震えるからだ
@rabbit090
第1話
恋愛、なんてしたくなかった。
それは、きっとあたしの中にある、歪んだ感覚が、それを許さなかったからだと思う。
「でも、したんでしょ?」
「うるさいなあ…。」
「あんたいつも思うけど、それワザとやってんの?」
「いや、そういうわけじゃないって。」
「はあ。」
友人からはよく、そう言われる。
でも、あたしはどうしても自分の中に存在する心の揺らぎを隠しておくことができない。
それはあたしの体を通して、人の目に触れ、そして奇異なものを見るような目で、多かれ少なかれ、評される。
「いや、いやさあ。いいと思うのよ。私ずっと、美世大丈夫?って思ってたから。」
「でも、大した男じゃないのよ。無職だし、あんまりイケメンじゃないし。」
「はは、それは分かってるよ。でもさあ、いないよりマシじゃない?だいたい、無職って言ったって、今大学院にいるんでしょ?ならいいじゃない、将来きっと、安泰よ。」
「そうかな…。」
いつも、すごく楽観的な言葉をかけてくれるけど、あたしは信用していない。でも友達づきあいなんてそんなものでいいのだ、だって、ややこしい感情とか、そういうものが渦巻かないから、あたしは高校時代の同級生である彼女と、ずっと親交を保っている。
彼は、ダメな奴だ。
「おかえり。」
「ただいま。」
と、仕事をしているあたしが帰って来たなら、どうせ暇なんだしご飯でも作ってくれればいいのに、彼はしない。
しかし、
「買ってきたから。」
「わぁい。」
と、子どものようにあたしにすり寄ってくる姿は、あたしの心の中の何かをくすぐった。
等価交換じゃない、彼はあたしが、どうしてもだめな部分があっても、気にしない。それは、彼がダメだから?とも思ったけれど、この人、そもそも他人にそんなに関心が無いんだ、と言ことが最近分かった。
「はあ、論文の資料、集めなきゃ。」
「頑張って。」
「うん、でも俺さ、走り回らなきゃいけないから、だるい。」
「いいじゃない、あなたはそれが好きなんでしょ?」
「もう、分かってるじゃん。好きとかじゃなくて、俺就職したくないから大学院行ったって、さあ。」
彼は怒ったようにそう言った。
でも、実績としては評価されているし、そもそも大学院なんて皆行く時代じゃないのに、上手くやっていけるのだって、能力だと思う。
「それより、会社の方、大丈夫?」
「まあ、それは平気。」
「じゃあ、家族か…。」
「………。」
あたしも、彼も黙った。
だって、重いから。
あたしの家族は、とんでもない。
でもあたしは、彼らを捨てることができない、だって、許されないから。
母子家庭になって、あたしには下に弟が二人いて、そして二人とも、札が付くほどのグレようだ。(悪評)
「まあ、仕方ないよね。あたしも、もう最低限しか関わってないし。」
「そうだけど…。」
彼は何か言いたそうにして、口をつぐんだ。
何も、言えないのだ。彼の立場があまりお金を得ていないってこともあるけど、あたしと彼の関係は、そう、あった。
母は、あたしと弟たちを、必死に育てたのだと思う。でも、ダメだった。あたしも、弟も、そのしわ寄せというか、とにかく殴られた。
そのせいで、まあ多分だけど、弟はガチガチにぐれてしまって、手が付けられない。
そしてあたしはグレてはいないけれど、本当に些細なことで、体が、振動する。
いや、痙攣とでもいうのだろうか。
ああ、嫌だな。
あたし、もう、疲れた。
「ちょっと、ちょっと大丈夫?」
「…うん?」
「ここ、電車だよ。」
「…あっ。」
「駅員室行く?」
「平気…。」
「そっか、じゃあ、大丈夫そうじゃないから、しばらく一緒にいる。」
「えぇ?」
ていう感じで、彼は不躾な人だった。
あたしは、すごく疲れると、電車の中で意識を失ってしまう。
なんか、あたしの中の容量っていうか、そういうものがとうの昔に破壊されていて、そのせいですぐバッテリー切れを起こすのだ、と勝手に解釈していた。
なのに、
「あのさ、君のその症状。病院に行った方がいいよ。多分治るから。」
あたしは、半信半疑だった。
でも、彼の言ったとおりだった。
いつも通りの得体のしれない不調だと思っていたら、簡単に治る病気だった。
あまりにも簡単すぎて、あたしは、笑ってしまった。
「ありがとう。」
「よかったね。」
彼は、打算のない人間だった。
そして、あたしはただ、救われた。
それが、笑ってしまう程、拍子抜けで、アタシは彼から離れられない。でも、それでいいと、今は軽く受け流せるから、毎日が幸せだと、感じられる。
震えるからだ @rabbit090
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