第2話
アントレとキールが、外のどんちゃん騒ぎをしていた仲間たちの静けさに気づいたのはアントレが先であった。
「おい。あいつら、少し静かすぎないか?」
「ん?……そう言われれば」
キールに問いかけている間にもアントレは傍にあった剣を携え、家屋の外に意識を向けながら扉を開けていく。
「お、おい。なんだよ……」
「……」
ただならぬ雰囲気の中、無言で外に出ていくアントレに、それに何事かと慌てながらもついていくキール。
両者の大きな違い。それは何者かという警戒と、何事かという焦燥。
そうしてアントレの向かう先にあったのは、2人の疑問を氷解する事実だった。
「な、なんだよこれ……うっぅううぅっ……」
「……これが俺らと同じ魔剣士なら……」
あまりにも無残な光景に、死体には見慣れていたキールすらもえづいてしまう。
アントレは体と首の両方の綺麗な断面を一瞥しながら、相手が相当な手練れだということを確信する。
「あれ、もう来てたんだ。意外と早いね」
突如、廃村というこの場所に自分たち以外の、それも少年の声が耳朶に響くことの違和感に2人は気づくことができなかった。
「っ!」
アントレは僅かに遅れながらも、一瞬で少年から距離を取る。その後、ヒュッ、という風切り音が聞こえた。
気づけなかった……まさか、この俺が?魔力の気配を少しも感じなかった。それでも、こいつが仲間をやったのには違いない。いや、こいつは剣を持っていない……?
アントレは対峙する少年の不可思議な装備を見ながらも隙を伺い、横にいるキールに意思疎通を図るために、視線をチラリと見やる。
「──……は?」
一度で視線を交わせば十分のはずだった。しかし、アントレはキールを、思わず二度見してしまった。
キールとは〈クロージャー〉に拾われる以前からの長い付き合いだ。俺が帝国剣術指南役という地位をはく奪され、盗賊という身にやつす前から、俺とキールは相棒だったと言ってもいい。だから、いくつもの視線を潜り抜けてきた俺達には、言葉を交わさなくとも視線だけでも相手の言いたいことが分かる。
例えどんな状況であろうと──
──そこに意識があれば。
「は?……いや……あ?」
結論から言えば、キールはそこにはいなかった。
存在したのは首と身体が分離した、キールだったもの。それだけが、そこにはあった。
アントレは信じがたい光景に、隣の状況を注視していた。その際、どれだけの隙と、呆けた顔をさらしているのかを自覚することはない。
「ふむ、なるほど。貴様──いや、汝だけが資格を手にしたわけ、か」
「なに、なにをした……?どうやってキールを……」
疑問に対する答えは少年の鼻で笑う嘲笑。
いくら手練れであろうと、現に剣を持っていない状況で相手を切ることなど不可能だ。
「お、お前は!剣など持っていなかっただろう!?一体どうやって──」
しかしアントレには一つの可能性が浮かび上がる。
仮にそうだとしたら、この少年が所属するのは我々とは違う《組織》ということになる。
問うても答える保証はない、だがアントレは問わずにはいられなかった。
「──まさか、アーティファクトか?」
「アーティファクト?……」
少年は手を組み指で顎をさする、ずいぶんと年には不相応な仕草で、考えるそぶりを見せる。だが、それすらも隙を見せることはないと感じ、アントレは頬にいやな汗が伝うのを感じる。
少年が答えるまで、まるで無限に間延びしたような長い時間に囚われていたと錯覚するほど、アントレは緊張していた。
思わず、生唾を呑んだのは渇きを感じるほどに時間が経っていたからなのか。
そして、少年が手を解き、その時が来るのを察する。
「……ふっ」
先ほどと同じような嘲笑、しかし前と比べればいくらか軽いような気がした。
「……違うんだな?」
「……さてね」
アントレは確信する。
これは否定だ。
それならいくらでもやりようはある。相手の手札が分からない以上、無闇に攻めるのは愚策。だが先ほどの攻撃、そう易々とは使えないはずだ。攻撃には魔力を使っているのは、周囲に漂う魔力からわかっている。そして不自然なほどに魔力を少年の身体から感じないところから見るに、一種の欠乏状態なのだろう。それに剣を持っていない今なら───
───この戦い、人生のすべてを掛けるべきだ。
自然と剣を握る手に力がこもる。腰を低く落とし、魔力を練り上げる。これまでの生きてきた間では考えられないほどに、濃密に、大量にの魔力。器以上のそれに、身体の軋みを上げようと構わない。全身が痛みに悲鳴を上げる中、アントレは考えていた。
「名を聞こう。多少の礼儀は必要、だろう。俺は、アントレだ……ッ!」
礼儀などこいつは持ち合わせていないだろう、キールをいつの間にか殺していた相手だ。これも悪あがきでしかないな、そうアントレは考えていた。
「名前……そうか、名前か」
だが存外、それに時間をかけていたのは、少年の方であった。
少年は考えを巡らせるように、左右を見て、下を見て、最後に空を見た。
アントレはつられて、空を見る。
なんて馬鹿な事を、これじゃ意味がないじゃないか。だがこの空は──
「──うつくしい……」
アントレは自分の行動に気づいて笑ったが、目に映る空は月のいない、星々の煌めきだけの世界だった。
「……ぼく、じゃなくて」
少年が言葉を発した。それだけで急速に意識が引き戻される。
今度こそは目を外すことなく、注視する。
「名前は──」
「──メビウス」
新月の空の下、少年の声だけがそこにあった。
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