第40話:ドキドキの映画鑑賞
視聴中が一番上に来ることを忘れていた
「ああああああああ、ちょっっっと待ってくださいね!!」
(履歴って他人に見せるもんじゃないな!!)
「ええっとお、
明日花は息も絶え絶えになりながら素早くリモコンを操作し、なんとか検索画面に切り替える。
「明日花さん、大丈夫ですか?」
蓮が心配そうに問いかけてくる。
「はあ、はい、はい、大丈夫です!!」
いきなりテレビに向かってダイビングして、大丈夫もへったくれもないが仕方ない。
(ああああああ変な女ってまた思われてるだろうなあああ)
(冷蔵庫は空っぽでお菓子しかないし)
(部屋中、布がかかってるし)
(あーーー、ほんとリアルの恋愛なんて無理無理)
(恋人がいる人ってすごいなあ。プライベートを見せられるんだもんなあ)
何とか怪しまれないようにと頑張る言動すべてが、不審極まりなくなってしまうのを自覚しつつも、止められない。
蓮が口にしたタイトルを素早く入力する。蓮がどんな表情をしているのか怖くて振り返ることもできない。
(早く、早く映画を見始めてすべてをなかったことに!)
(忘却の彼方にいってくれ!)
「出ました! ありましたよ!」
映画を探し当てた明日花は素早くプレイボタンを押して映画を始める。
「はあはあ」
呼吸も荒くソファの隅に座った明日花を見て、蓮がぷっとぷっとふき出す。
「えっ……?」
「いえ、なんでも……あ、髪の毛が」
顔にかかった髪を蓮がそっと払ってくれる。
(ひええええええええ!!)
一瞬だったが、蓮の長い指が髪を優しく撫でていく感触が残っている。
動揺を隠そうと、明日花は画面に集中した。
(ちょっと髪に触られたくらいで大げさ!)
(どんだけ恋愛経験値低いの!!)
蓮が選んだのはハラハラするサスペンスアクション映画だった。
若きFBI捜査官の主人公が、嫌われ者の中年の刑事とコンビを組むバディものだ。
(あれ、この主人公の声……)
吹き替えなので、主人公のFBI捜査官が日本語で話し出す。
「ふおおおおおっ!?」
「えっ、どうかしました?」
明日花が急に声を上げたので、蓮がびくっとした。
「す、すいません、何でもないです!!」
明日花は慌てて手で口を押さえた。
(まさかの主人公の吹き替えが
(クールでいて色気のあるボイス……)
(すぐわかってしまった……)
毎日聞いている刃也の声は耳にこびりついている。
(うわー、洋画の吹き替えまでされているとは!! すごい!!)
明日花はうっとりと聞き惚れた。
声を聞くだけでテンションが上がる。
アニメとは違うニュアンスで演じ分けているが、やはり刃也の顔が浮かぶ。
そして、隣には刃也そっくりの人がいる。
(これは……かなり素晴らしい体験なのでは!?)
明日花は自分の失態をすっかり忘れ、映画を堪能した。
あっという間に一時間半がすぎ、エンディングを見終わった明日花は意気込んだ。
「いやー、面白かったです!」
「気に入ってもらえてよかったです。これ、僕の好きなシリーズで何度も見返しているんですよ」
「そうなんですか! 確かに元気もらえますね。これ。キャラクターが魅力的だし、アクションはかっこいいし!」
「続編もあるので、よかったら見てみてください」
「マジですか!」
(絶対に吹き替えで見よう……!!)
強く心に誓ったとき、蓮が微笑んでいることに気づいた。
頬に少し赤みが差していて、部屋に来たときのピリピリとした空気がない。
だいぶ落ち着いたようだ。
(よかった……)
(やっぱりフィクションの力って
(自分の好きな作品に没頭すると元気が出るよね)
フィクションはつらい現実から一時離れさせてくれる。
そうして、気持ちをリセットしてくれる。
(私はアニメだけど、蓮さんは映画とかドラマなんだなあ……)
「ありがとうございました。あっ、ぬいぐるみ飾ってるんですね」
「ひいっ!!」
ちびぬいがテレビの棚の上にちょこんと置いてあった。
(バッグから出して寝室に持っていこうと思って置いてたんだ……!)
「甥っ子さんにはいつ渡すんですか?」
「えっ、あっ……。そうですね、地元に帰るときに……」
「お盆とか?」
「どうかな……? 送っちゃうかもです」
明日花はへらへらと笑って誤魔化した。
(嘘ついている罪悪感、半端ないな……)
蓮がいい人なので尚更だ。
「どうかしましたか?」
明日花の異変を感じ取ったのか、蓮が心配げに聞いてくる。
「いえ。何でもないです。それより、蓮さん今日何かあったんですか?」
追及されるのが怖くて、明日花はうっかり踏み込んだ質問をしてしまった。
(しまった!)
だが、言ってしまったことは取り返せない。
「……ちょっと疲れが溜まっていたみたいです。ご心配おかけしてすいません」
蓮が力なく笑う。
せっかく明るくなっていた空気がどんよりと曇っていく。
(失敗したな……)
(事情が気になるけど、聞けない)
(そんな親しい
(ただのお隣さんである自分ができるのは、ちょっと気晴らしに付き合うくらいだ)
ずきん、と胸が痛む。
(そうでしょ。こんな別世界の住人の人と……)
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