第8話 君が為、王とも戦ろうか、どこまでも。

「……ルク。何故お前も着いてくる。呼んだのはシオンだけだぞ」


 中で待っていた国王も、じゃじゃ馬な姫に呆れているようだ。


「父上。まだシオンは12歳の子供。私が着いていた方が良いと思いまして」

「まるで年下の世話をしているような口ぶりだが、同い年だろう。そしてこの中で一番子供なのはお前だ。精神的に」

「いや、誕生日で言えば私の方が上だし」


 ルクが素で吐き捨てた所で、俺も挨拶に入る。

 時間の浪費は嫌いとのことだが、やはり臣下としては礼儀は必要だ。


「このような時間を設けて頂き、陛下、ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらの方だ……正直な所、今もまだ頭の整理が出来ておらぬ」

「心中お察し致します。しかし陛下もあのスロースの手により、魔王の手先にされる所だったのです」

「根拠はあるのか」

「子供の推察程度にしか過ぎません。しかし、神話において魔王とは魔界在りきのものでした。しかし、今は人が支配する世。賢しい魔族ならば、人を眷属とした方が利があると考えます。ならば、陛下を支配下に置くのが一番近道と考えたまでです」

「ふむ」

「実際、スロースが本物の宰相を殺害し、わざわざ王宮の中枢にまで来ていた事が証拠だと思います」

「確かに。考えすぎと言うには、リスクがあるな」


 一定の理解を示したヨーラク国王だったが、品定めをするような視線に切り替えてきた。

 お前は誰だ? みたいなジャブを撃ってくる。


「シオン。お主、どこまで見えておる?」

「見えておる、とは?」

「未来を見ているのではないか? 左様でなくては、お主の動きに説明がつかん」


 鋭いな。

 正確には未来を見てきたのではなく、【劣等印使いの無双譚】というラノベを楽しんでいたのだが。


「未来が見えるなんて、とんでもない。推察が偶々当たっただけにすぎません」

「本当か? 今なら、未来からきたと言われても驚かんぞ?」

「御戯れを」


 と流した。言える訳が無い。「この世界はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」なんて。


「……話を変えよう。エスタドール家の領土は、確実に剥奪となるだろう」

「心得ています。このような事があっては、地を治めるにも示しがつきません」

「ほう。領土への渇望は無いと申すか」

「身の丈に合わぬ欲望は、身を滅ぼす重荷となりますので」


 「ホントに12歳同い年? 達観し過ぎてない?」というルク姫の疑問が飛んできたが、「茶々を入れるな」とヨーラクが一睨みをした事で黙った。

 

「それにしてもお主、私財を投げ打って、孤児院、学校の支援をしていたそうじゃないか」

「あの金は父が『貴族たるもの金を常に持っておくべきだ』と貰っていたステータスです。しかし、人徳は金に宿るとは思えません。だから必要な所に金を散財しただけにございます」


 それでもなけなしのお金だったし、雀の涙程度だったけどな。


「お主のような正義の戦士を失いたくはない。そこで名誉貴族としてエスタドールの名は残しておきたい」

「寛大なお心、感謝の極みにございます」


 正直、エスタドール家は滅びてもおかしくないと思っていた。

 だが原作で傀儡となる前の国王を見る限りでは、ただで俺を手放さない事も予想はついていた。

 賭けだったが、貴族という位が残るなら上々だ。身の振り方はどうとでもなる。


「……それから、花の魔術の事だ。お主程極めた者は史上おらん」

「お褒め頂き、このシオン、冥利に尽きるという物です」


 にしても、あんなに使い道のある花魔術、何故極めた人がいなかったのだろう。まあ、あまり気にする所ではないか。


「故にシオン。お主を、王立魔術学院のSクラスへと推薦をしたい」


 返事を忘れる程に衝撃的だった。

 王立魔術学院のSクラスといえば、高名な騎士や魔術師、貴族に推薦された者のみが行くことが出来る、原作では設定にのみ存在する領域だ。特に魔術に関しては、専属で著名な魔術師が着き、特別なレッスンを受けることが出来る。

 というか、このシオンが選ばれるのか?

 

「ちょ、ちょっとお待ちください。花魔術に関しては、確かに自信があります。ですが、他の魔術に関しては我ながら平凡以下かと」

「それくらい偏った能力の方が、逆に伸ばしやすい……先程謁見の間に、推薦権を持つ者がいたのだよ。お主さえよければ、いつでも入学可能だ」


 そんな奇特な人がいたとはね。

 しかしまだ驚愕の残響がある。

 事実の理解に苦労していると、止めの一言をヨーラクが突き出してくる。


「Sクラスならば奨学金も出る。丁度領土を失ったお主としては渡りに船ではないか。それに、家族の不正を良しとせぬ勇気、未来視に近い洞察力、そして摩訶不思議な花の魔術。この王国にいずれ役立てて欲しいと思ったまでよ」


 未来への投資という訳か。

 俺にとっても悪い話ではない。ここから先、原作の知識が通用しない、踏ん張りどころが必要な場面があるはずだ。

 それまでに最高の環境で、実力を付けられるのはありがたい。

 

 そして、リリたんの【魔巫印】リスクにも、王立魔術学院への入学は効いてくる筈だ。魔巫印からは常時魔王の力が流れ込んでくる。

 これではリリたんが望まずして、魔王になるという事も在り得なくはない。


 だからこそ、魔術学院で魔巫印に繋がる手掛かりが欲しい。

 魔巫印を取り除くか、制御できるようなシステムの手掛かりが欲しい。

 上手くすれば、王立魔術学院の上位機関――前世で言えば大学機関にあたる【アカデミー】でそれらの研究が出来る。

 

 だが、幾ら命を救われたとはいえ、そんな善意のみでSクラスへ推薦するというのも、しっくりこない話ではあった。

 

「その代わり、リリエルをこちらに差し出してもらえないか」


 ……そうきたか。


「お言葉ですが……差し出して、どうします?」

「魔巫印とやらを、調べさせてもらう」

「では調べ方をお伺いさせてください。果たしてそれは、人道に沿ったものですか」


 ガーデン王国の頂点に立つ漢が、俺の眼を真っ直ぐ見返してくる。

 このまま建前を押し通せるかどうかを鑑定している。

 

「お主は【魔巫印】についてどこまで知っている。魔王とはどのような関係がある」

「それはこれから私の方で調べます」

「分かっているんじゃないか? リリエルは、魔王復活の器だと」


 この妖怪め。そこに行きついていたか。

 最悪の事態としては想定していたが――リリたんも国の深淵へと葬り去ろうとしている訳だ。

 

「私はこの王国を守る使命がある。この国に災いするならば、喩え暴君の誹りを浴びようとも、私が摘まねばならぬ」

「つまり、リリエルを殺す気ですか」

「必要ならば」


 ちょっと、とルクが割って入ろうとするが、腕の動きだけで静止してしまった。

 父親ではなく、国王としての威厳のみでルクを釘付けにしたのだ。

 本気という訳か。


 ……確かにこの国王は名君だ。国の事を一番に考える、賄賂も一切通用しない、国王の鑑だ。

 だが名君は寧ろ、清廉潔白ではいられない。

 例えば1000人の国民を救う為に、10人の国民を犠牲にする道しかないのならば、迷わず処断する。それくらいの『暴君の誹りを浴びる』覚悟とて必要だ。


 だが、それはあくまで国王視点の君主論マキャベリズムだ。

 俺は悪いが、この国の味方じゃない。リリたんの味方だ。

 その10人にリリたんが含まれるなら、11人目になってでも戦う――王を敵に回そうとも。


「流石は国民の頂点に立たれるヨーラク陛下。しかし、リリエルを差し出せという御命令には、従いかねます」


 国王の傍らにあった剣が、いつの間にか鞘から解放されていた。

 切っ先は、俺の首の隣で静止する。


「滅びゆくエスタドール家の一員として、お主も公開処刑されるとしてもか」


 君が為、王ともろうか、どこまでも。


「その代わり、全力でリリエルを逃がします。この国に災いを齎す結果になろうとも」

「なぜそこまでする。まだ婚約者でも無いだろう」

「あの子に幸せになってもらいたいからです。その為なら、悪名も拷問も死も、安いものです」

「正気か」

「好きな女を忘れて生きる事が正気なら、私は狂い咲きで結構です」


 リリオタっぷりを発揮したところで、なるべく国王の側にも寄り添う。

 人は利が無ければ動かない。あるいは不利を避けようとしなければ動かない。

 

「それに、リリエル本人が進んで協力した方が、安全に研究が進められませんか?」

「どういう事だ?」

「魔巫印は術者の心に左右される可能性もあります。そう仮定した時、無理矢理協力を強制しても魔巫印の思わぬ力が作用し、この国に取っても取り返しのつかない事になるのでは?」

「お主なら、リリエルをその気にさせてくれるというのか」

「リリは、自分に降りかかる運命と向かい合っている最中です。いずれ、魔巫印とも向き合ってくれます」

「またリリか」


 しまった! 俺が口を隠していると、ヨーラク国王は笑い出した。確かにこの笑い方は、ルクだわ。

 

「根拠のない妄執だ。とても国の命運を預けるには足らん」

「……では、私を殺しますか」

「だが案外、そういう私情の方が信用できる時もある」


 王は剣を治め、椅子に深く腰掛けた。


「いいだろう。暫くはリリエルの身、お主に預けるとしよう。しかし、いざという時は……」

「御安心下さい。私がそのような事態にはさせません」

「よかろう。ならば力を更につける為、王立魔術学院のSクラスにて存分に励むがよい」


 リリたんの事は一旦保留にしてくれた様だ。

 しかし、俺の用事はまだ終わらない。もう一回、勝負に出る必要がある。


「陛下。大変恐縮ですが、一つ折り入って相談がございます」

「何だ、申してみよ」

「この王国には、バロンに匹敵するような悪人が、私の知る限り二人おります」


 俺はリリたんの仇二人の事を話した。

 一人目は、ラフレシア・レジア=グロンゼル。リリエルの父で、彼は32女もいる娘らを、時には身分も偽り、時には敵国の重要人物に嫁がせている事。婚姻関係で自分の帝国を創ろうとしている事

 二人目は、キモクス・ヘドロ=ダスト。リリエルの妹が嫁いだ先の貴族で、13歳以下の子供を無理矢理嫁がせては、死の危険性があるほどの凄惨な凌辱を働いている事。リリエルの妹は、凌辱の果てに死亡した事。


 ルクが真正直に顔を逸らしていた。ヨーラク国王も苦虫を噛み潰したような顔を歪める。


「証拠の資料は揃えてあります。手始めに、この【収音花スピーカー】には証拠となる音声が記録してあります。この二人を捕縛した上、私とリリエルの前に連れてきていただきたく存じます」

「復讐をさせる気か」

「リリエルが望むのであれば」

「法の加護無き私的制裁は重罪と知ってのことか」

「リリエルは法で守られなかった子です。今更法が語る矜持では、彼女は救えないと思ったまでです」


 と、言ったものの、この一ヶ月の可愛らしいリリたんを思い返して、少し訂正する。


「しかし陛下。ご安心ください。リリエルは復讐はしませんよ」

「ほう。何故そう言える」

「彼女は、実は誰よりも優しいので」


 またジャブのように睨んでくる。

 だが敵わぬ、と言わんばかりに国王は目を伏せた。


「いいだろう。ならば、復讐か前進か。彼女にそれを選ばせる機会を設けるとしよう」

「寛大なお心遣い、ありがとうございます」


 部屋を去り行く時、ヨーラクからこんな声が掛かった。


「君は本当に、リリエルの事が好きなのだな」


 俺は、真正直にどれくらいリリたんの事が好きか語った。

 リリたん!! リリたん!! リリたああああああん!!

 と叫ぶわけにもいかないので、なるべく平静に、常識の範囲内で返す。


「はい。リリたんの為なら、私は魔王になっても構わないくらいです」


 国王は立ち上がり、俺を見送ってくれた。

 リリたんを確保できなかったことは痛手だが、これでよかったと安堵しているような温かい顔が垣間見えた。

 

「王立魔術学院にて、力と知識を付けろ。そして、君がリリを取り巻く悪から救うのだ」

「……陛下の御期待添えるよう、このシオン、男の道を突き進ませていただきます」


 扉を閉めながら、俺は思った。

 男の道を突き進ませて頂きますってなんだよ、もっと他にあっただろ。


 ……てか、リリオタっぷりが国王にもバレた。やべ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る