放送室でバカ話で盛り上がってたらマイクがオンだった。


 結論から述べると──俺の作戦は失敗した。


 それまでの炎上が嘘のように、ラジオ一つで世間の風向きが急激に変わってしまった。

 別にそれ自体は歓迎されるべきことではあるが……こんなタイミングで引退宣言なんてしても、もうネタとしか思われないはずだ。


 これはつまり──退路が完全に閉ざされたということを意味する。


 ちなみに、放送後には来崎さんと凛は放送のノリで煽っただけで、あくまでそういったプロレスの一環であるという趣旨の説明を、示し合わせたかのようにそれぞれのSNSに投稿していた。


 たしかに来崎さんもやけにいいタイミングで出てきてたし……。

 なんだよ、それならもっとわかりやすくやってくれよな!

 全く困ったもんだぜ……!




 ……本当にそうなんだよね?


 何の遺恨も残ってないんだよね?


 ガチトーンに聞こえましたけど……きっと大丈夫なんだよね!

 きっとそうだ、そうに違いない、うん絶対そうだよね!


 なにはともあれ、俺の中身のない炎上なんてものは、人気者二人の息の詰まる攻防ですぐにかき消された。

 さらに釈明投稿によって、後に響きそうな女同士の不穏な空気は綺麗さっぱり一掃。


 残ったものといえば……今をときめく人気女性声優がソラってやつと人前で手を繋いだことぐらいだろう。最悪じゃねーか。



 ──でもそんなことは……これから待ち受ける試練と比べれば些細なこと。



 もうこうなったら仕方ないよな……退路が閉ざされた俺に残された手はこれしか──



 ──すまん友よ……逝くときは一緒だよ☆




 ◇




『さあ……観念しな』

『やけに素直にここまで来たじゃねえか』

『祝福の時間だあ!』


 早朝の教室のド真ん中で、パーティー帽子を被って俺を取り囲むクラスメイト。


「……」


 ──囲むクラスメイトの背後の窓から見える、青々とした景色に視線を移す。


 穏やかな風がカーテンを優しげに揺らす。


 太陽の熱さを恨めしく思うような日々も終わり、セミの鳴き声もいつの間にか聞こえなくなった。

 長いようで短く、短いようで長かったあの夏が終わりを告げている。


「一応聞いておくが……俺は何の罪で祝福を受けるんだ?」


『貴様……なんて白々しい!』

『そこまで愚かだったとは』

『いいか? 世間は迷える女の子を救った男として手のひら返しでお前の行動を褒め称え、好感度が反動で急上昇。お前のファンを名乗る女性ファンが増えてるらしいが……そんなことよりも!!』


 ──今まで黙っていた二宮が一歩前に出る。


「白崎……貴様は凛たんの手に触れるという大罪を犯した──俺が貴様を処刑する!!」


『『『うおおおおおおおおおお!!!!』』』


 男たちの怒号が旧校舎中に響く。


『よくぞ言った!』

『お前は名誉祝福会員だ!』


「貴様のせいでせっかく生の凛たんと会える機会が、突如更級に奪われたんたぞ!」


 ……それほんとに俺のせいか?


「本当はコンテスト特典でオレの出番だったのに…………今度こそ凛たんとおしゃべりできると思ったのに!!!」


 二宮は涙ながらに語る。


「……ちなみにお前ら、こいつも未だにSNS上でチヤホヤされてんのは良いのかよ?」

「なっ!? それは──」


 二宮が目を見開く。しかし──


『こいつは2次元に生きる漢の中の漢だから見逃してやることに決めたんだよ』

『それよりも巨悪が出現したからな』

『感謝してほしいところだぜ?』


 ほっと胸をなでおろした様子の二宮。


『さて……そろそろ祝福を執行するとしようぜ』

『今まで楽しかったよ』

『骨は拾ってやる』


 彼らが握りしめた凶器が光る。


「……最後にひとついいか?」

「……まあいい。最後に貴様の無駄な抵抗を相棒のオレが聞き届けてやろう」

「……恩に着るぜ」


 二宮は周囲を取り囲むクラスメイトたちに目配せすると、彼らは構えている武器を一度下ろした。


「さて……それでは遺言を遺すがいい……!」

「遺言っつーか……せっかくだしクラスのRINEグループに最後の挨拶を遺させてくれ」

「……まあいいだろう」

「今送ったわ……あ、手が滑って写真を投稿しちまったわ」

「フッ、最期まで間抜けなヤツだ」


 残念そうに笑う二宮。


「すまんすまん……間違えて──お前が部室で兄妹で仲を深める、を投稿しちまったわ」


『兄妹……?』

『二宮に妹がいたのか?』

『どうせ2次元嫁とかじゃないか』


「二宮……ちょっと写真を確認してくれないか?」


 ……。


「……それはなぜだ?」

「見ればわかる」


 ……。


 …………。


「……理由を聞かせてくれ」

「見ればわかる」


 ……。


 …………。


 ………………。


「…………それは本当に必要か?」

「無駄な抵抗はよせ」


「お前ら! 早くこの裏切り者を祝福してやるがいい!! 早くっ!!」


『二宮、何をうろたえている?』

『様子がおかしいぞ?』


『おいお前ら、これを見ろ!!』


 クラスメイトの一人がスマホを掲げる。


 そこに映っているのは──いつぞやの更級と二宮が部室で仲睦まじく抱き合う写真だった。


 ……実際のところは俺が更級のハグを拒否したらガン泣きして、二宮があやしているのだが、この際それは些末なことだろう。




 ──訪れる静寂。




「二宮──ここはお前に任せて先に行くぜ!」

「なっ、おい待て──ってそっちは」


 俺は快晴の青空めがけ──窓から颯爽と飛び出す。


「この程度の高さ、受け身で衝撃緩和すれば余裕なんだよなあああ!!!」


 直後──心地よい浮遊感。


 眼前に広がるのは雲一つない快晴の青空。

 最高の気分だ。


『あいつ正気か!?』

『まじで行ったぞ!?』


 悪友の尊い犠牲に差し出すことで、なんとか命をつなぐことができそうだ。

 ふう……今回もギリギリだったぜ……!!


 ──きっとこれからも騒がしいバカ騒ぎの日々を過ごしていくことだろう。


 現実はいつだってマルチタスク。

 一難去る前にまた三難くらい平気で来るし、不幸中の不幸だし、嵐の前は静かどころか普通に台風。

 まさに踏んだり蹴ったりで、弱り目に祟り目。

 前門のロリコン、後門のバカ……はあ、一体いつになったら落ち着くことができるのだろうか。


「──よっと」


 グラウンドに完璧な受け身を決めて着地。

 自分でも驚くくらい、イメージ通りに完璧に衝撃を緩和できた。


 ……本当に俺の逃走スキルがとどまるところを知らない件について。

 自分の才能が恐ろしい。


 服についた土を払いながら教室の方を振り返ると、流石に飛び降りて俺を追ってくる祝福者の姿は見えない。

 そのかわり、うっすら二宮の悲痛な悲鳴が聞こえてくるような気がするけど……まあ多分気のせいだろ。


 さて……これからどうすっかなあ……。


 来崎さんはしれっと俺のラジオ出演を確定事項のように告知してるし、神崎は新しいラジオの仕事が決まったからよろしくと言ってくるし、学園長に限っては今度の文化祭で孫娘が喋る姿を見たいから是非公開放送を頼むとか言ってくるし、あーそういえば、凛が大切な話があるから今日は家に帰ってこいって……もう考えたくねえよぉおおお……。


「はあ……まあなんとかなんだろ……多分」


 澄み渡る大空を見上げ、俺は思考を放り投げた。




 ◇




 ──この物語は、どこにでもいる普通の高校生である俺──白崎凛空と、頭のネジがぶっ飛んだバカな奴らのバカ話だ。


 とりあえず暇を潰したい人や、何かにひどく疲れてしまった人が、これを読んで少しでも退屈しのぎになってくれたら幸いだ。


 これは世界を救う大冒険のような、ハラハラドキドキ心踊る物語とは程遠い。


 だけど、難しいことは何も考えず、つい呆れて笑っちゃうような──そんなバカ話がこの先もずっと紡がれていくことだけは約束しよう。



 つつがない日々が続かない──そんないそがしくてせわしない日常でいいのなら。





─────あとがきのこーなー!─────


「久々の後書きだぜ!」


『うむ!』


〈そうだね!〉


「まず始めに、cubistのおかげで、長い時を経て再びジャンル別日間・週間1位に時間を返り咲くという快挙!」


『応援誠に感謝だ!』


〈ありがとね!〉


「今回の放送回はゲスト投票だったんだが、なかなかチャレンジングな試みだったよな」


『オチを妹に託すのは悪くはないぞ』


〈みんな投票ありがとね!〉


「まあ……実質的な人気投票だったんじゃないか疑惑があるんだけど」


『オレが紅葉ちゃんに負けているのは解せんぞ……!』


〈いぇーい! 二宮くんに勝った!〉


「……俺エントリーされてなくてよかったわ。やったら主人公なのに悲しいくらいに票が集まらない未来が見える」


『……こういうのは昔から女性キャラが強いというのが相場は決まっているからな。あまり気にしても仕方がない』


〈え? そうなの?〉


「それとギフトをくれたリスナー、まじでありがとな!」


『親愛なる妹へこの愛を捧ぐ!』


〈ありがとう!〉


「今後についてはizumiが近日中に近況ノートを投稿する予定なのでckeck it out!」


『とりあえずここで一区切り……妹たちからの愛のある感想をまだまだ待っているぞ!』


〈まだ評価やブクマをしていないリスナーさんはよろしくね!〉


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