第5話:逢坂ドクターズ

逢坂おうさかさんの甥御さんなんでしょ? お隣さんだし、どんな子か気になるし」


じゅん先生か……)

 芙美ふみの言葉に、銀縁の眼鏡をかけた逢坂淳の面長のニヤけ顔が浮かぶ。


 明日花は勤務初日に、同じ階のテナントの人たちに挨拶周りをしたときのことを思い出した。


 淳の第一印象は絵に描いたような『リア充』の整形外科医。


 40歳前後らしいが、すらっとしているので若く見える。

 顔立ちも整っており、そつのない会話をにこやかにできる男性だ。

 だが、ちゃらちゃらしていて明日花の苦手なタイプだった。


(幼馴染みの岳人がくとや同僚だった相羽あいばを思い出すんだよね……)


 目立つ容姿、高い能力を持って、皆の中心にいるタイプ。


(なんだか見下されている感じがして……)


 ガラス戸がノックされ、明日花はびくりとした。


「逢坂さん!」

 外に立っていたのは、白衣姿の逢坂淳とれんだった。


 イケメン二人が立っている姿は、思わずみとれるほど絵になっている。蓮の方が少し背が高い。


「おはようございます、逢坂先生」


 芙美がにこやかにガラスドアを開ける。

 長身の二人が店内に足を踏み入れると迫力があり、明日花は内心たじろいだ。


 淳がにこりと芙美に笑いかける。


「どうも、芙美さん。開店前のお忙しいときにすいません。今日から甥が働くことになったのでご挨拶をと思って」

「わざわざありがとうございます! お昼休みにお伺いしようと思っていたのに」


 蓮がぺこりと会釈をした。


「初めまして、逢坂蓮です。淳の甥で内科医をしています」


「明日花の叔母の芙美です。よろしくね。どっちも逢坂先生でややこしいから、『蓮先生』でいい?」


「できたら、『先生』は無しで。患者さん以外に言われるのは照れくさいです」


 はにかむ蓮に、明日花の心臓が跳ね上がった。

(うああああ、また新鮮な表情!!)


 芙美に注目がいっているのをいいことに、明日花は思う存分蓮を眺めることができた。

 もちろん、表面上は興味なさそうなフリをしておく。


「じゃあ、蓮くん、これからお隣同士よろしくね」

 これほどのイケメンを前にしても、芙美はまったく動じず普段のまま振る舞っている。


(さすが芙美ちゃん……)

(経験値が違うんだろうな)


 18歳から上京していた芙美にとって、洗練された長身のイケメンなど珍しくもないのだろう。


「私のことは『芙美』って呼んでね。私たちも同じ若木わかぎ同士でややこしいから」

「はい。じゃあ『芙美さん』とお呼びしますね」


 ばちっと蓮と目が合い、観客気分で油断しきっていた明日花はびくりと肩を上げた。


「じゃあ、『明日花さん』ってお呼びしていいですか?」

「ほえ」


 死角から不意打ちをくらったボクサーのように、明日花の意識は一瞬で飛んだ。


(刃也くん似のイケメンが私の名前を呼んだ……)


 ぽかんと口を開けて意味不明なうめきを発したままの明日花を見かねて、芙美が肘でつつく。

 ようやく理解した明日花は、水飲み鳥の人形のようにこくこくと頷いた。


「淳先生にこんな素敵な甥御さんがいたなんて! これからお隣同士よろしく!」


 芙美が明日花をフォローするように早口で話す。


「明日花とはマンションの部屋も隣同士なんですって? 女の子の一人暮らしで心配なの。気に掛けてくれたら嬉しいわ」


 芙美がするっと恐ろしい頼み事をする。


「芙美ちゃん! そんな迷惑だよ!」

「いえ、困ったことがあったら遠慮なく。気楽な一人暮らしですから」


 さらりと言う蓮が眩しすぎて明日花はたじろいだ。


(うわあ、社交辞令とはいえなんてそつのない対応!!)

(ほんと、完璧超人だな、この人)

(我ながら挙動不審な女を前にして、まったく動揺せずに対応している……)


 爽やかな笑顔を浮かべる蓮は、刃也と同じく別世界の住人のようだった。


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