避けるべき人物 

――3組視点――



 一瞬にして景色が人気のない街中へ変化した。

 風見と彩霞さいかは転移の経験があるのか、特に感心している様子はなく、各クラスのリーダーに配布された地図を確認していた。

 

「無人街だっけか…。1組は草原、2組は森林。へぇ、面白いね」

「んんー」


 地図を見て呟く風見に彩霞が可愛く唸る。

 

「どうしたゆい?」

「悔しいの!なんであなたがリーダーなの!」

「そりゃ俺が一番優秀だったってことじゃないのか?」

「私の方が強いよ!」

「確かに近接戦なら、唯の方が強いかもな」


 3組じゃ見慣れた光景になっていた風見と彩霞の絡みに、呆れるクラスメイトたち。


「お二人さん、そろそろいイチャつくな〜」

「そう思うなら唯の相手をしてくれハル」

「俺もその天然剣士はごめんだ」

「ハル君ひど!」


 新田晴馬はるまが風見と彩霞の間に入り、クラス対抗戦に意識を向けさせる。


「それで辰馬たつま、お前がリーダーなんだろ?」

「あぁ」

「勝つための作戦、あるんだろ?」

「残念ながらなし。まあいいじゃないか、今から作戦を立てれば問題はないし。まずは対抗戦で3組の優勝を最も妨害するであろう1組の情報を集める」


 風見は片目を閉じて考える素振りを見せる。


「1組は転移場所から動いていないな。いや、紗優と他1人の姿が見えない」

「辰馬のスキルって便利だな」

「便利だけど…対策されるとあまり役には立たないんだ」

「へぇー、俺対策できる自信ないわ」


 新田の言葉に風見は苦笑いをする。


「現に紗優に対策されている」

「対策?どういうこと?辰馬のスキル…もしかしてバレてる?」

「多分90%確信していると思う。だからこそ最小限の人数で行動しているんだろう。そして残りのクラスメイト達を一か所に集めることで、俺たちはむやみに1組の転移場所へ攻め込むことができないし。姿の見えない二人の行動が全く読めない以上、迂闊に2組方面へもいけない」


 これからの事を考えている風見や彩霞、新田を少し離れた位置から見ていた望美香は欠伸をしながら1組方面へ歩き出した。


「ん?美香?」

「どこへ行くんだ?」


 美香に気づいた風見と新田が声をかけた。


「んー?あー、私は今回役に立たないからよろしくね」

「「ん?」」


 やる気のない声とともに美香は歩き去っていった。


「……え?マジ?」

「……現実、だよな」

「いいじゃん」

 

 呆然としていた風見と新田に、彩霞が明るく言った。


「美香ちゃんなら大丈夫って。美香ちゃんって実は負けず嫌いなんだよ?自分から負けるような行動…は……」


 彩霞の声はだんだんと自信なさげになっていった。

 それに違和感を抱いた風見が心配する。


「どうした?」

「い、いや、大丈夫だと思う。負けるような行動をとる子じゃない!」


 再び自信満々に声を出す彩霞に風見と新田は安心する。

 そんな安心する二人を前に、彩霞唯は心の中でつぶやく。


(美香ちゃんがクラス対抗戦の優勝よりも興味を持つナニカがいなければいいんだけど…いないよね?)



――六谷健視点――



 転移後、すぐに紗優がクラスのみんなに訊いた。


「皆さんの中に、今日風見さんと話したり、近い距離にいた人はいませんか?」


 紗優の質問に皆は少し考えて、手を挙げていった。


「私、話しちゃった」

「俺も話した」

「そういえば、今日ぶつかっちゃった」


 紗優は手を挙げた3人を見て、その他のクラスメイトに視線を移す。


「ありがとうございます。確証はありませんが3組の風見さんのスキルは、視界を触れた対象に転移させることができると私は推測しています」

「確かにそういう噂はあるな。でも、もし本当にそうならどうやって対策するんだ?」


 茅場が紗優に訊くと、彼女は笑顔で言った。


「とても簡単な方法です。私と六谷君以外はここに残って周囲を警戒してください」

「ここに待機するの?」


 篠原瑞樹が不安そうに言うと、周囲の生徒も同調するように紗優に視線を向ける。


「はい。それが一番勝率が高いです。視界が転移されている可能性がある3人のみ、この場に残してしまえば、一番最初に狙われるでしょう。でも、この場にもしクラスのほぼ全員がいた場合どうなりますか」


 紗優の問いかけの答えを導き出した俺は答えた。


「いくら風見や彩霞でも、容易には攻めてこれない。それに最小限で動くから、行動を予測されにくいってことか」

「正解です。風見さんのスキル制限はおそらく人数、1人が限界だと思います」

「もしその予測が外れて、人数制限なんてなかったらどうするんだ?」


 茅場の質問に、紗優は迷うことなく答える。


「そのための最小限の人数で行動するんです。もし1人以上に視界の転移ができたとしても、その全員がこの場所にいれば、私と六谷君の行動は予測されない。それに、どちらにせよ8人も集まっている場所に、突撃を仕掛けるほど風見さんたち3組は考えなしではないです」


 紗優の説明に納得しつつ、俺は一つだけ理解できない部分の質問をする。


「ところでなんで重要な攻めの役割が俺なんだ?」

「私と六谷君は今日、対抗戦が始まる直前まで違う場所で話をしていたので、スキル対象になっている可能性は低いです。それにクラス対抗戦では六谷君の機動力は重要だと私が考えたからです」


 クラスメイトたちの視線が一斉に俺へ集まる。

 確かに俺は身体強化の祝福を持っているから、魔力消費がほぼない状態で高速移動し続けることが可能だ。

 それを考えれば索敵には俺が適任なのだろう。


「それでは効率よく行きましょう。あと、六谷君には3組の方へ向かって欲しいんですけど…」


 紗優が最後まで言い終わるのを待たずに言う。


「3組の風見と彩霞に出会ったら戦闘はせず引き返す。自分の戦力ぐらいは把握できているつもりだ」

「流石ですね。ですがもう一人、避けるべき人物がいます。その人の名前は――」





 無人街へ到着し、真っすぐと進み2分が経過した時だった。


「こんにちわぁ、望美香だよ」


 淡いピンクの髪色…紗優が言っていた望美香か。

 まさか、いきなり避けるべき人物が目の前に現れるとは思わなかった。

 油断していたわけじゃない。

 周囲を警戒しつつ、少しの物音すら意識していたのに、いつの間にか接近されていた。

 俺は腰にさしていた剣を抜き、望美香を睨む。

 

「顔怖いね。すぐに終わらせるから、安心して」

「は?」


 いつの間にか美香は距離を詰めてきていて、手に持つ木の棒で俺を突こうとしていた。


(木?まさか舐めているのか?)


 木の棒を叩き斬るため、剣を振るった瞬間。


「ふふっ、やっぱり女の子は斬れない?」

「!?」


 美香は木の棒を手放し、開いていた手には剣が握られていた。


「よいしょっ」


 美香の剣は俺の首に届く前に障壁に阻まれ――


「ガァ!」


 首に激痛が走り、思わず息を全て吐きながらその場にうずくまった。


(痛い!なんだ!?わからない!首?斬られたのか?障壁は!?)

 

 首を抑えた手を見てみるが血は付着していない。


「え?」

「安心してね。別に死にはしないから。でも結構痛いと思うよ」


 そう言いながら美香は六谷のポケットから障壁コアを取り出した。


「…試したいこと、あるんだよね」


 美香は倒れた俺には目もくれず、障壁コアをいじり始めた。

 

(今…しかない!)


 激痛に耐えながら、剣を握り必死の一撃を繰り出した。


「あっ」


 美香の驚いたような声とともに、障壁コアが作動し障壁が展開された。

 俺の全力の一振りは障壁に直撃し、障壁は一瞬にして砕けた。


「良かった」


 全身から力が抜け、その場に倒れた。

 倒れた俺に美香が近づいてくる。


「ありがとね」

「は?」


 美香の言葉の意味が分からず、困惑の声を漏らす。


「障壁コアについて、よくわからなかったから確認したかったんだ」


 そう言いながら美香は俺の目の前に、自身の障壁コアの液晶画面を向けてきた。

 そこには


[2組の秋葉頼一、浜口力哉、佐藤茂の衝撃コアの破壊を確認]


[1組の六谷健の障壁コアの破壊を確認]


 と表示されてあった。


「は?なんで…六谷…俺の名前が」

「はい、これ返しとくね。さっき君が割ったのって自分の障壁だったんだよ」

「嘘だろ…」

「本当に悪いことしたと思っているんだよ?あっ、そうだ」


 美香は何かを閃いたのか、手を叩きながら言った。


「今度お詫びに私のパンツでも見る?」

「…ふざけるな」

「まあ今はそれどころじゃないよね。気が向いたらいつでも言ってね。それじゃ」


 そう言って美香は3組の転移場所の方へ歩き去ろうとしたが、突如足を止めて森の方角へ視線を向ける。


「んー?面白いのがいる。ちょっとだけ見てみようかな」


 美香は楽しそうに進む方向を変え、森の方面へ歩き去っていった。

 







 

 

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