第8話 私は愛せるだろうか


「お前、それ本当か」

「嘘をつく必要はないでしょう。ミズキは生贄として出された子だよ」



 紅緑こうろくの言葉に凰牙おうがは「お前にしては珍しいな」と返す。紅緑が人間の妻を娶った経緯を聞き、凰牙は驚いたのだ。


 何せ、彼は生贄として出された人間に大して興味を示さなかったのだから。そんな様子を見てきた凰牙からしたら、何があったんだと気になってしまう。



「怖いだろうに妻にしてくれなど言う人間は初めてだったよ」

「確かになぁ。良い噂も聞いてなかっただろうによく言えたもんだな、その人間」


「好みの人間だったからねぇ。どうしたものかと思ったけれど、妻にするなら丁度いいと思ったのさ」



 好みの人間だった、手放すのは惜しい。妻ならば丁度いい、側に置いていられるではないか。そうして紅緑はミズキを妻にしたのだと聞いて、凰牙は「ちゃんと面倒見ろよ」と言う。



「おもちゃじゃねぇんだからな。いつもの調子で逃すとかするんじゃねえぞ、妻に娶ったんだから」


「わかってますよ。ちゃんとします」

「それならいいが。俺みたいに大切にするんだな」

「えぇ」



 紅緑の返事にそれなら良いがと凰牙は話を移すように「最近どうよ」と問う。


 最近はミズキとずっと一緒にいたことを話す。彼女は外が気になるようだから勝手に出ていってしまわないか心配だと。凰牙が「逃げると思ってないのか」と聞くと、「思ってませんね」と紅緑は即答した。



「逃げても死ぬだけだから。彼女はまだ死にたくはないようだし」

「まぁ、そうだわな。お前は気に入ってるんだな、妻を」


「そうだねぇ。好みというのもあるけれど、見てきた人間と違っているところがあるのが良いねぇ」



 彼女は初めてなものを見せてくれる。表情や仕草、料理もそうだ。逃げ出していくものはいたけれど、ただ外がどうなっているか気になるという好奇心だけで歩き回ったのも。



「初めてなことを彼の娘はワタシに見せてくれるんだ。気に入りもするだろう?」


「確かに」



 はっはっはと凰牙は笑う、お前にもそういう奴ができてよかったと。



「凰牙ー、お話終わったよー」



 襖を開けて杏子とミズキは入ってきた。にこにこと笑みを見せる妻に凰牙は楽しかったと声をかける。



「久しぶりに人間と話したら、そら楽しいわぁ。またちょいちょい話させてぇな?」


「おう、いいぞ」

「なんで、ワタシの許可はとらないのかねぇ」

「良いじゃねぇか。お前の妻の気分転換にもなるだろうしよ」



 なっと凰牙はミズキを見る。同意を求められるような勢いだったので、思わず頷いた。


 杏子とはまた話をしたいと思っていたので、「できれば」と紅緑を見ながら言う。彼は渋い表情を見せてはいたけれど、「まぁアナタのところならば」と了承してくれた。



「用が済んだのなら帰りますよ」

「あら、もう少し居ても良いのに」

「長居はしないよ」



 ミズキへと近寄り抱き寄せて手を握る。ゆっくりしていけば良いのにと凰牙も言うが、聞く気はないようだ。ではまたと紅緑はミズキは手を引いて部屋を出ていった。



          ***



 杏子と話をして少しだけ楽になった。同じ人間で妖かしの妻となった存在が近くにいると言うのは安心できる。まだ妻という実感はないのだが、これからそうして生きていくのだ。湯浴みから上がったミズキは白い寝巻きにしている浴衣に着替えながら思う。


 彼女の結婚するなら愛されたいじゃないという言葉に自分は彼を愛せるだろうかと考える。まだ紅緑のことをよく分かっていないので何とも言えなかった。



「付き合っていけば気持ちも固まるかな」



 とりあえず、彼と暮らしていこうとミズキはそう決めて風呂場を出た。


 均等に配置された行燈の淡い灯りに照らされる廊下を歩く。夜だというのに明るく感じることに少しだけ不思議な気分になった。


 寝室へと向かうと手早く布団を敷いて、ごろりと寝そべりふぅと小さく息をついた。


 初めて外に出た。思った以上に人間の世界とあまり変わらなかったなという印象だ。鬼が普通に暮らしていたことには驚いたけれど、話を聞くにこの辺り一帯には集落も点在しているらしい。


『この赤鬼の村は人間が出歩いても大丈夫だけど、他の集落は危ないから』


 杏子が教えてくれた。長が村に出入りする人間には危害を加えないようにと鬼たちに指示を出したのだという。妻が人間なので同族が酷い仕打ちを受けたと知って悲しませないための配慮のようだ。


 他の集落でも紅緑に恩があるところならばその刻印を見せれば大丈夫かもしれないが、安心はできないのでやはり一人で出歩くのはお勧めしないと言っていた。ミズキも危険なことには手を出したくはないので、もう勝手に出ていこうなどとは思っていない。


 町もあるのよと杏子が言っていたのでそれは少し気になった、どんなところなのだろうと。でも、紅緑の様子を見るに連れては行きたくないだろう。


(機嫌が良い時にでも頼んでみようかな)


 だんだんと重くなる瞼にミズキは眠ろうかと目を閉じた。




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