物語ダンジョン

水都suito5656

第1話 物語の始まりと終わり方

やっぱりおかしい。どう考えても変だ。


今回入っているダンジョンは何が違う気がする。


冷や汗が流れる

動悸が止まらな


考えてみたら、このダンジョンは最初から変だった。

「でもさぁ。今更後戻り出来る筈ない」

私は自分にそう言い聞かせ、ひたすら薄暗い洞窟を歩き続ける。


何だよ緊張感が解けずにいる。


今まで何度もダンジョンに潜ったけど、こんな事は初めてだった。

当然楽しみにしていたアイテムやお宝も見つからない。


「あーもう!来るんじゃなかった!」


収穫あってのダンジョン。


でもここは違う

この場所に何の価値も私は見いだせていない。

でも戻ることは出来ない!

「行かなきゃ」


重たい足を引きずるようにただ前へと

きっと何かがあるはず。

その思いで、

ただ必死で

私は暗闇の中を1人歩き続けた。



洞窟を抜けると急に視界がひらけた。

草原だ。

草原型ダンジョンなのかも

続いて森林地帯になる。


湖 そして

・・・家?


「・・嘘でしょ」


森を抜けるとそこには一見の立派なお屋敷があった。


まるで西洋のお屋敷のようね。


私は恐る恐るその建物に近寄ってみた。


「うわっでっか」


3階建て建物は、人が住んでいるように手入れが行き届いていた


「でも・・どうしてダンジョンの中に家があるっていうのよ」


でも妙に納得も行った

ダンジョンに入った瞬間、着ていた装備は一瞬で変わってしまった。


「これ、ドレスていうんだろうね」


髪も綺麗にアップにされていて、装飾品もつけている。


「・・・まるでどこぞの令嬢みたい」


ゲームや小説だと、パーティーで、婚約破棄劇場とか、断罪とか繰り広げられたりするんだろう。


「誰かいませんか」


そーっとドアを開ける。重厚なそのドアはあっさりと開いた。

外と同じくらいお屋敷の中は豪華な作りだった。

「この雰囲気だとモンスターよりもゴーストやミミックあたりが出そうなんだけど・・・」


できればモンスターが良いな! それも貴重なお宝を落とすモンスターが


玄関を入ったところで立ち止まる。胸騒ぎがした。なんだろう。人の気配に似ているけど。


普通に考えれば冒険者かもしれないけど、一向にその姿は見えない。

警戒していると、ふいに肩を叩かれた。しまった!背後を取られた!


「お嬢様!また抜け出していたんですね」


「えっ!」


そこにはクラシカルなメイド服を着た20歳前半くらいの若い女性が立っていた。


「試験勉強をなされないと、後で困るって仰ったじゃないですか」


「そうだった!」


追試だと休みが飛んでしまう。


「わ、判ってるわよ」


「はい、頑張って下さいね!」


私はどうしてもこの子には頭が上がらない。

小さい頃から姉のように接していたからだろう。


「試験の成績が良ければ、旦那様たちと一緒に別荘に行けるって、あんなに言ってたじゃないですか」


そうだよ、なんで今まで忘れていたんだろう。


「先生はまだいますから謝ってください」


「わかったわ」


そう言って私はに階にある自室へと向かうのだった。

・・・あれ

彼女から離れ、2階に上がってすぐ違和感を感じた。


待って!ちょっとまって!なに今の会話。

私ここの子供だっけ?

そんな筈無いよね


「なんだろう」


なんでここにいるのかが思い出せない。

何かを調べるために来たきがするけど、確信はない。

それにさっきのメイドとの会話。まるで予め想定されたセリフのよう。


私は鳥肌が立ち、両腕で自分の身体を抱きしめる。


怖い


自分が誰なのかすら思い出せなくなっていた。

そうして震えていると、視界の隅にあったドレッサーに気がつく。


「自分は誰なんだろう」


ゆっくりと鏡に近づき恐る恐る覗き込む。


「・・・誰この子」


青いドレスを着た12歳位の少女がそこには立っていた。


「えっ、もの凄く可愛いんだけど!」


そっと右手を伸ばし鏡に触れてみる。鏡の中その子も同じよう動く。


「でもこれじゃまるで」


この容姿。これに私はもの凄く見覚えが会った。

初回封入特典についていたクリアフォルダーで見た。


「断罪姫はざまあを忘れ逃亡しちゃった!」に出てくるヒロインにそっくりだったのだ。ゲーム自体は恐ろしいほどのルートの嵐でその殆どがバットエンドという徹底ぶり。

それよりも 


「我ながらすごい美人よね」


プラチナブロンドのゆるふわヘアーを軽く後ろでアップしてまとめている。

サファイヤのような青い瞳 小さくてピンク色の唇。


私はしばらく鏡の前で立ち尽くす。

しかしそれは唐突に終わりを告げる。

ピコンと音とともに目の前にウインドウが現れたのだ。


「クリア条件は・・物語を完結させること・・?」


目の前に浮かんだスクリーンにはっきりそう書かれていた。

もしそうだとしたらこれは大変なことだ。

このヒロインの不幸は並外れている。ゲームをやるのを辞めたくなったのが何度もあった。



でもやらないとこの世界から帰還できない。この物語を終わらせないと

この世界から元の世界へ帰ることは出来ないのだから。


「でもそれも考えものなのよねえ・・・」


完結してハッピーエンドになってからも地獄が待っている。



物語の完結 つまりお話はこれで終わりということ。


その過程での人生は泡のように消滅する


愛した人との永遠の別れも

慈しみ育てた子供も例外ではない。


全てが無かったことなる

それはたやすく人の心を破壊する


「魔物のほうが安全かもね」


心情t的には


愛する人と困難を乗り越えて結婚する。

幸せな毎日は少量の毒だ。

気づかないうちに心を蝕んでゆく。


この物語ダンジョンには魔物は一切現れない。

現れるのは人間だ。

彼ら彼女らと与えられたストーリーをこなすことだけが求められた。


得られるのは素敵な恋。幸福な時間。それだけ

ダンジョンの中で出会い、結ばれ、子供が出来て成長してそんな当たり前の出来事しか起きない



でもここに居るのは絶世の美男美女。モブですら恐ろしいくらいの美女だ。

そんな彼女らと恋ができる。恋してもらえる。ここでの体験をしてしまうと現実での生活は色褪せることだろう。

それほどまでに刺激的で心が踊る体験。


「お陰で現実世界で結婚が減って、出生率が下がってわけね。 なるほど、政府が長いこと禁止にするだけのことはあるかも」


先程見たメイドも定有を思わせる蠱惑的な微笑みだった。

同性でもそうなのだから異性でその魅力に抗えるはずもない。


このダンジョンは10年前に発見され瞬く間に一斉を風靡した。

でもその危険性は中々理解されなかった。

出生率の極端な低下に驚いた政府は、すぐさま規制をしたが遅かった。

はもはや手の施しようがないくらいすべてが終わっていた。


そして多くの時間が流れた。


私がこの春から通う学園内のダンジョンを残して全て封印され忘れ去られた。


事実上世界でこの一つしか稼働していない。


とは言え、その内部は複雑で複数のダンジョンを内包している。


今現在判っているだけで7個

発見順に

白雪姫ダンジョン

美女と野獣ダンジョン

最難関アラジンダンジョン

悪役令嬢ダンジョン

難攻不落の姉ダンジョン

幼馴染ダンジョン

奇跡の恋人ダンジョン

他にも存在することは確定している。


でも誰もそこまでたどり着けない。

一つ一つのダンジョンにかかる時間が膨大すぎた。

平気で5年はかかる。それでもここしか無いので憧れてくる人は絶えない。

そう、私みたいに



あっという間に4年が過ぎた 私は16になる。

今年はイベントの年の筈。


私の婚約者の第2王子が聖女へ乗り換えるあれだ、

何やら会場が騒がしくなってきた

そろそろ始まったか


えーっと、ここでの役割を復習すると

言われもないことを婚約者より断罪されて、皆の前で婚約破棄を言い渡される

その日のうちに国外追放が決まり、途中馬車が賊に襲われて以降私は行方不明

それから更に4年後、某国のお后としてこの国に訪問する。

久しぶりに見る私は美しく、今更ながら悔しがる王子。

そして隣国の美と叡智の后として子供や孫に囲まれ、末永く幸せに暮らしましたとさ。 めでたしめでたし。

・・・え 

「まだ4年も残ってるじゃん」


理屈ではここでの一年は現実世界ではせいぜい1週間。

5年いたとしても一月 まあ夏休みだね 


「更に4年後かぁ」



それからさらに数年が過ぎた。


「やっとここまできたよ」


隣国の王子と結婚して妃となり、今では二人の子供も居る。

え 計算が合わないって? 良いのよ愛があれば!



そうしてみんなで仲良く暮らしてたある日

私の前に画面場浮かんできた


『正規ルートクリア!

次のイベントに進みますか? ゲームエンドしますか?』


「そうだった」


思い出した。ここはダンジョンの中だよ。

この世界はダンジョンが見せる仮初めの夢だ。

まあ夢とはいっても実体験だけど。


次のルートはこの子達が成人する15歳に起きるミニイベント

13年後だ。

長すぎる

でもクリアを選ぶことは出来ない

クリアーを選んだ瞬間ダンジョンから排出される


たった1人であの世界に戻ってしまう

楽しかった思い出だけを残して、

全てが泡のように消えてしまう。


「ママ?」


子どもたちが心配そうに私を見てる

これがNPCであるわけがない。

今ここで起きていることは現実だ。


「・・・大丈夫よ。明日の遠足のこと考えてたのよ」


私はそっと大切な者を抱きしめる。


「これは現実だ この子達は生きている」

 

この瞬間 確かに





それから50年

私は病期で死ぬのではなく

天寿でこの世界から離脱しようとしている。


死がそこまで迫ってきた


子供たちも皆大きくなった。 

私は最近向こうの世界を夢に見る


「中学で仲良かったあの子の名前は何だったかしら」


物忘れも酷くなったけど、あの子の名前だけはいつまでも覚えていたはずなのに


そうだ たしかあの子の名前は・・・






「お祖母様は安らかに旅立たれたわ」


翌日は朝から雨が振り続いた。

まるで世界を覆い尽くすように。


『イベントルートはもうありません。 ゲームクリアです』


彼女だった者の側には、ゲーム終了を知らせる表示だけが浮かんでいた。


もうそれを読める者は、どこにも存在しない。


雨に溶けて消えゆく世界で、ぼんやりとその明かりが輝きを増していた。





ざわざわと喧騒が聞こえる

空気が違う

暗く湿った洞窟と急の空気


私はゆっくりと覚醒してゆく


「おかえり」


懐かしい声が聞こえた


だれだったかしら


ゆっくりと目をあける


「誰? 新しい侍女かしら」


酷く痛む頭に手をやって私は上体をお起こす。

何だか酷く長い夢を見た気がした。

今の私は不格好な鎧のようなものを着てベットに横たわっていた。


「ごくろうさま。あなたのお陰で悪役令嬢ダンジョンが固定化したわ」


悪役令嬢ダンジョン? 固定化? 何のことだろう


「いいのよ。今はおやすみなさい」


その人は悲しそうに微笑んで私のことを見ていた。


その顔を何処かで見た気がしたけど

何だか心に大きな穴があいたように

何も考えることが出来なかった


恐ろしいまでの喪失感

私はそれを思い出すのが怖い


思い出せばきっと正気ではいられなくなる


だから心のなかで聞こえる声に蓋をする


『ごめんなさい。 ゆるして』


目を閉じれば今でも浮かぶあの子達の笑顔


二度と会えないその子達の為に



私はいつまでも涙を流し続けた。


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