うなじ

第1話

 少女のうなじが好きだった。


 私は電車に乗っている。シートの一番端に座り、スマートフォンに目を落としながら、時折彼女の白いうなじに視線をやる。彼女は学校の制服を着て、コンビニで買ったであろう揚げ物を食べている。私の座るシートの衝立にもたれかかって、友人らと談笑している。とても垢抜けたグループには見えない。丸眼鏡をかけたそばかすだらけの女子生徒、スポーツバッグを提げた坊主で眼鏡の男子生徒、百円ショップのビニール袋を持つ無口で無愛想なロン毛の男子生徒。


 彼女だけがはつらつとしているかと言われれば、決してそうではない。鼻の下が長く唇は突き出ていて、細い目の尻には目ヤニがこびりついている。笑うと歪に突き出た前歯が見える。しかしそれでも、結った髪の下の白く眩いうなじにはあえかなる魅力があるのだ。


「うまぴよもち」


 不意に彼女が言った。揚げ物のことを言っているようだった。彼らにしか伝わらない小さなコミュニケーションの中の造語らしい。不可思議な彼女の物言いには誰も疑問を抱かなかった。スマホに視線を戻す。


 そのとき、コロンと一粒の枝豆が転がってきた。彼女の齧る揚げ物に入っていたのだ。視線を上げる。目ヤニの付いた細い目と交錯する。ほんのわずかな邂逅は、彼女が視線を逸らしたことで終わった。彼女は再び友人らとの談笑に戻る。そんなにも野暮ったい連中と会話して何が楽しいのだろう。私は枝豆を摘まみ上げると、ポケットの中にサッとしまった。布切れの上から豆粒を潰す感触の、得も言われぬ心地良さたるや。

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うなじ @ZUMAXZUMAZUMA

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