第七章:彼は愛してくれていた
第30話 蜘蛛の罠
ミズキが
心配にもなった。
杏子は「迎えが来るまで駄目よ」ときつく言ってくる、ちゃんと紅緑が答えを持ってくるまで駄目だと。
「紅緑様……」
はぁとミズキは縁側で膝を抱えて座り直す。いつもなら抱きついて離れない紅緑の温もりを感じているというのにそれがなくてなんだか寂しかった。
***
昼下がり、紅緑は
「お前が悪い」
「だろうねぇ……」
紅緑は眉を下げて言った、花菊と腐れ縁を切っていなかったワタシが悪いと。しかし、夜哉ははそれだけではないと言った。紅緑は首を傾げる、他に何があるのだろうと言いたげな表情を向けていた。
「お前、分からないのかい?」
分からなかった、何が足りなかったのかと。そんな様子に夜哉はまた溜息を吐く。そこへ「こんにちは」と声がかけられた。
誰だろうかと玄関に出向けば小雪と冬士郎がいた。何故、彼らがと思った紅緑だが、ミズキのことだろうとすぐに察して屋敷へとあげる。囲炉裏の方へと案内すれば、夜哉が二人にやぁと軽く挨拶をした。
「ミズキは」
囲炉裏端で紅緑は「どうでしょうか」と問うた。落ち着かない様子の彼に小雪は「元気ですよ」と答えた。
食事も杏子と共に作り食欲もある、ちゃんと寝れているようで杏子と会話もしていると。それを聞いて紅緑は安堵したふうに息を吐く。
「ミズキさんに会いたいですか?」
「会いたいよ」
紅緑の口調は重かった、それだけで彼が嘘をついていないことが分かる。ミズキに会いたいという気持ちが伝わった。
けれど、今はまだ杏子は会わせてくれないだろうなと小雪は思った。それを素直に伝えれば紅緑はだろうねと呟く。
「まだ花菊がしつこいからねぇ」
「そうじゃないですよ、紅緑様」
それもあるけれどそれ以外もあるのだという小雪の言葉に紅緑は首を傾げる。夜哉もそうだと頷いていて、冬士郎も同じ様子なのでますます理解ができない。
「お前、よく考えてみなさい」
「此処最近はずっと考えているよ」
「あー、多分考えるものがちげぇんだよ、紅緑」
夜哉と冬士郎に言われるも紅緑はいまいち思いつかないらしい。腕を組みながら眉を寄せて考えている。そんな彼に小雪が花菊さんだけのことじゃなくてと言った。
「ミズキさんは不安なんですよ」
「不安?」
はいと小雪は頷いた。紅緑に大事にされているのは気づいているでも、不安になる。傍にいてくれているのはわかっている、それでも。
「何故だと思いますか?」
紅緑には分からなかった、傍にいたのに不安になるのが。ずっと傍にいて、大切にしているというのに。不安に、寂しく、させてしまうのか。
「足りないのですよ」
「足りない?」
そう、足りないのだ。小雪はあのですねと話した。
***
ミズキは凰牙の屋敷をこっそりと出ていた。やはり、紅緑の元へ帰ろうと思ったのだ。杏子には悪いけれどやはり彼の元に居たい。
そうやって竹林へと向かう道を歩く。竹林に近づいていくにつれて村人の姿は減り、最後にはミズキ一人となっていた。まだ日は出ているけれど不気味なほどに静かな様子に歩を早めた。
早く帰ろうとミズキが早足になった時だ。
「ふげっ」
何かに躓き転んだ。痛いと鼻を押さえながら立ち上がって足元を見遣る。陽に照らされてきらりと透明な糸が輝いた。蜘蛛の糸のようなそれに首を傾げるとがさりと茂みから音がする。慌てて音がしたほうを見遣れば、
その形相にミズキは肩を跳ねさせる。般若という言葉のように、目を血走らせ睨みあげる彼女は下半身を蜘蛛の身体に変えた。
「なんでおまえが選ばれるのよ!」
怒声とともにミズキは駆け出す、逃げなくていけないとそう思ったから。林へと入っていけば、それを花菊は追いかけてくる。
走る、走る、走る。苦しくなる胸を押さえながらひたすらに、それでも花菊は追いかけてきた。
あぁ憎い、憎い。唸るように呟きながら追いかけてくる花菊から逃げるミズキだったが、彼女が糸を飛ばしてきたことで転倒してしまう。足に巻きつく糸に捕らわれて縛り付け身動きのできないミズキの首を花菊は締め上げる。何故、どうしてお前なのだと言いながら。
ミズキは苦しげに彼女を見た。怒りと嫉妬、憎しみに燃える瞳は恐ろしいほど釣り上がっている。
「わらわだって愛していたというのに」
誰のことを言っているのか、ミズキは何となくわかった。花菊はただ殺すのでは飽きたらないと言って口角を上げる。
だんだんと遠退く意識の中で花菊は「簡単には殺さないわ」と笑っていた。
*
意識を失ったミズキを抱えて花菊は笑いながら飛び駆けていくその様子を見ていた者がいた。
「あぁ、大変だ……」
「こうろくさまのおくさまが……」
急がなければ。二人は駆け出していた、紅緑様に伝えないとと。
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