侵略者2023

yolu(ヨル)

第1話

 12月14日は双子座流星群が一番多く降り注いだ日だ。

 そのあと、野良猫が増えた。

 ワイドショーで報道されるぐらい、各国各地で野良猫が増えた。

 おかげで猫を飼う家が一気に増え、僕の家も例外なく、猫を迎え入れた家となった──




「涼平の部屋で飼ってよ」


 大晦日、勉強会という名の遊びから帰ってきた僕に、帰省してきた姉が開口一番、そう言った。


「あたしの部屋、正直、動物禁止だし、母さんは猫アレルギーでしょ? あんたの部屋ならいいじゃん。昔、言ってたよね? 猫、飼いたいって。名前はカステラ。よろ」


 すでに猫も猫用品も部屋に運んだと聞き、僕は慌てて記憶の部屋を見渡した。

 ……何もなかったが、16歳の多感な男子の部屋に勝手に入るなど言語道断!

 と思ったが、反論はできない。できるわけがない……!

 我が家は母と姉の絶対的な権力で成り立っているからだ。僕と父は、まあ空気。

 姉の帰省は100万歩譲っていいとして、猫まで連れてきて、さらには僕に飼い主の責任をなすりつけてくるなんて……


「マジかよぉ……」


 ため息をつきつつ、部屋のドアを開けると、話通り猫用品が積み上がっている。

 カステラはどこかと見れば、僕のベッドで悠々と寝ていた。

 布団から顔をだして寝ている姿は、どこかオッサン味がある。でもまん丸い顔がとっても可愛らしい。なにより、名前の通りふんわりした毛並みだし、色は黄みがかった茶色。耳の先は焦茶だ。まさしくカステラだ。


「にゃふ……」


 寝返りした!

 のっそりと前足を出して横を向いた姿もオッサンくさい。それでも可愛らしいと思えるのは、猫だからだろう。

 なるだけ音を立てないように鞄を置き、参考書をあさっていると、鞄から布筆箱が転がった。

 ぐしゃん。ペンの重なる音が鳴る。

 振り返ると、カステラはむくりと上半身を起こしていた。


「あ、ごめん、カステラ。あ、僕、涼平。姉ちゃんの弟」

「……にゃ」


 カステラは軽く目をこすり、問題ないというように右前足をあげた。

 だが、すぐにキョロキョロと辺りを見渡しだす。

 カステラの肉球が指したのは、カリカリの方だ。


「あ、ごはんだね。今入れるね」


 器が二つあり、僕はその一つにカリカリを、もう一つにペットボトルで置いてくれていた水を注いでいく。


「姉ちゃん、こういうとこ、気がきくのになぁ」


 余ったペットボトルの水を飲みながらカステラを見ると、カステラも水を飲み始め、顔も洗いだした。

 両手で水をすくって洗っている。なんか、アライグマみたい。


「カステラ、トイレ、どこがいい?」


 砂を入れたトイレを指さすと、カステラは手で顔をぬぐいつつ、2本足で歩き、前足でここだと指してくれた。

 ドアの近くなのはありがたい。狭い部屋のため、できる限りトイレ臭は遠ざけたい。


「カステラ、ありがと」

「にゃ」


 キャットタワーは窓際がいいと教えてもらい、ベッドを少しずらして、置けるように工夫した。

 カステラはそれに満足したのか、数口、カリカリを食べると、再び布団へ潜っていく。

 くちゃくちゃと口を鳴らす姿は、おじいちゃんぽい。

 布団を首元までひっぱり、頭をなでてあげると、カステラは幸せそうに目を閉じた。


 ……猫を飼うの、意外といい、かも。


 僕は引き出しからノートを取り出す。

 表紙には太字で『夢リスト』と書いてある。

 マンガの真似だけど、夢も才能も目標すら何も持っていない僕でも叶えられそうな夢が書いてあるノートだ。

 その中の『猫を飼う』という項目に、線を引くことにした。




 夕食は早めに始まった。

 道民の大晦日は、おせちが並ぶ。今年は和洋中の三段重だ。

 春巻を頬張っていると、父と日本酒を嗜む姉が、お猪口を2階へ向けた。


「涼平、カステラ、寝てる?」

「ベッドでぐっすり。かわいいね、布団に入って寝るの」

「おっさん臭いっしょ?」

「でもめんこいよ。それに、めっちゃふわふわ」

「そりゃあ、カステラって名付けただけあるからね」


 ダラダラとしゃべり、ダラダラと食べる。

 しかしながら、お正月番組にも飽き、僕は年越しそばを食べる確約をし、一旦自室へ戻ってきた。


「カステラ、姉ちゃんから、チュールもらったよ」


 布団にもぐっていたカステラが飛び出してきた。

 両手を擦り合わせ、僕を覗きあげる姿は、まさしく『悪代官にすり寄る越後屋さん』だ。

 だけどカステラなりに甘えているのだと思うと、可愛く見えてくるのが不思議だ。

 食べやすいように小皿に出して手渡すと、カステラは僕の座椅子に腰をおろし、小皿をお腹に抱えて肉球でひとすくいひとすくい味わっている。


「おいしい?」

「にゃ!」


 僕はカステラを横目に机に向かう。

 明日は新年、2024年だ。

 辰年の元旦こそは、昇り竜のように、ぐんっと何かに突き進みたい!

 夢リストには、まだ叶えてないものがたくさんある。


「……ネトフリのマイリスト一気見でしょ? ほかに、冬休みにこなせるのあるかな……」


 忘れないように夢リストをチェックしていると、カステラが軽々と机に乗ってきた。


「にゃ?」

「あ、これはね、来年、何しようかなって。カステラはしたいことある?」


 カステラは僕が書き記したノートをぽんぽんと叩く。


「……あー……初日の出?」

「にゃ」

「『初日の出を見る』かぁ。そういや、書いてたっけ」


 僕はスマホのマップアプリを立ち上げ、検索に『初日の出』と打ち込むと、『初日の出スポット』と出てくる。

 それをタップすると、赤いポイントが一斉に立ち上がった。


「あ、カステラ、見て。結構、ある」

「にゃ」


 スマホを覗き込んでくるカステラの頭が意外と大きい。

 鼻息のせいか耳がぷるると震え、鼻先がこそばゆい。

 ふと、猫吸いという言葉を思い出し、カステラの頭に顔をうずめてみた。

 フワッとした柔らかい毛並みが心地いい。そしてなにより、


「臭くない」


 僕の言葉に怒ったのか、カステラは小さく「シャッ」とうなりつつ、肉球でスマホをタップした。


「にゃ」

「ここ?」


 移動手段を自転車に変更してみると、到着時間約2時間の文字。


「……あー……2時間か」

「にゃ……」


 カステラも悩んでくれているようだが、現在23時10分。

 日の出時間を調べると6時50分ごろ。

 今から寝れば5時間は睡眠できそうだが、スポットの口コミを読むと、日の出時間は道が混み合うと書いてある。


「カステラ、お蕎麦食べてから準備して、少し向こうで待つのはどう?」

「にゃ」


 カステラは返事をすると、クローゼットを前足で開け、手頃なリュックを引っ張り出してきた。


「え? キャリーに入ってもらって、自転車にくくりつけようかなって思ってたけど」

「にゃにゃ」


 ぶんぶんと顔を横に振ると、リュックのファスナーを開き、するりと入っていく。


「にゃ!」

「背負えってこと?」


 普通にリュックを背負ってみると、背中を蹴られた。


「え? 背負わないの?」


 するんと飛び出すと、カステラは自分の胸毛あたりを、ふわふわと叩いている。


「にゃ、にゃ」

「……? ……あ、もしかして、前にリュックってこと?」

「にゃ!」


 電車に乗る要領で、カステラが入ったリュックを前側にかけると、嬉しそうに何度もこちらを振り返ってくる。


「にゃっ! にゃっ!」

「たしかに、これだとカステラも景色見えるね」

「にゃ」


 気づけば行こうと決定してから30分も経っていた。

 年越し蕎麦はもうすぐだ。

 その前に、必要なものを考えておかないと。


「カステラも持っていきたい物あったら、リュックに入れてね。……そうだ、ホッカイロとか持ってくる。めっちゃ冷えるからさ」

「にゃ!」


 カステラ用にふかふかのタオル、お互いに使うホッカイロ、保温用の水筒に熱々のお湯と、紙コップ、コーンスープの素、スプーンも必要かも。あとは、手袋とマフラー、イヤーウォーマーを準備。

 ヒートテック系のインナーを引っ張り出したとき、


「りょーへー、おそばー、できたよー」


 母の声に僕は返事をし、カステラを見た。


「食べてくるから、待っててくれる?」


 カステラは持っていく物を探しているのか、自分のおもちゃ箱を覗いたまま、軽く右前足をあげた。

 僕はお蕎麦が伸びないように、急いでリビングへとおりていく。




 着膨れした体で履きなれたシューズの紐を結び直す。

 リュックを持ち上げ胸にかけると、中に入っているカステラが僕の顔を見てすんすんと鼻を鳴らした。


「準備はいい、カステラ」

「にゃ」


 ドアを開けた途端、肌がピリピリする。かなり凍れてる。

 風がない分マシだが、喉に刺す空気が痛い。

 マスクをつけ、玄関横に置いてある自転車に跨ったとき、背後が明るくなった。


「涼平、気をつけてね」


 振り返ると、姉がいる。

 ドテラを羽織り、サンダル姿だ。


「寒いよ、姉ちゃん」

「酔い覚ましだし。初日の出、見れるといいね」

「うん。今年最後だしね」

「まあね。あ、そうそう、はい」


 姉から握らされたのはポチ袋だ。


「姉からの最後のお年玉だ」

「マジ?」

「無駄遣いすんなよ」

「わかってるって」


 軽口を叩いていると、カステラが僕の顎をぽすぽすと叩いてくる。


「にゃにゃ」

「あ、ごめん、カステラ。じゃ、姉ちゃん、日の出写真待ってて」

「はいはい。気をつけろよ、ほんとに」


 姉に見送られ、僕とカステラは手を振り、出発した。

 家の前は多少圧雪があったが、大きな道路に出れば雪は見当たらない。

 先日の雪も、気付けばある程度溶けてしまったようだ。

 開けた道を順調に走ってきたものの、林のとなりに差し掛かると、道路が凍っているのがわかった。

 仕方なく自転車を押して歩いていく。


「押すのは骨が折れるね」

「にゃ。にゃー!」


 マスクの中が結露でびちゃびちゃだ。

 顎に下ろしたとき、幾度目かのヘッドライトが横切った。


 ふと、思う。

 運転してる人は、これから帰る実家があったり、それこそ仕事があったりすんだろう、と。


 だからか僕は、思わずつぶやいていた。


「地球って、2024年、ホントに滅亡するのかな」

「まだ、わからない.....にゃ」


 僕はそのオッサン声に驚かなかった。

 彼らが地球への侵略者であるのは、間違いなかったからだ。

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