07 達成感のあとの燃え尽き状態

 結果、練習のかいもあって、今夜のテオバルトはどこからどうみても誇らしいほどの女たらしであった。


 ダンスの素晴らしいリードでラベンナ嬢とともに会場の人々の視線を掻っ攫ったかと思えば、しっかりと指の先まで意識を巡らせた手付きで腰を支え、テオバルトが顔を近づけてなにかを囁いたときにはあちこちから黄色い悲鳴が上がった。当のラベンナ嬢はうっとりと顔を蕩けさせている。


 ビュッフェ形式に食事が並ぶ場に移動した際は、カリオン侯爵家が用意した煌びやかなスイーツについて語るラベンナ嬢に相槌を打ち、会話に花を咲かせていた。

 そこでも耳元に口を寄せてなにかを囁き、ラベンナ嬢が頬を染める一幕があり、周囲からはまた黄色い悲鳴が上がる。


 完璧である。

 やはり本番に強い。

 おわわわの「お」の字もでない女たらしっぷりである。

 見事な仕上がりにアルビナも思わず得意気に鼻を鳴らしそうになるが、この場面で得意顔はおかしいので口を引き結んだ。


 おかげでラベンナ嬢は片時もテオバルトを離そうとせず、王太子とその婚約者は滞りなく挨拶回りを終えることができたらしい。

 アルビナとは会場の反対側にいる王太子からその旨を伝えるアイコンタクトを受け、頷き返した。


 壁の花になりながら、安堵の息を吐く。このままなら無事に夜会を乗り越えられそうだ。

 

 ひと息ついてふと周囲を見ると、今夜はなんだか普段より視線を感じる気がした。改めて自身の装いを確認してみても、特におかしなところはない。いつもと違うのはテオバルトが見立ててくれたドレスだ。


 良く似合っているとは言われたが、やはり華も可愛らしさもない自分がこのように落ち着いたドレスを着たら、余計地味に見えているのかもしれない。

 あの第二王子の婚約者がこれか。と呆れているのかもしれない。


 視線をテオバルトに戻すと、ラベンナ嬢と楽しげに談笑しているところだった。

 艶やかな美丈夫のテオバルトと、いるだけでその場が華やぐラベンナ嬢。並んでいる姿は圧巻である。迫力がある。嫌になるほど絵になっている。

 とりまく誰もが二人に見惚れているのがわかる。

 アルビナが並んだとて、こうも絵になるとは到底思えない。


 テオバルトは『今は』愛することはできない。と初対面で言った。


 しかし、王太子の婚姻が整い『今は』が無くなったとてアルビナを愛することができるとは思えない。

 いい関係を築けているとは思う。だがそれは「女たらしにならねばならない」というテオバルトの目標に向かうためのただの協力関係だ。


 笑顔を浮かべる二人を真っすぐと見据えながら、ふとそんなことを思った。


 なんだか居ても立っても居られない気持ちになり、手にしていた果実水を一気に飲み干すとグラスを給仕に渡して煌びやかな会場に背を向けた。

 そのままバルコニーに出たら、涼やかな夜風に頬を撫でられる。「ふぅ」と思わずため息がこぼれた。


 今までパーティーが終わるまで壁の花として立っているのが常だったし、テオバルトから視線を外すことはなかったのだが――どうしても今は、会場にいる気分ではなくなってしまった。


 日々真面目に「女たらしになる!」と練習に励んでいたテオバルトの今夜の出来は、完璧だった。

 きっともうアルビナとの練習も、助言も、必要ないだろう。

 あとは無事に王太子とその婚約者が結婚するのを待つだけだ。


「……やることがなくなってしまったわ」


 疎まれるだろうと覚悟して輿入れしてきたアルビナにとって、『女たらし計画』は案外悪くなかった。こう言ってはなんだが、むしろ楽しかったようにも思う。


 それが終わってしまうのはテオバルトとの関係性も終わってしまう気がして、どこか寂しささえ感じてしまう。……まあ、これからも婚約者ではあるのだが。


 とはいえ婚約者としての関係性はまったく育めていないし、育めるかも怪しいのだから仕方ないだろう。


 ふと、後ろに人の気配がした。


「こんなところにいらっしゃるとは、珍しいですね」


 突然の声に振り返れば、バルコニーに男性が一人立っている。

 夜会での挨拶回りなどで何度か見たことのある貴族で、それなりに見目のいい男であるが個人的に話したことはない。

 今夜も会場にいるのを見たし、なんならやたらと感じた視線の中の一人でもある。


「……少し夜風に当たりたくなったもので」

「普段は会場でテオバルト殿下を熱く見つめていらっしゃるというのに」

「あら、そうでしょうか?」


 微笑む男は確か有力な伯爵家の人間だったはずで、一体なんの用だと思いながらも無下にはできない。

 これまで貴族たちから遠巻きにされることはあっても、直接話しかけられることは無いに等しかったのだが……その戸惑いを笑みで隠した。


「……今夜のドレス、とても似合っていますね」

「それは……ありがとうございます」


 唐突に褒められて思わず目を見張る。

 このような夜会の場で、世辞でも綺麗だなどと言われたことはない。


「普段とあまりに印象が違うので、失礼ながらつい声をかけてしまいました」


 普段のアルビナは、流行りのふんわりとした可愛らしいドレスを身に着けていた。

 背丈があるから似合わないだろうと自分でも思っていたものの、ひとまずこの国の流行りを、と夜会などの際はテオバルトにお願いしていたのだ。なんだか不満そうな顔をしていた気もするが、郷に入れば郷に従えである。

 確かに今夜のマーメイドラインのドレスは、やけに着心地がしっくりくるが見た目もそれほど印象が違うのだろうか。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか男性に距離を詰められていた。咄嗟に下がろうとするが、すぐ背後は手すりで身動きがとれない。


「まさかこれほど美しい方でしたとは……」


 そう言ってねめるようにアルビナの胸元から足へと動いた男の目を見て、彼の目的を察した。


(兄と同じ目つきをしている)


 戸惑っていた心も一気に冷静さを取り戻した。なるほど、そういうことか、と逆に腑にも落ちる。

 この男は性根が腐ったタイプの真性女たらしだ。獲物を前にしたような下卑た眼差しは何度も目にして知っている。

 となれば、アルビナに声をかけてきたのも納得というものだ。


 敗戦国の王女で、第二王子から相手にもされていない形だけの婚約者など、どのように遊び捨てたところで構わない存在なのだから。

 大方、寂しい思いをしているだろうから、耳触りのいいことを言って連れ出そうという魂胆だろう。

 それを理解してしまえば簡単だ。

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