魔女とは違う気がする」
この魔力の大きさはまずい。慎重に戦うべきじゃないのか?
「仕方ねぇよ、俺たちはダンジョンを攻略するってみんなでそう決めたじゃねぇか。元の世界に戻るためにもこんなところで躓いてる暇は無いだろう?早くあの魔女を倒しちまおうぜ」
そういうとユウジは災厄の魔女に近づいていき、盾をかざしながら突進する。
しかし、ユウジの動きはどこか鈍い。
あきらかに何か怪我をしているような動きだった。
「何の工夫もなく挑みかかってくるとは無謀ずぎるぞ」
災厄の魔女は杖を振り回すと杖の先から黒い靄のようなものが出てきて、ユウジの盾を破壊した。
魔女の闇魔法は前回より威力が上がっていることが垣間見えた。
盾を破壊され、無防備な状態で災厄の魔女の前に相対する。
ユウジは剣を構え魔女の次の魔法を唱える隙を伺っているようだ。
しかし、魔女は詠唱をしなかった。
魔女の魔法以外の攻撃手段、それは。
「ユウジ、魔法じゃなくて杖の攻撃だ!」
俺が叫ぶ前に魔女の杖は動いていた。
魔法を出すとみせかけ杖を大振りする物理攻撃でユウジの側面に鈍い音とともに打ち付けられた。
杖が打ち付けられる攻撃でユウジは数メートル横に吹っ飛んで、ダンジョン内の岩肌に嫌な音を立てて、ぶつかりうずくまった。
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