第8話
「いやーあぶなかった」
まさかこんなに広い王都でもステラ姉さんがあんなにも近い距離にいたとは思いもよらず、あのままだったらばったり出くわすところだった。
「見つかったら姉さんは確実に怒るだろうな」
ここに来るまでに何度か家族からお誘いがあった。主にステラ姉さん。
だけど、彼女の労いのため、留守の形で家族との誘いを断らせてもらった。
家族と行かない理由を素直に話すわけにはいかないからだ。
まさか「盗賊狩りをしてたら拾った子と花火大会行くんで」とは言えず、さりとて「友達と行くから」なんて嘘も言えない。そもそも友達いないし。
「気を取り直して食事を買いに行かないと」
ついでに場所も確認しておこうかな。
「…おりなくてもいいか」
姉さんと鉢合せないよう屋根伝いに移動した。
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「おいまじか」
姉さんが周囲にいないことを確認した後、観覧席であるコロッセオ入口まで来ていた。
吸い込まれるように入口に向かう人々はどれも身なりがよく、この観覧席が大衆ではなく貴族向けであることが見て取れる。
コロッセオという建物の都合上、半円部分だけを使うため人入りを確認するために来たところまではよかった。
でも入口周辺には詰所が立てられ警備員と思われる騎士のほか、検問所のような簡易的なゲートが作られていて、彼らはあるものをチェックしてから人を通していた。
そして不測の事態が発生したのを確信した。
なぜならゲートに書かれた垂れ幕には──
《ここから先は入場券が必要です》
と書かれていたから。
僕は服の上から感触を確認する。
「うん」
それから上着のポケットも確認する。
「ない」
ズボンのポケットを確認する。
「あるわけない」
知らなかった。チケットが必要だなんて。でも少し考えればわかることじゃないか。
こんなにも人があふれるのが予想されるんだから、観覧席には入場制限が設けられるのは当然だ。
「どうすればいいか」
考えよう。周りを見て情報を集めればいい。
ゲートと詰所には騎士、さりげなく入るのは無理、空から会場に入るのは人目が多すぎるから容易ではないし騒ぎを起こせば逃げられるだろうけどそれじゃあ彼女に花火を見せられない。
なにより彼女は花火を見たことないと言っていた。彼女だけでもどうにかしてみせてあげたい。
そう、今回の最優先事項は──
「彼女に花火を見せること。これだけでいい」
そのために必要なのは面倒を起こさず、観覧できる場所の確保。できれば高いところが望ましい。
その時、考えていた僕に耳にある女性たちの会話が入ってきた。
「それにしてもこのコロッセオ、半分だけ使うなんてもったいないわね」
「あれは招待された貴族様だけだから…それにもっと位の高い人は王城に招待されてるらしいわ」
「王城?まぁ確かに公爵くらいにもなればそれぐらい当然かしらねぇ」
「それでも私たちみたいな庶民にも公園とは言え別の会場が用意されてるからまだマシな方よ」
なるほどね。
「行ってみるか」
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「ダメだった」
そんな都合よくいくわけもなく、観覧席以上の人が詰めかけ、見渡す限り人といったところだった。
あんな状態では眺めるなんて状況ではないだろうに。
陽も沈んで、空も暗くなってきた。屋台でもいいけど、お店で食事にしてあげたかったけど…
「満席だろうなあ」
ふぅ、と息を吐き落ち着かせる。
「やっぱり思い付きで行動するもんじゃないな」
自分のためならいくらでもリカバリーできるけど、人のためとなるとてんでダメみたいだ。
とりあえず、合流しよう。
それから考えて、最低限の高い建物を探してみよう。
最悪の場合もうこうなったら抱いたまま僕が飛んでみる…か?
でも普通じゃないのは明らかだし、それはなんか違うよな…
「さてどうしたもんか」
「どうしたんですか?」
「え?」
突如声を掛けられ驚き、振り返る。
そこにいたのは深くフードを被った子どもで、年齢はおそらく僕と変わらないだろう。
声音からして少女なのだろうが髪はフードの中で束ねているせいで髪型はおろか髪の長さ色すらもわからないうえ、コートのような外套で体格が見極められない。
加えて魔力の気配が感じられず、さきの驚いた理由はその希薄さだ。
待っているだろう彼女が枯れた川のように自然な欠乏状態のような薄さなら、この少女は人為的のダムのよう、それでいてもっと薄い。
「なにか、さがしものですか?」
「あ、ああそうなんだ…実は見晴らしのいいところをさがしていてね、君がここに住んでるならいいところないかな?」
「花火、見たいんですか?」
「うん、ちょっとした不手際…あー、まちがえちゃってね、見る場所をさがしてるんだ」
この少女は確かに不気味だ。でも魔力が薄い実例は身近にもいる。少なからずいることが分かっていれば、必要以上の疑惑を向けることもない。
…正直に言おう。最優先事項のためにも猫の手を借りたいところなのだ。
「うーん、そうですねぇ…」
少女は右手人差し指をあごにあて考える仕草を見せるが、口元しか顔を伺えない。
あれ、これ傍から見たら僕だけ独り言言ってるホラーパターンじゃないよね…そうだよね?
「…花火は中央広場から打ちあがります」
「うん」
「遮蔽物のない建物で大人数入るのがコロッセオ、ネロです。しかし入場できるのは限られた招待者だけ、王城も同様です」
「うん?」
「見上げる形にはなりますが児童公園もあります。しかし制限がないため、落ち着いて見ることは困難だと思います。ですから──」
「お、おう」
なぜだか滔々としゃべりだす少女に僕は戸惑いながら相槌を打つ。
知ってるぞ、これは好きな分野になるとしゃべりだす「オタク」という奴だ。
何のオタクかわからないけど、花火に関わるものかそれともイベント関連の行政に関わるものか。
いずれにしてもこの年齢でこじらせているとは…人生とは過酷なものよな。
「あのー、きいてます?」
「あーうん、聞いてるよオタク少女ちゃん」
「オタクじゃないです」
「ご、ごめん」
予想以上に怒らせてしまった。素直に謝る。
「とにかく、ここから少し離れますが王城側へと向かってください。その途中に大きな黒いオブジェがありますから、そこなら人目も少なく静かに見れると思いますから。では」
少女は言い切ると振り返り、歩いていこうとする。
「ちょっと待って」
「…なんですか」
こちらに振り返らず首だけ軽くよこし、投げやりな口調で返答してくる。
僕が教えてもらう立場であったのにオタク呼びし、礼を欠いていた。失礼な態度であったのは間違いないだろう。
「さっきは失礼だったね。でもせっかくだから、一緒に花火見ない?」
「…いいです」
「そっか、じゃあ僕の…友達?も一緒に行くと思うからちょっと待って──」
「ちがいます。さっきのは結構ですって意味です」
「あー、そうなんだ。もしかして家族とかと一緒に見るのかな」
「…花火は、見ません。」
「じゃあなにかの出会ったのも縁だし花火が終わったあとご飯でも──」
「謝罪もお礼もだいじょうぶです。もうわかったので」
少女は顔をこちらに向けるが、すぐに戻す。その際少ししか見えなかったが、赤い眼が印象的だった。
「そっか。ごめんね。今度会ったらその時はまた誘うから」
「そうですか…もういいですか?私はかえります」
そう言うと少女はこらえるような咳ばらいをして歩いて行く。
僕はそれに対して軽く手を振り、彼女の裏路地に向けて歩こうとする。
「あ、名前聞いても──やっぱりいないか」
振り返っても少女の姿はなく、人ごみだけがそこにあった。
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