彼はそういう人だった~魔王の封印に挑んだある冒険者の話~

@mia

第1話

――龍の泉が輝く時、願いは叶うであろう


 三百年前の偉大なる魔法使いであり、錬金術師、占い師、建築家、薬師、同人作家、愛犬家、鑑定士、バラ愛好家、服飾デザイナー、料理人、予言者であるヌソタドが残した手記にはそう記されている。



 最近、王国では瘴気がわずかに濃くなっていた。国の魔法使いたちが調べると魔王復活の予兆らしい。このままでは五、六年で魔王が復活してしまう。対策方法を調べた結果、手記の記述を見つけた。

 手記の別のページには『龍の泉は南の森林地帯の西側にある』とも書いてあった。

 龍の泉を探し魔王が復活する前に消滅するよう願おうという意見が出たが、ヌソタドと同時代の別の魔法使いの手記には『竜の泉に願いを叶えてもらうには対価が必要だ』と書いてあった。

 また別の手記には『龍の泉でも魔王を滅することはできない』とも書いてあった。

 国の偉い役人たちが検討した結果、これまたヌソタドの手記にあった『魔王を封印する剣』を作ることになった。

 国中の冒険者に封印剣の材料の採取がギルドを通じて命じられた。

 ローもその冒険者の一人だった。彼は所属する冒険者ギルドから龍の泉への探索隊の一員に選ばれた。剣の他の材料は何とか手に入りそうだが、たった一つだけ手に入らない銀龍の鱗を、龍の泉に願って手に入れようということになったからだ。


 まずは龍の泉を探すことから始まった。森林の多くはまだ人間が入ったことのない場所だ。いや、入った人間はいるのだろうが帰ってきた人間はいない。命がけの探索になる。

 森林の西側に二百人を超える冒険者が集められ五人一組で森の中を探すことになった。割り当てられた地区をしらみつぶしに探すのだ。泉を見つけた冒険者が銀龍の鱗を手に入れるのだ。

 ローたち五人も少しずつ奥に入っていくと色々な動物に襲われる。イノシシ、クマ、オオカミ、ヘビ、これらの攻撃は覚悟していたが、瘴気の影響か森の浅いところでも魔獣が出てきて手こずった。

 霧がかかって進めないこともある。雨が降り、ただでさえ足がつかない川の流れが早くなり命がけで渡ることもあった。

 植物に襲われたり惑わされて同じ場所をぐるぐる巡ったりもして、いつの間にか仲間とはぐれローは一人になっていた。

 彼は一人になっても龍の泉を探した。国の運命がかかっているのだ。もう歩けないと思った時に目の前に泉が見えた。この泉が龍の泉かは分からないが彼は願った。


「お願いです。銀龍の鱗をください。国を救うためにどうしても必要なんです」


 しばらくすると竜の泉が輝き一人の女性が現れた。王都中央公園にある女神像に似た女性だ。


「女神様?」


 ローの言葉に頷き、女神は後ろにあった手を前に出した。その手のひらには小さな金龍と銀竜がちょこんと座っていた。


「あなたが必要なのは金龍ですか。それとも銀竜ですか」


 女神の言葉を聞いてローはイラッとした。心の中では、銀龍の鱗って言ったよね。それ聞いて出て来たんじゃないのと思っていた。しかし彼には理不尽な依頼者耐性がある冒険者だった。舌打ちしたかったがそんなことは表情に出さず女神の問いに答える。


「五、六年後に復活しそうな魔王を封印するための剣を作るのに必要な銀竜の鱗が欲しいのです」

「分かりました。銀龍の鱗ですね。でも、お渡しするには対価が必要になります」

「僕の命を差し上げます。お願いです。国を救うために鱗をください」


 彼の答えを聞いた女神は銀竜の鱗を一枚抜いた。銀龍は痛くないようで平然としていた。

 手のひらサイズの小さな龍の鱗なのに抜けるとローの胴体くらいの大きな鱗になった。彼は大きく重い鱗を抱きしめるように抱えた。

 女神と金龍銀龍はいつのまにか消えていた。


 ローが森を出るには龍の泉へたどり着くまでの日数よりも多くかかった。一人で、しかも重い鱗を持ちながら襲ってくる敵をかわさなければならないし、食料を調達しなければならない。

 それに川を渡るのにも苦労した。こんな重いものを持って深い川を渡ったら溺れる。歩いて渡れそうな場所まで遠回りすることになる。行きには五人で助け合っていたが今は一人だ。


 やっとのことで森を出て国の役人たちに銀龍の鱗を渡したのは、森に入ってから一年以上経っていた。

 ローに爵位をという話も持ち上がったが、自分一人の力ではないと彼は断った。  もうすぐ命がなくなるのに爵位をもらってもめんどくさいというのが本音だった。


 少し休んでから、ローは久しぶりに劇場へ向かった。金がたまると劇場で贔屓の女優の芝居を見ることが彼の唯一の楽しみだった。彼女の芝居は貴族にも大人気なので高額だった。今日は鱗を持ち帰った報酬がたんまりあるのでいい席にしようなどと考えていた。

 劇場に着いたローはショックを受けた。魂が抜けるほどのショックを受けた。彼女の引退公演と銘打った芝居だったからだ。引退、しかも結婚引退。

 立っているのがやっとの彼は唐突に気がついた。これが銀龍の鱗の対価だと。自分の命ではなく命のように大事な生きる糧が奪われたのだと。

 ローは楽しみが無くなり、ヘロヘロのまま暮らしていた。

 そんな彼だったが三ヶ月後にデビューした新人女優に一目惚れして、生きる糧を取り戻していた 。

 

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