第20話 青鬼の相談事


 部屋へと通されて腰を下ろした冬士郎は深い溜息をつくが、落ち着きを取り戻している。


 場も治ったとミズキたちは帰ろうとしたのだが杏子がそれを止めた、これはまだ始まったばかりだと。夜哉よるやもこの前、大百足の件の礼を持ってきただけで騒ぎには関係ないにも関わらず何故か捕まってしまっている。


 ミズキは出されたお茶を飲みながら様子を窺う。静まる中、皆が一息ついたところで冬士郎が口を開いた。



「そろそろ妻を娶らねば、父上に何を言われるか分からんのは俺も理解している」



 凰牙が羨ましくないわけではなかった。けれど、人間を選んだことには些か疑問があるのだ、欲深い人間の何処がいいのだと。


 だからと言って冷静さを無くすのは良くはなく、自身の焦りもあり苛立っていたのも事実だ。



「煽ったことは申し訳ないと思っている」

「え、素直だなお前。大丈夫か?」



 あまりにも素直に謝ったので凰牙おうがは心配してしまう。その反応に少し苛立ったのか冬士郎は睨むが、それでも冷静にと落ち着かせて妻をどうするか考えていると悩みを打ち明けた。



「お前が妻を見つけたから参考になるかと思ったんだ」

「なっただろ?」

「ならなかったから、こうして相談してるのだが?」



 冬士郎に「お前のは全く参考にならない、紅緑こうろくの方がまだよかったわ」と返され、凰牙は「全てが魅力的なんだから仕方ねぇだろ!」と大声を上げる。それに対して、杏子がうるさいと彼の膝を叩いて注意していた。



「室内なんだから、声の大きさに注意しぃや!」

「す、すまん……。で、妻の候補とかいるのか?」

「いない」



 いないとなると一から探すことになるが、そう簡単に妻候補など見つかるわけがない。


 村の青鬼に良いのはいないのかと凰牙が問えば、恐れ多いと言われて断られたと返された。次期、村の長という目上の存在を尊敬している彼らにとっては恐れ多くて無理なのだという。青鬼の村というのはそういう上下関係というのが厳しいようだ。



「面倒だなぁ、お前のところは」

「じゃあ、別の妖かしにすればいいじゃないか」



 紅緑はそう言って知っている妖かしを挙げていく。麻焼あさやけの猫娘の珠世たまよ、ろくろ首の白葉はくよう、化け狸の幸代と言っていくも、どれもこれも冬士郎は首を振った。



「おまえの知り合いじゃあないか」

「そうだが、知り合い止まりだ」

「なら、三尾狐の小町はどうだい?」

「遊女だろうが!」



 冬士郎の突っ込みに紅緑は「おまえが気に入っていた娘だろう」と何を言っているのか不思議そうに返す。


 遊女。その言葉に杏子はじとりと目を細める。そういうものにも行くのねぇといったふうにふーんと。そんな痛々しい視線に冬士郎は咳払いをする。



「随分と前のことだろうがそれは」

「そうだったかねぇ……」


「紅緑から遊女の名を聞くとは思わなかったよ、僕は」


「あぁ、冬士郎から話を聞いたことがあったからねぇ。あと、腐れ縁の奴から小町の言っていた愚痴を聞かされたのさ」



 小町は確かに冬士郎を面倒な客ぐらいにしか思ってなかったからねぇ。今更、求婚しても無理だろうよ。紅緑は自分で言っておきながらはっきりと言い切った。


 いくら随分と昔であったことでもそうばっさりと言われてはそれはそれで傷つくもので、冬士郎はがっくりと項垂れている。



「お前なー、良さげな知り合いでも駄目ってなると、あとは人間ぐらいだぞ。妖かしで相性いい奴を一から探すとか人間攫うより難しいぞ」


「そうだね。君の交友関係で駄目ならそうなる」



 凰牙と夜哉の言葉に冬士郎は眉を寄せた。言い過ぎたとはいえ、やはりまだ人間に疑問というのはあるようだ。



「あぁ、人間なら丁度良いのがいたねぇ」



 紅緑は思い出したように言う、麻焼の町に人間が売られていたよと。


 町へ用事があったある日、河童の商人に呼び止められた。紅緑を知っている妖かしで「良いのが入ってますよ」と人間を見せてきたのだという。


 どうやら土蜘蛛の贄として差し出された娘が逃げ出して麻焼の町で商人に捕まったらしい。所有印も無いので商品として売りに出されたのだ。



「え、あれ本当だったのかい?」



 夜哉もその話は知っていたのか驚いた様子だ。それに「この目で見たので間違い無いよ」と紅緑は答える。



「食用にも奴隷にもどうかと勧められたけれど、ワタシにはミズキがいますから。もう人間は手元に置く必要はないし、食べないからねぇ。そもそも、ミズキ以外の人間に興味はない」



 紅緑が「値段が高かったからまだいるだろう」と言うと冬士郎はまだ渋っていた。



「紅緑様、どんな娘やったんです?」

「藍髪を一つに結った三白眼の娘だったねぇ」



 ただ、怯えているようで言葉は一切、発しなかった。そう聞いてそんな状況なのだから恐怖で何も喋れないだろなとミズキは思う。同じ立場なら自分でもそうなるだろう。


 話を聞いた杏子は少し考えるようにして手を鳴らした。



「見てみるだけならいいじゃない?」

「はぁ?」


「ほら、実際に見てみぃひんと分からんやろ? 麻焼の町ならこの村を下りた先やしそんな遠くもないじゃない。明日の朝から行けば夕方には帰ってこれるし」



 見定めるっていうのもありだ、妻にせずとも人間の小間使いぐらいには役に立つだろうしさ。杏子はぐいぐいと冬士郎にそう推す。


 冬士郎は「怯えている人間を見て何が見定められるというのだ」と言うが、「うちとミズキが一緒なら大丈夫よ」と杏子は笑みを見せる。



「人間二人が一緒ならお話ぐらいできるわ」

「ちょっと待ちなさい。ミズキは連れて行かないよ」

「あら、紅緑様! 息抜きすらさせてあげへんの?」



 杏子は「人間だって生きているのですよ? 少しは外の景色ぐらい楽しませてあげなきゃ可哀想や」と言うと、意見に同意するように夜哉は「そうだね」と頷いた。



「君がちゃんと見ていれば大丈夫だろう。少し外を見せるのも良いと思うよ?」


「ミズキも見てみたいやろ?」

「え? まぁ、ちょっと気になります……」



 気になるかと問われれば、気にはなるのが本音だ。ただ、一人では絶対に行きたいとは思わない。一度、怖い目に遭っているのだ。


 紅緑もミズキに何かあってはと思っているからこそ、連れては行きたくはない様子だった。それでも、これだけ大勢でちゃんと見ていれば大丈夫だと杏子は言う。



「寄り道しぃひんし」

「……はぁ、わかったよ」



 紅緑は小さく溜息を吐く、杏子の押しとミズキの言葉に折れたようだ。「ワタシから絶対に離れないのが条件だからね」と彼は念を押した。


 売られている人間を見る話が進んでしまったからなのか、断るに断れない様子に冬士郎は「見るだけだからな!」とそれを了承した。




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