第22話:彼女を追ったら

 17時になると、じゅんが勢いよく白衣を脱ぎ捨てた。


「施錠よろしく!!」


 すちゃっと片手を挙げると、あっという間にエレベーターホールに向かっていく。

 タクシーで一旦家に帰って、スーツを持ってホテルに直行するらしい。


「叔父さんらしいな……」

 仕事に関すること以外、わりとだらしないことを蓮はよく知っている。


(よく眼鏡もなくしすな……)

 そのたびに大騒ぎするが、大抵胸ポケットやデスクの端などわかりやすい場所にある。

 事務作業も苦手でいつもデスクには書類が積み上がっている。


(叔父さんは結婚しないのかな……)

 淳は若い頃から女性に人気があったが、40歳の今も独身のままだ。


 東京は遊ぶところがたくさんあるし交友関係も多いので、寂しくないのだろう。


(一人が気楽、っていつも言ってるけど……)

 甥っ子としては少し心配だ。


(俺に言われたくないだろうけど)

 散々心配をかけたことを思い出し、蓮は苦笑いをした。


(芙美さんみたいなしっかりした女性がいてくれると安心なんだけどな……)


 エレベーターで一階に下りた蓮はハッとした。

(明日花さんと芙美さん……)


 二人がちょうどエントランスロビーを談笑しながら歩いているのが目に入った。

 すらりと背の高い二人はとても目立っていた。


 芙美は身体のラインが綺麗に出るシックなワンピースを着て、長い髪を後ろでまとめている。

 一目でパーティーに行くとわかる姿だ。


(芙美さんって確か40歳くらい……どう見ても30代にしか見えないよなあ)

(明日花さんと並んでいるとまるで姉妹みたいだ……)


 二人は楽しげに話していて背後にまったく気を配っていない。


(どうしよう、声をかけた方がいいのか……)

(明日花さん、またびくっとするんだろうな)


 迷っているうちに二人はビルを出てしまった。


 芙美はそのままタクシーに乗り込み、あっという間に消え去った。


(直接同窓会に向かうのかな)

 芙美と別れた明日花は、地下鉄の入り口をすたすたと下りていく。


 声をかけるタイミングを完全に逸してしまった蓮は、仕方なく距離を取りつつ明日花のあとを歩いた。

 なにせ、帰る方向が完全に同じなのだ。


 明日花は有楽町線に乗り、最寄りの飯田橋駅で下りた。


(まっすぐ家に帰るのか……)

 蓮は少しホッとした。


 送迎を断るのは、もしかしたら他の人――男性と待ち合わせているのかもしれないと思ったのだ。


(つまり、俺と一緒に帰りたくないってだけだったんだな……)


 避けられているのは薄々わかっていたが、やはり少し傷つく。

 だが、明日花はの視線や態度の端々はしばしに好意的なものをに感じるのも事実だ。


(嫌われてない……とは思うんだけど)

 これまで女性を誘って断られたことのない蓮は戸惑っていた。


(わからない……)

(俺のことをどう思ってるんだろう……)


 まったく相手の心が読めない。


 近づこうとすると露骨ろこつに警戒するのに、ふっと心を許してくれるような無邪気な笑顔を見せたり、気さくに話してくれたりする。


 蓮は明日花の反応に右往左往するばかりだ。


 だが、悪い気はしない。

(ほんと猫みたいだ)


 駅を出ても、明日花の数メートル背後を歩くことになってしまう。

 尾行しているようで、なんとなく背徳感を感じる。


(バレたら気持ち悪がられるんだろうな)


 明日花が突如、ぴたりと足を止めた。

(気づかれた……?)


 ぎくりとした蓮だが、明日花は振り返ることなく正面の店に入っていく。


 明日花が迷うことなく入っていったのは、ゲームセンターだった。


「えっ……」

 予想だにしない目的地に、蓮は愕然とした。


(ゲームセンター!?)

(しかも一人で!?)

(意外とゲーマーだったりするのかな?)


 白ウサギを追うアリスのように、抑えきれない好奇心に身を任せ、蓮はゲームセンターに足を踏み入れた。

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