ラスボス悪女に殺される悪役に転生したけど、推しなんで幸せにしてもいいですか?〜弱小属性【花魔術】を極めたら原作主人公より最強になったけど、元悪女が最高の嫁になってデレてくるからどうでもいい~
第5話 推しの悩みを聞くだけでも、ファンは嬉しくなる
第5話 推しの悩みを聞くだけでも、ファンは嬉しくなる
翌日、主だった変化はなかった。
リリたんもバロンに目を付けられない程度には気丈に振る舞っていた。俺から見れば、かなり無理しているように見えるが。
さて、期限は2ヶ月しかない。
早速、【エスタドール家を潰す】行動を起こす。
その為に、国王宛てに手紙を書く。
……まあ、素直に「国王様へ、うちの糞親父、ヤベえです」と言っても門前払いがいい所なので、とある人物にワンクッションを挟むことにする。
ここで原作知識が活きる。
何せその人物が【劣等印使いの無双譚】において超重要人物なので、設定集とか盛沢山なのだから。
設定集から彼女の好みや幼少期の性格を思い出しつつ、三年前からコツコツと拵えてきたコネを使って、国王に然るべき行動を起こしてもらう訳だ。
と、丁度その頃、ドアにノック音が鳴った。
どうぞと言って、中に案内する。リリたんだった。
気を許してないせいか外着姿だったけど可愛い。部屋に二人きりって本当にドキドキするんですけど……。
「あの。ごめんなさい、忙しい所」
「いやいや全然全然!! どうしたの!?」
初めてリリたんから声を掛けられた! なんか嬉しい!
ウッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!
あかん変な声出しちまった。
「色々、考えても考えても、救神様に世界を綺麗にしてもらう事しか思いつかなくて。でも、そうなるとどうしても納得できない所が出てきて。だから参考にしたくて。シオン様も、今の人生で何か保留にしている事はあるのですか」
真面目だ。
そのまま、救神の導くままに身を寄せる事だって出来たはずだ。
でも、無意識に救神に抗っている。抗わなければいけないと思っている。
リリたんの幸せ探しに役立つような情報を……と思ったけど、咄嗟に思いつかないんだなこれが。
「そうだねえ……俺もさ。ぶっちゃけ分からないんだ。シオンという人生をどう歩んだらいいのか。その問いを保留にして、答えを探してる」
「どういう事ですか」
「俺はそう遠くない内に、酷い死に方をする。信じてもらえないかもだけど、故あって、そんな
リリたんも想定外だったのか、返す言葉に迷ってる。君に殺されるんだけど。
「その未来を回避したくて、色々策を講じてた。魔術を鍛えたり、敵の動きに先回りしたり、自分が生きる道を探してた」
「シオン様のすごい花魔術は、そこから来ていたのですね」
「でも最近、この生き方が間違いなんじゃないかと思ってる」
「どうして? 悪い事ではないと思います」
「その先は?」
死から逃げ続けた、その先は?
という問いに、リリたんは答えられなかった。
「ただ死にたくないから生きるという生き方は、意味の無い人生だと思う。少なくとも自分の人生に、責任を持っていない」
生きる事以上に何かを望むのが、我儘で傲慢な、貴族の世迷い事なのは分かってる。この世には生きる事を目的にしなければ生きられない、過酷な環境がある事も知っている。
それでも、という奴だ。
心当たりがあるのか、リリたんは目を逸らした。
それが、生きるために生きざるを得なかった幼少時代を逡巡しているからなのか、救神に言われるがままの人生に疑問を抱いているからなのかは、分からない。
「でも、
「行動で、人生に答える……?」
「救神という希望を見つけた事。でもゴーマは魔族だった事。ゴーマは魔王と言った事。その人生が全て、君に「これからどうする?」って問いを投げかけているんだ。もしかしたら、人生を【運命】と言い換えた方が、まだ分かりやすいかも」
その後、【運命】についての持論について、リリたんに語った。
誰も彼も、【運命】を恨む瞬間があると思う。
問題に直面した時。刃を向けられた時。
努力が報われない理不尽。自分を受け入れない不条理。
胸が苦しくて眠れない夜。心から死にたいと起きられない朝。
そんな【運命】に翻弄され、未来を信じることが出来なくなったら、身体的にも精神的にも破綻する。
「止まない雨はない」なんて綺麗事も届かないまま、後ろ向きに歩き続ける。
そのまま、人類に絶望したラスボスにだってなるかもしれない。
なら、そんな
俺なりの答えは、こうだ。
まずは、【
そして、「だから自分はどうするのか」の答えを、行動で表現する。
「すごい、壮大な事のように、聞こえます」
「でも意外と基本的な事なんだよ。ただ、人はそれを忘れやすい。俺も、この前まで忘れてた……」
でも、それを思い出したのは正直君のお陰なんだよ、リリたん。
つい一昨日までは、「シオンの原作ルート回避!」という事だけを考えてた。
何故なら、あくまでこの世界は【劣等印使いの無双譚】であり、誰も彼もが
でも、原作という枠組みから外れて、泣く君を見て俺はハッとした。
この世界は原作じゃない。人生の集まりなんだ。
だからこそ、俺はシオンという人生から何を期待されているのか、という問いに答えようとした。
「シオン様は、苦しくならないですか?」
「苦しく、なる?」
「私は、苦しいです。過去に向き合おうと考えてたら、何もかもが嫌になります」
きっと、母や妹の非業な死を思い起こすのだろう。
人生について考えれば、現実と向きあわざるを得ない。
向き合えば向き合う程、心を削る事情が彼女には多すぎる。
「じゃあ、その時は俺に話に来て。今日みたいに聞くから」
「……話しても、何も解決しません」
「それでも、話に来て。一人で考えこむよりは、ずっといいと思うから」
どこか納得が行った様子で、ゆっくりと頷いた。
「君はきっと光の見えないトンネルの中にいる。出口を一緒に見つけよう。ここで頑張りたいと、心底思えるような光を探そう。大丈夫、君は一人じゃない。俺が、ずっと君の味方でいる」
……って何が「ずっと君の味方でいる」だ!
そういう言葉を無責任に放つ事こそ、後で失望させる要因になるんだぞ。
ちょっと後悔している俺の前で、しかしリリたんは笑っていた。
……カワイスギルンデスケド。
「分かりました。シオン様。また、話していいですか?」
彼女はまた、笑っていた。
それは一瞬で消えてしまったけれど、確かにリリたんの中に光は出来たと思う。
目を逸らしちゃった。ずっと味方でいるとか言っておきながらこれだ……。
「シオン様はくすぐったいから止めて。シオンでいいよ」
「はい、シオン」
「変な話をしてゴメン。リリたん、生きるって、難しいよね」
「また、リリたんって言いました……」
ああああああああ!! 気を抜いたらこうなるううう!!
ええい! 人生もう一度やり直したい! 転生しなおしたい!
そんな感じで暴れ狂う俺に、リリたんは言ってきた。
「私の事も、リリたんでいいですよ?」
……なんだと!? そんな呼び方をされて嫌にならない女子って実在するの!?
やはり聖母リリたん! 天使リリたん! 包容力が12歳にして異次元過ぎるっ!?
「ともあれ、今日は寝た方がいい。昨日もあまり、眠れてないようだし」
「眠れないんです」
お化けでもみたように、本当に怖がっていた。
「夢を見るのが、怖いんです。母と妹が死を見るのが怖いんです。だから、もう少しだけシオンの話を聞かせてもらえませんか」
添い寝しろ、って事!?
いや落ち着け。本当に何考えてんの俺。
今の彼女に必要なのは、睡眠だ。それを乱すようなことをしてはいけない。
「分かった。物語で言えば序盤の悪役で終わるような、そんなモブ役の話で良ければ」
こうしてリリたんの客室で、最愛の天使が眠るまでただ横にいた。
悪夢から遠ざける、最後の希望になれたらいいなと思った。
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(SIDE:リリエル)
起きたら、隣で椅子に座ったままシオンが寝ていた。
この様子には、見覚えがある。
風邪を引いた時、お母さんも無理な体勢で、横で寝てくれていた。
朝日に照らされ、ベッドの上に置かれたシオンの手。
人の手って、こんなに温かったっけ。
母と妹がいなくなってから、随分と忘れていた気がする。
自分でお願いした事ながら、シオンが私の部屋までついてくる時、ちょっと警戒した。
妹の事もあったから、怖かった。
でも、今では安心していた。
逆に、この人にもっと触れてたい自分がいる。
逆に、もっと触れて欲しい自分がいる。
この人は、朝日よりも温かった。
私の中にある闇の氷を、全て溶かしてくれるような太陽に感じた。
温かい。温かい。
あったかい。ぽっかぽかだ。
お母さんを、妹を思い出す……。
今私、救神様の事を蚊帳の外に置いてた……?
私、この人とずっと一緒に居たいと、思っている?
「リリ、たん?」
シオンが寝ぼけた顔を起こした。私と同じ、子供の純粋な顔だった。
「嫌な夢を見た?」
私は首を横に振って、否定した。
「きっと、いい夢を見たんだと思います」
シオンは流石にここで寝ることまでは想定外だったようで、「あ、やばい!」と言うと部屋に戻ろうとした。
「さてと。じゃあ、早速行動を開始するか」
「何をするんですか?」
彼は、今が楽しいと言わんばかりの顔でこう言った。
きっと、人生に問われたことを行動で答えようとしているのだろう。
「ちょっと国王を動かす手紙を書く」
そして、国王に呼ばれたバロンに、私とシオン様が着いていったのは一か月後の事だった。
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