悪女復活

なんでみんな頑張るの?

プロローグ

0『公開処刑・後悔』

 今、お父様の首がバスケットにボトリと落ちた。

 次はお母様の番。


 両手首を処刑人たる大男二人に拘束され、屈辱的にもドレスではなく庶民服を着せられた、貴人のお母様が壇上に姿を現したとき、民衆の歓声と罵声は最高の密度に達した。まだ、ギロチンによる無様な絶命という最高のメインディッシュが残っているというのに。


 無理はない。


 晩春。フラン・ガロ王国、首都シテ、その北部中央にあるシテの大広場に詰めかける人々は、皆、“大陸への魔族侵攻”に応じた重税と逼迫した生活を苦しみぬいた人達なわけで。

 国民と生活の苦を共有したいと慎ましく切磋琢磨する“レクトル家当主、国王コンサヴァ”とは違い、散財と男漁りにばかり執心して、庶民の不甲斐なさを嘲け笑った“フラン家当主、女皇ファンド”は、民衆の目の敵なわけで。


 …処刑台へ続く階段を上りたくないと、しゃがみ込んだお母様が、大男の一人に上から無理やり引っ張られ、もう一人に下から無理やり押され、まるで引っ越し時の大型家具みたいに運ばれていく。

 そんな、大の大人の姿としてみっともないことこの上ない姿を晒していながら、お母様はそれでも「死ぬのは嫌だ」と駄々をこねる。


 往生際が悪い。


 女皇は、国王に続くこの国の頂点だったんだ。殆どの罪をもみ消せる立場だったんだ。それなのに、調子に乗って第一王子の婚約者を暗殺し、自分の可愛い長女に挿げ替えて、レクトル家…、もとい、王家を乗っ取り、果ては国家を掌握しようだなんて、大それたことを企てたのは貴女だ。


 …いや、その罪ももみ消そうと思えばもみ消せたんだっけか?裁判に挙げられたのは反逆罪じゃなくて、計画段階の、未遂の罪だから…。


 ?というか?反逆未遂の罪すら?そもそも貴女には“存在しない”んだっけ?貴女は単に「私の可愛い長女ちゃんが真にこの世界の頂点じゃないのが納得できない!」って、自分の夫に愚痴っていただけなんだっけ?どうだっけ?忘れちゃった。


 でも、お母様いつも言ってたもんね。私のこと、「長女ちゃんとは“出来が違う”。能無し。脳無し。間抜けな娘」って。だから、記憶違いをしても仕方ないよね。


 まぁ、貴女が真実に基づいて無実を訴えても、無罪を主張しても、どうしようとも死罪になるよう工作したのは、紛れもない私なんだけど。貴女を喜んで死へと導いた張本人が、娘の私だってことだけは、ちゃんと覚えてるよ。私の誇りで、“生まれて初めて手に入れた幸せ”だからね。


 「ふふっ…」

 「…?」


 …あ。

 お母様、私を見つけたみたい。処刑の様子が正面からよく見える、広場前のホテル屋上に設置された特等席で、“第一王子の隣に立つ”私を見つけたみたい。


 …何か言ってる。


 目を剥いて、はしたなく口を大開きにして、汚い唾をまき散らして、必死に、醜く。


 多分、私への罵倒を言ってる。


 いつものように…。


 「…ッ!」

 悪寒。反射的に蘇る、辛い日々の痛み。

 「…?レジティ皇女?…失礼しました。レジティ“女皇”、いかがなされましたか?」

 従者。

 「いえ…、何でもありません」

 私。


 数度、静かに深呼吸をする。落ち着く。

 今は…、私の方が立場が上なのに…。

 …やっぱり、まだトラウマが身体に残っている。お母様という毒。いや、トラウマどころの話ではない。

 右目元から頬、首、そして右肩まで指でなぞると、やっぱりザラザラしている。

 …まだ残っている。火傷痕。『生意気に、整った顔立ちがイライラする』と、アルコールを混ぜて煮立てたコップ一杯の熱湯をかけられて出来た、私に対する、お母様という呪縛の痕。


 この傷は一生消えない。けど、私を囚う束縛は、次の瞬間、消えてなくなる。

 だって、今ちょうど、お母様の首がスッポリと処刑台の中に収まったから。


 お母様、いつの間にか恐怖に歪んだ顔に変わってる。まぁ、そうだろうね。だって、眼前に置かれたバスケットの中に、もぎたての大粒のリンゴみたいに自分の夫の首が転がってるんだから。


 …あぁ、やっぱり、目隠しをあえて外させたのは正解だったな。


 頬が緩む。口角が上がる。微量ながら涎が垂れる。私ったらはしたない。でもまぁ、いいだろう。家族の旅立ちなんだ。


 最後は“笑顔”で見送ってあげよう。


 (肉と骨が立ち切れた音、それに続く、表現しようのない程に湧き上がる人々の歓声)


 これで、お母様から全てを奪ってやった。

 …最後に、お姉様。

 これで、王国内の害虫駆除は終わる。これからは、私の思い通りの世界だけが始まる。


 私の幸せだけが始まる。

 

 …ってか、あれ?あんまり盛り上がってないな。みんな、お母様の死が嬉し過ぎて、今から死ぬお姉様に目なんかくれちゃいない。

 民衆の一人が壇上に上がり、バスケットの中からお母様の生首を、まるでニンジンを葉を掴んで持ち上げるみたいに持ち上げて、皆に見せて回っている。

 お母様の生首めがけて、靴や帽子が飛ぶ。その光景の背後で、お姉様がトボトボと死へ進んでいる。

 

 順番間違えたな、コレ。

 私としては、お母様の腰巾着で、同じくらい私を無下にしてくれたお姉様の処刑は、お母様の後に続く形が良いと思ったんだけどな。

 でもまぁ、そうか。劣化版お母様みたいな存在のお姉様が、お母様以上の醜態を晒して、嗤い物にされて、民衆を盛り上げるなんて無理か。私ったら家族の死に舞い上がっちゃって、正確な判断が出来ずにいたのかな。反省。永遠に活かし得ないであろう反省。だってお母様の命も、お姉様の命も、一度しか奪えないもんね。


 …。


 ちょっと待って。


 …死へ“進んでいる”?


 やけに静かだと思ったら、お姉様、処刑人に引っ張られることも、背を押されることもなく、“自発的に”足を進めている。

 自ら、進んで処刑台に向かっている?

 喜んで死に前進している?

 何で?

 何で?

 何で?


 「なん…」

 「あ…」


 ずっと、お姉様の顔色を窺って生きてきたツケが、ここに来て回った。

 気づいた時には、もう遅かった。

 私は、お姉様を理解してしまった。


 それと同時に、私の胸が苦しく締め付けられた。目が見開いて、乾き出す。息が苦しい。お姉様の行動と、その意図を理解するほどに、私から笑みが消えていく。


 いや…。

 いや、何で…、何でよ…、何でだよ…!ちょっとは“悪女らしく”抵抗しろよ…!

 「死にたくない」とか、私への恨み言とか、“そこ”で喋れる話題はいっぱいあるでしょ…?

 お姉様。なんか言えよ…。言ってよ…!

 …待ってよ。何でそんなに従順なのよ…!断罪に、死に、私に、どうして抗おうとしないのよ…!

 貴女なんて、お母様と同じで、私を傷つけることしか出来ない、私に愛のない人のはずでしょ…?

 それなのに、なんでそんな、しょぼくれた顔をして処刑台に頭を突っ込んでるのよ…!?

 

 違う。

 違う。

 お姉様に限って、そんなわけはない。

 思い込みたい。

 思い込みたい。


 そうだ…。

 そうだよ…。傷はまだ残ってるんだ…。


 私と友達になった相手が何されるか分からないからって、本当は仲良くなりたかった人と友達になれなかったのも…。


 自分の本を持っていたら、「つけあがるな」って、全部取り上げられるか、破り捨てられるから、本当は欲しかった小説の一冊すら、碌に買うことが出来なかったのも…。


 私の髪。本当は可愛く伸ばしたい、けど肩ほどの長さしかない、この髪だって、目立たないように、女性らしくならないように、お姉様の癪に障らないように、皇女なのに、侍女のように振る舞うことが、今でも私のトラウマとして心と体に染みついているからで…!


 私が“私らしい幸せ”の全てを失い続けてきたのは、お母様と、お姉様のせいで…。

 お姉様は、私の不幸を心の底から嗤った“お母様と同じ人間”で…、だから…。


 違う。

 違う?

 本当のお姉様はそんな人じゃなかった?

 思い込み?

 全部、私の思い込み?


 そういや私は、私を初めていじめた時にお姉様がどんな顔をしていたか、覚えていない。


 「あ…」


 「おねえさ…」


 つい、手を伸ばした。処刑台の方へ、お姉様の方へ。何を望んだ手なのかは分からないけど、伸ばしたくて、伸ばした。


 …それでも、私のことなんて全く待たずに、お姉様を地獄へと誘う刃が重力に引きずり込まれようとしたとき。

 お姉様は一言、ただ一言。自分への悲哀でも、私への恨み言でも、なんでもなく。

 

 「ごめんなさい」と、焦燥した私の目を見つめて呟いた。






──────────────────────────

【人物紹介】


『レジティ・ソロリス・セヴァディオス・フラン』


17歳。身長160cm。体重34kg。

肩より少し下程の長さしかない短髪の銀髪、一本一本が細く、引っ張ると簡単に抜けてしまう。排水が流入した川のように濁った碧の目、猛禽類のように鋭い。

嫌な言葉が聞こえないように折り畳まれた耳。自己主張を閉ざすことに慣れ過ぎた口。長年の家庭内暴力とストレス性の拒食により極度のやせ型。凹凸が少なく、シルエットだけでは男か女か分からない。

少し黄みがかった白肌には決して消えない大きな火傷痕と、いくつもの打撲痕が刻まれている。

ですます口調。焦ると酷く崩れる。

猫が嫌い。犬も子犬は嫌い。何か知らんけどチューリップを見ると無性に腹立つ。くすぐったいのに弱い。

第一王子の“ペニー”と、その婚約者の“ナパレ”は、お母様とお姉様の魔の手を退けられた、生涯唯一の友人。信心深く、勉強熱心。

理想主義者。

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