第3話

「ではメビウス!行くぞッ!」


 鼓舞するように宣言するアントレ。対して依然剣を持たないメビウスとの戦いが始まった。


「ッッ!」


 アントレは右側に剣を引きづるような構え方で、重心を落とし、前傾姿勢から超高速で繰り出す一撃。


 そうして近距離まで接近し、切り上げる。それは音速を超えた斬撃。


「っと」


 しかし、メビウスに難なく躱される。


「がぁぁあ!」


 すかさず追撃するアントレ。それを躱すメビウス。


 剣は唸り、風が裂かれ、斬撃はメビウスの後ろにある家屋まで届き、廃屋はもはや廃材と化していた。


 廃村からは限界を超えたアントレの雄たけびと、家屋が崩れる音がこだましていた。


 それを何度も繰り返す両者の戦いは、防戦一方なメビウスという一見アントレに有利な状況を作り出していた。


 当然だ。メビウスは剣を持っていない。攻撃を受け止める手段も、そこから反撃する手段もない。回避に専念するのは必至。


「ぐがぁぁぁ!!!」


「……」


 クソクソクソ……っ!!こんなことが、こんなものが存在していいのかッ!?


 アーティファクトを使っていないのなら勝機はあると思った。


 不意打ちや暗殺は技量の高い相手であろうと、覆せる戦術。


 だから、強襲でしか優位性を発揮できないのなら、こちらの方が上手。


 だが、対峙してわかる。


 この圧倒的な実力の差。


 剣を振るうたび、メビウスは俺の剣筋を読み、次の出す手、身体の流し方、筋肉の収縮、あらゆる情報を蓄積している。


 手詰まりになるのはこちらだ。


 戦況を打破しようとアントレが考えている中、不意にメビウスが距離を取った。


「なるほど。今回は『当たり』だったようだ」


「……お前、何を言って──」


 ──『当たり』?当たりとはどういうことだ?考えられるのは符丁や暗号の類。つまり何かを探しているということか?……俺が『当たり』だと言った。だとしたら、今までの俺を攻撃しなかったすべての行動は、奴の疑念を確信に変えるためだったのか?つまり、奴は俺を〈クロージャー〉の一員だとは確信していなかった、リーダーである俺をあぶりだすためあいつらは───


「───お前、さては『アドミニストレーター』か?」


 メビウスは警戒したのか、アントレを視界の中心に収めたような気がした。


「……?」


 ただこちらを見つめるメビウスにアントレは不安が募る。


 何も反応を示すこともなくただ睨むようにこちらを見るメビウスに、ますます拠り所のない不安を募らせる。


「では、『アストラル』か?俺たち〈クロージャー〉を始末しに来たんだろう!?」


「?????」


 メビウスはふと、視線を横にずらし、すぐに戻す。


 なぜ何も言わない?これほどの力を持ちながら情報が与えられていないなどあり得るのか?いや、真核にいるものだからこそ情報を安易に与えないのか?徹底的な情報統制が敷かれた組織の情報は、それだけで重要だ。なら少しでも引き出して、逃げる……帰還すべき───


「───なにをしている……?」


 アントレは思考を巡らせている中、メビウスが空中に浮遊し、右手を空に掲げているのを見た。


「…………」


 そういうメビウスの手にはどこからか飛来したかもわからない剣が、ピタリとその手に剣の柄が収まる。


 それだけでもアントレには信じがたい光景であった。通常魔力は自身の身体から離れると散逸する。故に周囲には使用者以外にも視認できる魔力痕として使用した痕跡が残る。それを物に付与するなど常人には不可能。そんなことを可能にするなど〈ソルジャー〉ですら聞いたことない。いや、できないだろう。


「はっ、はははっっ……ハハハハハ!!!」


 だがそれ以上の非常識が、アントレを襲った。


「…………ありえないだろ、こんな…………」


 それはただの剣ではない。


 この世のものとは思えない光、輝く剣。


 それは世界を照らし、蒼穹と深淵に縁取られていた。


 立ちはだかる壁、超えられない領域を目にした絶望。


 人は、何を思うか。



 ───ただ恐ろしい



 人間としてのそれではなく、生物として恐怖。


 叫ぶのは、許容量を超えた魔力による痛みを誤魔化すためではない。


 笑うのは、気が狂ったからではない。


 不可避とわかっている意識を否定する、恐怖から逃避する無意識でしかない。


 この恐怖を誤魔化すために叫んでいる。痛みすらも今は心地良い。


 底の見えない技量?圧倒的な実力?


 そんなものはない。


 あるのは───


「──────…………」


 メビウスが剣をゆっくりと下ろし、宣言した時、俺の世界が終わる。


 霧散していく意識の中で、彼のものが、ただ一言。


「技の名前、決めとけばよかったかもな」


 1人の男が、その人生に終幕を下したのだった。



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