第25話 訪問

 特に何事もなく翌日。

 石鹸はまだ完全に固まっていない。

「さて、今日は何をしたものか……」

「本日は予定がございます」

 志木はビクッとなって扉の方を見る。

 また付き人が音もなく立っていた。

「ミチェット局長から宮殿に来るように通達が来ています」

「宮殿? なぜそこに?」

「多分国王陛下に謁見するためね」

 ルーナが推察する。

「え? 国王の前に行けってこと?」

「そうなるわね」

(そんな恐れ多い上に面倒なことしたくねぇな……)

 これを口に出したらもっと面倒なことになると思った志木は、心の中で悪態をつく。

「そもそも国王に会ってどうするのさ?」

「異世界人は、時として有益な情報や技術を伝えてくれる存在。他国から来た外交官や大使と同じ身分として扱うことになっているわ。つまり、国王陛下と謁見することで『我が国は異世界人である貴方を歓迎していますよ』と国内外にアピール出来るの」

(割と近代的な外交手段だな……)

「裏を返せば、カイトはたった一人しかいない国家の代表として迎え入れられることになるわ」

「……それってとんでもないことでは?」

「とんでもないことよ」

 それを聞いた志木は、一瞬目の前が真っ白になった。コンマ1秒ほど失神したのである。


Tips!:志木は極度の緊張状態や、正座など血の巡りが悪くなる状態から解放されると、脳内の血液がサーッとなくなる感覚に陥るぞ。志木本人は血管迷走神経反射性失神によるものだと考えているぞ。


 なんとか持ちこたえた志木は、文字通り頭を抱えた。

「マジかぁ……。なんか勝手に責任だけ増えていってる感じするー……」

「それも運命よ」

「ぬぅ……。受け入れるしかないか……」

 志木は腹をくくる。

「では、こちらの服を着てください」

 そういって付き人から、スーツのようなものを貰う。

「え? これなんですか?」

「正装です」

「……これを着ろと?」

「はい」

 おおよそ自分の見た目には合わないような、キラキラとした装飾が施されている。

(これを拒否したら、すげー面倒なことになるんだろうなぁ……)

 志木は少し考え、答えを出した。

「はい……」

 仕方なく正装に袖を通す志木。

 少し大きめのサイズのようで、袖が余っている。ズボンも裾を折らなければ、床を擦ってしまうほどだ。

「少し調整する必要がありそうね」

 そういってルーナが、志木の着ている正装に手を伸ばす。

 そのまま正装の袖をまくり、サッと袖の長さを調整する。

 同じように、ズボンの裾をまくってちょうどいい感じに仕上げる。

「ぉ……。なんかあっという間に裾上げされた……」

「これでもお裁縫は出来るほうよ」

 そういってルーナは胸を張る。

「ふーん……。俺そういうのあんまりやってこなかった人間だから、ちょっと羨ましい」

 これは志木の本心だ。特に手先が器用なわけではない志木にしてみれば、手に職をつけた技能を持っているのは「羨ましい」のだ。

「ちなみにルーナは、今日の謁見に出席するの?」

「そのつもりよ。恰好はこのままになるけど……」

「お嬢様の分のご用意もあります」

「えっ」

 結局ルーナも正装に着替える。

 赤を基調としたドレスだ。

「アタシ、一応冒険者の身なんだけど……」

「その前に、ハシャリ家のお嬢様であることを思い出してください」

 志木とルーナは、駐屯地の宿舎の前に停めてあった馬車に乗り込む。駐屯地にあるような薄汚れた簡素な馬車とは異なり、かなりピカピカに装飾された豪華な馬車だ。

「訪問外交官用の馬車ね。異世界人の特権ってものかしら」

「ひぇ……」

 馬車に揺られること数十分。外を見ると、広い庭園が広がっていた。

(宮殿の敷地にでも入ったかな……)

 そして馬車が止まった。

 馬車の扉が開くと、儀仗隊が綺麗に並んで出迎える。

(うわぁぁぁ、めちゃくちゃちゃんとした式典だぁ)

 志木は思わず吐き気のようなものを催すが、喉元で抑え込む。

『異世界人、シキ・カイト。我らの召喚に応じたことに感謝する』

 馬車の横に立っていたスーツの男性がそのようなことを言う。

 そしてラッパの音が鳴り響いた。

「こちらへどうぞ」

 そのまま儀仗隊が並んでいる横を、ゆっくりと進んでいく。

(いやマジで近現代的な外交してるな……)

 儀仗隊の服装や持っている武器、はためく旗を全く動かさない様子など、まぁまぁ現代に通用する所作だ。

(ここ本当に異世界か?)

 そんな疑問も出てくる志木。しかし、目の前に立っている豪華絢爛な恰好をした男性のことを見て、志木は察した。

「ようこそ、ユーエン王国へ。我々はあなたを歓迎します」

 そういって男性は手を差し出す。

 志木も右手を出し、自己紹介する。

「は、初めまして。志木海斗です」

「初めまして、カイト殿。私が国王のエルシャ・ミカエルドです」

 柔和な姿勢を取る国王エルシャ。本当に一国の長なのか分からないくらいだ。

「さぁ、中に入りましょう。我々は友なのですから」

 そういって宮殿の中に案内される志木。

 正直ヤバいという感情以外出てこなかった。

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