悪夢

――東雲凪視点――



 ゲートの内部は洞窟だった。

 所々に淡く光る結晶があるおかげで、光が無くてもある程度周囲が見える。


「進もう」

「はい」


 大人たちは最低4、5人でチームを作っているのに対して俺と結乃は2人のみ。

 今回の試験内容は、一定期間ゲートの中で過ごすこと。

 もちろん、人数が多い方が合格率が上がる。

 しかし、そこがこの試験の罠だということを、この場にいる半数の人間が理解していないだろう。

 俺と結乃は足早に奥へと進む。

 大人たちは俺たちの姿を見て静かに笑ったり、心配そうに見てきた。

 そんな大人たちを無視し、俺たちは移動しながら作戦を立てる。


「期間は2日あるわけだから、休憩地点を考えないとな」

「そうですね。A級ゲート以上となると安全地帯があるはずなので、できれば発見したいところです」


 安全地帯、それはゲート内部に存在するモンスターが出現せず、徘徊すらしていないエリア。

 なぜそんな場所ができるのかは、未だに謎とされている。


「発見したとしても、先に行った人たちが独占してそうだけどな」


 俺たちがゲートに入った時には、すでに2組のチームがいなかった。

 今までゲート内で発見された安全地帯の多くは小さい。

 小さかった場合、大人6人が寝るだけで窮屈になるだろう。

 よって、俺たちは入れてもらえない可能性の方が高い。

 

「そうで……」


 突然、結乃の言葉が止まる。


「ん?」


 不思議に思い結乃へ視線を向ける。

 彼女は、自身の足元を見ていた。


「結乃?」

「東雲君、この壁偽物です」

「偽物?」

「はい。ここを見てください」


 そう言いながら結乃は、俺の視線を壁の下部分へ誘導した。


「ん?別に…、いや穴がある」

「そうです。この部分から風の流れを感じたので気づけました」


 そう言いながら結乃は腰から剣を抜き壁を切った。

 切られた壁は無音で消え、先には小さい通路が現れた。


「……」

「隠し通路ってところか…もしかしてその先にお宝でもあったりして」

「可能性はゼロではないでしょう。切った感触からして魔法じゃないです。この手の仕掛けは魔力による探知では引っかかりません。……サポートのハンターも見つけていない可能性は高いです」

「マジか」

「東雲く――」

「――はい、ご愁傷様」


 背後に気配を感じたと思った瞬間、声と共に背中に強い衝撃が走り、俺は結乃を巻き込み吹き飛ばされた。


「!?」


 壁に衝突するギリギリで結乃と自分の位置を変え、結乃の負傷を防ぐ。


「く…、いって」


 壁に直撃し激痛が全身を襲う。

 しかし痛さをゆっくりと実感している暇はない。

 誰の仕業かいち早く把握しないといけない。

 痛さを堪え、正面を見るが誰もいない。


「逃げられた。結乃、今俺の後ろに誰かいたか?」

「はい、ですがフードを深く被られていたので、顔までは確認できませんでした」


 ゲートに入って今まで、一度も気を抜いてはいない。

 それでも、背後に立たれるまで気配を感じなかった。

 一体何者だ?


「この場所、なんだか…」


 結乃が喋っている最中、俺たち真下の地面に魔法陣が浮かびあがった。


「っ!?結乃!!」


 咄嗟に結乃に手を伸ばし、腕をつかむ。

 そして、魔法陣からせめて結乃だけでも出そうと試みたが、間に合わず地面は消え去った。

 俺たちは何もできないまま、落下していく。

 10秒以上経っても地面が見えてこない。

 流石に祝福を持っていたとしても、このまま落ちてしまえば良くて致命傷、悪くて死ぬ。

 腰から刀を抜き、結乃を抱き寄せたまま壁に刀を突き刺し、落下の速度を緩めようとするが、あまり効果はない。


「くそ、全然止まらない」

 

 ここで耐えないと二人ともゲームオーバーだ。


(手を放すな)


 自分自身に言い聞かせ、刀を必死に握り占める。

 10秒…20秒と経過するが、地面が見える気配がない。

 

(くそ…体感10kmぐらいか?人生でこんな長い間落下したのは初めてだ)


 さらに数十秒が経過した頃、下に水のようなものが見えた。


(一か八か、運勝負は嫌いなんだけど!)


 刀を鞘に戻し、結乃が水面に直撃しないように空中で体勢を変える。

 そして数秒後、俺たちは着水した。

 背中に走った激痛に耐えつつ、着水した際の衝撃でバラバラになり、沈んでいく道具を回収する。

 道具の回収を終え、結乃へ視線を向けると彼女はどこかを指さしている。

 おそらく、陸地を見つけたのだろう。

 俺は無言でうなずき、結乃についていく。




「ゲホッ…、ハァ…ハァ……」


 やっとの思いで、陸地に上がる。

 結乃はすでに立ち上がって周囲を見渡していた。

 

「大丈夫か?」

「それは私のセリフです。庇ってくれてありがとうございます。…あまり無理をしないでください、私のために命を危険にさらす必要はないです」

「無事そうなら庇ってないぞ。俺は祝福があるから、結乃よりも数倍頑丈だ。その証拠に、さっきまで感じていた痛みが…あれ?」


 先程まで感じていた激痛が、嘘のように消えていた。

 

「なんだ…痛みがない」

「まさか…」


 結乃は俺たちが落ちた水場の水を手ですくい、口に入れた。


「結乃?何をしているんだ?」

「これはすごいです…。この水、ただの水じゃなくてエリクサーです」

「え?エリクサー?」


 エリクサーとは、数年前にとあるハンターがゲート内部で見つけたことで認知された万能薬のことだ。

 ゲート内部に極稀に存在しているため、幻の万能薬とも呼ばれている。

 

「結乃、もしこれが全部エリクサーだとしたら、ヤバイことになるぞ?」


 エリクサーが万能薬と言われる理由は、その効果にある。

 飲めばほぼすべての病を治し、傷口にかければどんな致命傷も即座に回復できる。

 欠損部位も繋げた部分にかければくっつくという、バカげた効果がある。

 そのおかげで地上では、100mlで数千万という価値がある。

 今までの発見事例によると、大体一か所で200mlしかないという。

 そんなものが池と同等の量あるなら、石油王を一瞬で超えられるだろう。


「やばい…ですね」

「ああ…こんな普通じゃないものがある場所は、危険だって相場が決まってるからな」


 試験用のスマホを取り出した結乃は、固まった。

 見た感じ壊れていなさそうだが、何かあったのだろうか?


「東雲君はゲート内でスマホのメール機能を扱えると聞いた時、不思議に思いませんでしたか?」


 何の話だ?と心の中で疑問に思いつつ、彼女の質問に答える。


「それは思った。それがどうかしたのか?」

「ゲートは外側から内部の様子は見ることができないので、勘違いされやすいですがWi-Fiなどは普通にゲート内部まで届きます。そして、ゲート内にWi-Fiを届けるための技術は発展し続け、今では入口から約31kmまでの範囲ならWi-Fiが届くようになっています。この距離は平均的なA級ゲートなら最深部手前あたりまで、要はボス部屋付近まで届くんです」


 俺は自分のスマホを確認しようとしたが、画面が割れて起動すらしなくなっていた。


「嘘だろ…。これ壊れたら失格…」

「いえ、私たちがこの状況になっている原因は、魔法陣の罠にかかる前に悪意を持って攻撃してきた何者かです。過去の試験中も似たような事例がありました。その中の8割が失格とは判定されず、合格していたので可能性はありますよ」

「よかった…」


 安心している俺に、結乃がスマホを渡してくる。


「これを見てください」


 見せてきたスマホを見て、俺は固まった。

 先程結乃は言っていた。

 ゲート内部は入口から約31kmまでの範囲ならWi-Fiが届くと。

 しかし、結乃のスマホはWi-Fiに接続されていなかった。


「……ってことは…ボス部屋付近の可能性があるってことか」

「その通りなんですが…少し嫌な予感がします」

「嫌な予感か…ちなみに俺と結乃の二人でボスに勝てると思うか?」

「相性や環境などには左右されることを考慮しても、良くて勝率40%でしょうね」


 この状況でボスと戦うメリットはない。

 俺は周囲を見回す。

 

「東雲君は魔力を持っていないので、魔力による探知はできないでしょう」

「…まあ、そうだな」


 クラス対抗戦の際は、結乃に視線を送って祝福の代償については誤魔化していた。

 俺の本当の代償の一つは、魔力の大半ではなくすべてだ。

 この世界では、魔力を使った探知はハンターの基礎となる。


「少し周囲に探知をかけてみます」


 結乃はそう言って探知の魔法を使う。

 

「上手いな。ってか、探知が使えたんならクラス対抗戦、もっと簡単だったんじゃ…」

「誰も使わない中、私だけ使うのは不平等です」

「かっこいいね」


 結乃の探知は熟練の冒険者並みに精錬されている。


「……東雲君、最悪な状況かもしれません」

「どういうことだ?」

「この空間に扉が二つあります。一つは真っすぐ進んだ先に。そして…もう一つは」


 結乃は水場へ近づき、その水面を見ながら口を開く。


「ここの底です」

「……底?」

「反応からして、おそらく深さは100m前後でしょう」

「100…か、無理だな。もう一つの扉へ移動しようか」

「実は、その扉も少し不気味なんです」

「不気味?」

「はい。その扉の先に、上への通路がありません。あるのは下のみ。さらに、その先のナニカに逆探知されました」


 熟練者レベルの探知を逆探知した存在?

 結乃がナニカと表現したあたり、人間である可能性は低い。

 まさか、ボス…なのか?

 どうする?

 この状況で、結乃と無事に入口まで戻るにはどうすればいいんだ?

 頭をフルで使い、脱出の方法を考えるが何も思いつかない。

 

「準備して進みましょう」


 結乃はすでに覚悟ができているのか、瞳には強い意思が見える。

 そんな目をされたら、俺が先に諦めるわけにはいかない。

 自分の頬を叩き、気持ちを切り替える。

 

「まだ諦めるには早すぎるな。生きてここから出よう」


 未だにこの状況が悪夢であってほしいと願っている。

 ふとした瞬間、夢から目が覚めることを期待している。

 でも、いい加減受け入れなければならない。

 これは現実だ。




※探知

 2020年に田中勇人ゆうとが創作した魔法。

 今となってはゲート攻略に必須な技術となっているが、その難易度は決して低くはない。

 未熟なものが扱えば、敵の位置の把握は上手くできず、逆探知により自分の位置をバラすだけになる。

 探知をA級以上のゲートで活用するには、3年かかるといわれている。



 


 

 

 

 

 

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