俺は農業から逃れられないようだ(泣)

水の月 そらまめ

第1話 俺は農民をやめて冒険者になる


 俺は農業をするのが嫌で、育った農村を15の時飛び出した。向かう先は大きな町だ。

 コツコツ貯めたお小遣いに、村にやってきた冒険者たちに教えてもらった剣術。簡単な武器と防具のお下がりだってある。


 俺はやるぞ。



 一生農業なんて暮らしてやってられるかってんだ!



「次の方どうぞ」


「こんにちは。冒険者になりたいんですけど」


 美しい受付嬢。村にはいなかったタイプだ。好き。

 人並みにデレデレしながら、言われるがままに行動していく。


「えぇと、あら。ノウソン村の方ですか、冒険者になるには試験が必要です。頑張ってくださいね」


 ズキュン!


「はい!」


 なんて強いんだ受付嬢……。一撃でやられかけたぜ……。


「兄ちゃん、終わったんならどいてくれないか?」


「すみません。すぐ退きます」


「試験頑張れよー」


「ありがとうございます。頑張りますっ」


 みんな強そうだ。

 俺みたいなお下がりの防具じゃなくて、高そうな武器防具をしてやがる。俺が一緒なのは、情熱を宿してキラキラしていることくらいだな。

 新品の武器防具、クソ羨ましぃっ。俺だってぇ!


 トントン拍子に俺は冒険者になった。

 20人中8人が受かったランク決めテスト。何をテストしていたのかさっぱりわからなかったが『才能あるよ君』と言われた。


 やっぱり俺には才能があるッ!


 鼻高々に、しかし慎重に。俺は稼ぐためにやってきたんだ。死ぬためじゃない。


 やっぱり冒険者になったからには依頼を受けなきゃな! 最初の、初めての依頼。くぅーっ、何かが漲ってくるぜ。


 冒険者ギルド内を歩き、初心者らしく一番低ランクの掲示板に足を運ぶ。さぁ、今日から俺も冒険者だ。


「…………」


 コツコツ。

 ……………………?


 うろうろ。

 

「…………」


 ふっ、薬草採取しかない。俺に仲間がいれば、退治依頼も受けれたのに。

 村の同期は冒険者に興味ない奴らばっかでもうっ。……仕方ない。


 俺は薬草採取の依頼紙を破り取った。



 うおーーー!

 頑張った。俺は最初の薬草採取からめっちゃ頑張った。


 気づけばFからAまであるランクがCになっていた。俺も2歳年月を重ね、17となり、将来はAランクまで行くんじゃないか、だってさ!

 俺、やっぱり天才かもしれない。


 このままどんどんいくぞ! 稼いで稼いで、村の奴らにあっと言わせてやるんだ! 俺の凄さに慄かせてから、悪かったと謝罪させて、崇めさせてやる。今送ってるお金だって相当な物なはずだ。骨の髄まで貴方のおかげ村が豊かになりましたって感謝させてやる! はっはははー!



 そんな夢と希望を抱いている時期も俺にありました。


 数人で向かった合同依頼で向かった村。

 Dランク依頼に何となく嫌な感じがしていた。戦力過剰かとも思われる人数で向かった俺たちは、そこで見たこともない魔物と出会う。


 確かに植物系の魔物だとは聞いていた。だがそれはもっと知性のないタイプだ。悪魔のような植物系の魔物は周囲の木々を動かし、無垢な少女の姿を宙に浮かばせていた。


 あれは俺の知っている植物じゃない。


「うわぁぁああ!!」


「お前は逃げろ!」


 森の中に怒号と悲鳴がこだまする。


 キンッ!!

 金属のような硬さの木の根。俺は重い衝撃と、一瞬散った火花を見てまた思う。


「植物の硬さじゃねぇ!!」


 俺の見聞が狭いせいなのかもしれないが……いやこいつ、植物系なだけで植物じゃないんだった! 何言ってんだ俺!

 今日の朝に、似たような植物が村から送られてきたばっかりに……。マンドラ……何とかだっけ。母さんめっ、犯罪臭の漂う植物を送って来るなよ!


 向かってくる木の根を切り、無闇に剣は振らずに避け、盾で弾く。

 せっかく新調したばかりの俺の盾がイカれちまう!


「ガアッ!!?」


 逃したはずの仲間が貫かれた状態で戻ってきた。血を吐き、ポタポタと滴る血を植物系の魔物は美味しそうに口にする。


「この野郎ッ!!」


「撤退するぞみんな! 俺についてこい!」


 なっ、ちょっと待って!?

 集中砲火食らっている俺の後ろで、合同依頼の仲間たちが撤退していく。俺も逃げようと、無表情で凶器を振るう少女の動きを見計らう。


「お前が誘ってきたんだから、そいつ引きつけとけクソが!」


「!?」


 言っちゃ何だが、俺は堅実的な戦い方をするタイプだ。攻撃力に欠けると何度か言われるほどに堅実。言うなればチキンなんだ。

 踏み出した足。逃げ出そうとした視線の先に、血を被った泣きそうな顔をしている女性がいた。


「ひっ、あぁ、まってっ……」


 即行逃げたいが、俺が誘ったのも事実。仲間を置いて逃げるほど落ちぶれてもいない。


 急停止した俺の足元で砂埃が舞う。

 迫っていた木の根を弾き、俺は女性を庇うように前に立った。


「腰抜かしてる場合じゃないぞッ! 行け!」


 見開いた瞳からぽろっと涙がこぼれ落ちた。女性が震えながら何とか立ち上がっる。

 彼女は冒険者だ。荒事で生活しようと考えるほど、実に根性のある人間なのは間違いない。よく知らないけど、きっと生かしてみせる。

 少女は震える口元に力を入れて、杖を構えた。


「癒しの術式、魔を避けし光がそなたを癒す」


 傷が癒えていく……。しかも体が軽くなった。ありがてぇっ。

 今まで治療費ケチってた俺アホだ。



「いっくぜぇ!! まずは俺を倒してからにしてもらおうか!」


 俺はお調子者だ。すごいお調子者なのだ。ちょっと褒められたら舞い上がるし、支援があったら調子づいてガンガンいくタイプだ。

 今まではそれでどうにかなってきた。そもそも根っこの当たりがチキンだから、しぶるような相手には向かっていかない……はずなんだがな。


 俺は今、プライドだけで立ってる!


「もう動けるな!?」


「炎の術式、闇夜を照らし、炎揺らめく幻想のひとときを。炬火の戒めをここに。我望むは戦火の炎」


 こいつ攻撃魔法も撃てるのか!? 驚愕する俺を無視して。集中している少女の手のひらから、巨大な炎が放たれた。

 植物系の弱点は炎だ。しめた。これで倒せる。


 植物系の魔物はうねうねと木々を動かし、自らの本体らしき体を包み込む。燃え広がった炎は山火事になるだろうが、この魔物を倒す方が優先されるだろう。


 ブンッ!!


 何から俺たちの上を何かが通り過ぎて行った。爆風が身体を吹っ飛ばし、バタバタと木々が倒れる。

 幸い俺の上には降ってこなかったようだ。あと少女の上にも。死体は南無。


 やっぱ俺、こんな植物知らない。

 俺は慌てて転がっている少女の元へ行く。ひどく顔色が悪い。


「魔力切れ……」


「え、えぇ?!? くそッ」


 俺はなけなしのポーションを少女に渡す。泣そうっ。


「ありが――」


「餌。餌ぁああ〜〜〜!!」


「なっ、しゃべった!?」


 ドス。無表情だった少女が、ゆらりと近づいてくる。無傷っ!? ではないけど、あんま効いてない!?

 俺は顔色の悪い少女を立たせ、ある決意をする。


「おい、走れるな?」


「はい……」


「おなかすいたぁ。お腹すいた。養分。お腹がペコペコぉ」


 植物の葉でできた服が際どくなっていた。羞恥心はないようだ。

 俺は乾燥しているように見えた魔物の肌をチラチラと見る。すると、地響きが起こった。


 ドゴッ!!

 ……………………ベチャ。


「な……」


 なにが、起こった。

 俺の目の前で上に伸びる木の根。頬についた暖かな液体は、赤の色をしていた。

 目を見開く俺は上を見上げる気にはならず、逃げれそうな道を探して視線を巡らせる。


 一歩一歩近づいてくる死の気配に、俺は心臓を掴まれるような感覚がした。そもそも、ここら一帯があの魔物のテリトリーなのだ。

 俺に取れる選択肢は……ない。


 苦し紛れに魔物と会話を試みる。そう、植物とは対話をしながら育てていくもの。毎日様子を見て丹精込めた子供のようなものだ。

 今日会った魔物しょくぶつだとしても、その本質は変わらないはず……。


 たぶん、友人に言ったら何言ってんだこいつ、という目で見られることは自覚している。


「なんで、人間を襲うんだ」


 植物少女は目を瞬かせると、小さな口を開く。


「……養分が必要だから。おなかがすくから。お腹ぺこぺこで〜、人間がきた!」


 ぱっちりと目を見開いた植物の少女は、俺のことを獲物としてしか見ていなかった。今会話しているのはただの戯れなのだろう。

 俺は元農民だ。元農民なりに植物に関する知識はちょっとだけある。


 そして、俺は挙手をした。



「俺、もっといい養分知ってます!!」



 視線が痛い。少女の姿をした植物系の魔物は、ジトーっと俺を見ては木の根を動かす。俺の体を這うように、ぽいっぽいっと金属やら、荷物やらを地面に放り投げ。

 挙げ句の果てには服まで破り始める。


「服は勘弁してー!」


 服を押さえて叫んだ俺を、ジト目をした少女が、俺の周りをくるくる。そして手を鋭く尖った刃物のような形にした。

 目の前でキラリと光ったそれに、血の気が引いていくのがわかる。


「養分、ない。どこ? どこに隠してる? 中? 人間の中にある?」


「待った。明日またここに来るから、ちょっと待ってくれ」


「……ふーん? そう言って戻ってきた人間、いない」


 冷や汗ダラダラ。

 これまでの人間覚えてろッ。かくいう俺も逃げるつもりでいた。すみません。


 しゅるしゅると木の根が腕に巻きついてくる。一見ただの飾りのように見えるそれは、シャキンと刃物をわざわざ見せて、俺にわからせてきた。


 こいつ、脅し慣れてやがるッ!



「明日来なかったらぁ、その子の養分ね〜」


 にこりと笑った少女は、少女に似合わぬ妖艶さで俺の顔をすりすりしてくる。


「美味しそう……」


 やばい。確実に養分認定されてる……。




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