第15話 攫われた理由
ゆっくりと意識が浮上してミズキは重たい瞼を上げた。目に入ったのは灯りもない暗い室内だった。寝そべっている床は冷たくて、木でできた小屋だろうか隙間風が吹いている。よく見えないけれど、何もないように感じた。
ぼんやりとする意識の中でどうしてこんなところにいるのだろうかと思考を巡らせる。屋敷でいつものように家事をこなしていたはずだ。
(えっと……鬼人と話をして、荷物確認して……)
荷物を確認して、そこから記憶がない。そうだ、あの時に意識が急に無くなったんだとミズキはさっと目が覚める。
慌てて起き上がって周囲を見渡した。最初の印象通り、何もない小屋だ。幸い、手足を縛られてはいなかったので身動きはできそうだった。
連れ去られたのだろうかと、不安を抱きながらそっと小屋の戸口らしきところへと近寄って耳を澄ましてみるが誰かがいる気配はない。
今ならば外に出れそうではある。ならさっさと出ようとしてミズキは動きを止めた、此処が何処だか分からなかったから。
外になど赤鬼の村しか行ったことがないのだから、出たところで屋敷に戻れるとは思えなかった。それに出れたとしても何がいるか分からない、妖かしと遭遇して助かることができるのか。
助かる自信など全くなかった。迷子になって襲われて、そのまま殺されてしまうかもしれないことを考えると迂闊に外に出るのは得策ではない。
かといってこのままでいるのもどうなのだろうか。
「紅緑様、怒る?」
ミズキを外に出そうとせず、過保護にしている彼がこれを知ったらどうだろうか。自分の所有物を他人に攫われて何を思うだろうか。想像できないけれどなんとなく嫌な予感はした。
ざっざっざと足音がする。それはミズキがいる小屋の前で立ち止まると何やらひそひそと話をしていた。なんだろうかとそれに聞き耳を立てる。
「紅緑様の奥様を攫うだなんて……。わしら皆殺しにされてまうんじゃ……」
「しかし、老師様には逆らえない……」
「老師様も恐ろしいが、紅緑様はもっと恐ろしい……」
声の主たちは震えているようだった。紅緑を恐れているようでしきりに大丈夫だろうか、死にたくないと呟いている。
彼らは老師の命令にも逆らえないようでこうするしかなかったんだと嘆いていた。
「奥様に紅緑様たちが此処を調べないようにとお願いしてもらねば……」
「紅緑様に見つかる前に」
どうやら、紅緑がこの辺りを調べないように頼もうとしているらしい。奥様の願いながら聞いてくれるだろうといった考えのようだ。
(無理っ!)
ミズキは叫びそうになる声をぐっと堪える。調べられたらまずいことを此処ではしているのだろう。切羽詰まったとはいえ、妻を攫って説得させようとは如何なものか。
ミズキがそんなことを頼めば何かあったと紅緑は気づくはずだ。彼に問い詰められて吐かない自信などなかった。そもそもどうやって説得をすればいいのだ、余計なことをして怒らせたらと想像するだけで恐ろしい。
無理無理と頭を抱えるミズキだったが、無情にも戸が開けられてしまう。顔を上げれば鬼人が二人、頭を下げていた。
「申し訳ありませぬ、申し訳ありませぬ」
「このような無礼をお許しください」
「どうか、紅緑様を説得し、この地を調べるのをやめさせてください」
「む、無理ですよ!」
土下座をする二人にミズキは首を左右に振った。それでも鬼人たちは引かず、お願いしますと床に額を擦り付ける。そんなに頼まれて自分では無理だというのだがそこをなんとかと縋り付いてきた。
「調べられてまずいことがあるのでしょ!」
「それは……」
「何やったんですか! 今ならまだ謝ったら許してくれるかもしれませんよ?」
許してくれるかは分からないのだがとりあえずミズキは言ってみた。すると鬼人二人は顔を上げてどうすると相談し始める。でも、いやとひそひそと話をし、覚悟を決めたように話した。
少し前のこと老師を名乗る鬼のような天狗のような妖かしがこの集落にやってきた。そこで男が妖術を披露すると作物の発育がよくなり、魑魅魍魎からも襲われなくなった。老師は鬼人にその力を示したのだ。
鬼人たちは老師様と彼を崇め、その力に縋ると男は言ったのだ。
『大百足様を復活させればもっと力を発揮してくれる』
そう言って大百足を復活させるために鬼人たちに魑魅魍魎を集めるように命じた。彼らを集め、肥大化させれば生贄になる。そうすればわしの力でどうにかなると。
「最近、他の集落や村に魑魅魍魎が出るっていうのは……」
「大きくさせるために襲わせていたのです」
「あと少しだったというのに紅緑様と朝顔池の水神様が調べにこられて……」
山に隠していた肥えた魑魅魍魎はあっという間に片付けられてしまった。このままでは大百足様は復活できない。嘆く鬼人にミズキはその大百足がどんなものなのか聞いてみた。
大百足は随分と昔に悪行をつくしたことで
ミズキはなるほどと頷きかけて首を傾げた。悪行をつくして封じられた妖かしが集落のために力を使ってくれるのだろうかと。
「あの、話を聞くにどう考えてもその大百足様って良い妖かしではないですよね? その、騙されていませんか?」
二人は顔を見合わせる。だんだんと冷静さを取り戻したのか、確かにと呟いて焦った様子を見せた。がたがたと震える身体を抱いて、「どうしよう、どうしよう」と呟いている。
助けを乞うように見つめられ、ミズキはそんな目を向けられてもと頭を悩ませた。とにかく紅緑の元に帰って洗いざらい訳を話すしかない。許してくれるかは別としても、ミズキが彼の元に戻らねば話は進まないだろう。
そう伝えようとしたところに血相変えて鬼人が走ってきた。
「紅緑様に見つかった!」
鬼人の「このままでは殺されてしまう!」という叫びに他の二人は泣き始めてしまった。どうやら既にやられた犠牲者が出ているらしい。
慌てふためく鬼人を突き飛ばすように、黒い衣を身に纏う老顔の白い髭を蓄えた男が現れた。焦っているのか顔中汗だらけだ。
鬼人に老師様と呼ばれた男はそんな者たちに目もくれずにミズキの腕を掴み、駆け出した。
「くそ、まだ時ではなかったというのにっ!」
何がなんやら分からずミズキは引きずられるがままに老師について行くほかなかった。
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