番外編 アラサー店長と委員長ちゃん。
椎名が大学を卒業して無事に教師になって2年が経った。
姉ちゃんはリハビリを続けて少しは歩けるようにはなっていたが、それでもやはり長時間歩いたりはできない。
けどたまに散歩したりはするし、生活にそこまで支障をきたすほどではなくなっていた。
医者からもリハビリの成果を褒められて嬉しそうな姉ちゃんを見て俺も椎名も嬉しかった。
「委員長、生3つ下さい」
「は〜い」
「拓斗は未だに初芽ちゃんの事を委員長って言うよね」
「クセみたいものだ。もう直らん」
今日は俺と椎名と姉ちゃんの3人で居酒屋越前に来ていた。
今はもう俺も椎名もバイトは辞めているがたまに顔を出すことはしていた。
俺も姉ちゃんも腎臓が片方しかないのであまりお酒は飲まなくなった(俺はそもそもそんなに飲まない)が、飲む時は飲む。
医者からは飲み過ぎると腎機能が低下する可能性があるから飲み過ぎないようにと言われている為でもある。
「久々のお酒美味しい〜」
姉ちゃんは上唇にビールの泡を乗せて幸せそうに微笑んだ。
姉ちゃんも動画編集を学び始めて今では俺と同等くらいにはできるようになっていた。
なんならその辺のサラリーマンよりは稼いでいるだろう。
「椎名、お前は今日この1杯だけだからな?」
「なんれよ? まら飲めるわ」
「しぃちゃんがすでにやばいわね……」
店長もしっかり者だったはずの椎名を見て早くも困り始めていた。
……大人になってから判明したのだが、椎名は絶望的に酒に弱い。
生ビール1杯でべろんべろんである。
普段は世話好きというか姉ちゃんの世話を率先してやってくれる良い嫁なのだが、酒が入ると何を言ってるのかわからなくなるくらいに酔う。
「椎名ちゃん、ほら、お水飲もうね」
「桃姉、お水飲まへて」
そして酔うと姉ちゃんに甘える。
これでも一応、立派に教師やってるんです……ほんとなんです。
そんな椎名を見た委員長はにへにへし始めた。
委員長とも付き合いは長いわけだが、委員長はわりといい性格をしている。色んな意味で。
「長谷川くん、私とホテルに行こう」
「ぶふッ?!」
姉ちゃんは思わずビールを吹き出して
狙いと違うところに飛び火してしまったと焦ったのか委員長は慌てて姉ちゃんに新しいおしぼりを差し出した。
「初芽ちゃん、今なんれ言ったの?」
「なんでもないよ?!」
「あたひの旦那なんらけど?」
俺の左側では姉ちゃんが咳き込み、右側にいる椎名は委員長にガン飛ばしている。
し、椎名さん、こわいです……
「しぃちゃんごめんね! うちの妹がちょっかい掛けちゃって!!」
「だいらい、初芽ちゃんらって可愛いんらから他の男だっていいじゃん!! あたしの拓斗を取ららいでよ!!」
なんともいたたまれない椎名さんは俺の腕を自身の胸元に押し付けるようにして抱き着きながら委員長を睨み付けた。
椎名は酒を飲むと知能指数が2段階くらいは下がる。
子どもみたいだとたまに思う。
そして心配になる。
「椎名ちゃん、カプレーゼ来たよ」
「うん」
いじけつつも姉ちゃんの言うことは素直に聞く椎名。
子どもみたい、というよりは完全に子どもである。
そしてそれを俺を挟んでやっているので俺が飯を食えない。
「で、でもあれだよね!! 私もだけど、私も妹も結婚とかはやっぱ憧れるし、しぃちゃんが羨ましいなぁ」
店長が危うくなりなねない空気をどうにか払拭しようと会話の方向転換を試みた。
長年やってるだけあってお店の雰囲気の危機察知能力にはやはり長けている店長である。
「私もさぁ、もうアラサーだしさぁ……結婚したいなぁ」
方向転換かと思ったらアラサー女性の
やめてくれ……これ以上いたたまれなくしないでくれ。
店長も委員長も実質身内みたいな態度になってくのをやめてくれ……
いやわかるけどさ、そういうの。
「しぃちゃん、今度職場の教師の人私に紹介して」
「椎名さん、私も」
「店長は良いけど初芽ちゃんはらめ〜」
いい歳した成人女性とは思えない椎名さんは委員長に向かって舌を出した。
いやなんかほんと、うちの嫁がすいません……
「いいじゃん椎名さん、お願い!! 公務員最高」
「い〜や〜だぁ〜」
「椎名ちゃん面白い」
焦る店長、対抗心を燃やす委員長、酔っ払う椎名、笑う姉ちゃん。
……その日の飲み会はどこまでもカオスだった。
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