第23話 不審者

 志木は反射的に腕を顔の前に持ってくる。

 その瞬間、魔法が発動したような感覚が起きた。その感覚はすぐに途切れる。

 次の瞬間には、耳をつんざくような爆発音が聞こえてきた。

「うわぁ!」

 爆発によって生じた爆轟が、志木たちの体に降りかかった。

 あたり一面に砂埃が舞い、視界が不良になる。

「カイト、大丈夫!?」

「な、なんとか……」

「お嬢様、お逃げください!」

 付き人がそう言う。ルーナが志木を連れて逃げようとすると、後ろにあった裏道からも爆発した音と煙が上がる。

「か、囲まれた!?」

「カイト! カイトの魔法を発動してアタシたちを守って!」

「りょ、了解!」

 そういってカイトは一息入れて、呪文を唱える。

『ウォール・モノリス!』

 半球状に白く濁った防御魔法が展開される。その中に志木とルーナ、そして付き人の3人が入った。

 しばらくして砂埃が晴れ、事態の全容が見える。

 目の前の建物は破壊され、完全に倒壊していた。後ろの方は建物の一部が吹き飛ばされた状態か。

 その様子を呆然と見ていると、全壊した建物のほうから人のようなシルエットが見える。

「あれは……」

 その人物は志木たちのことに気が付くと、ゆっくりと志木たちに近づいていく。

 そしてその姿が完全に現れた。

 全身を黒いローブで隠しており、その人相を確認することは出来ない。

「生き残ってるヤツがいるとは思わなかったな。想定外の事態が発生しているようだ」

 声からして、男のようだ。

 その男は、全く躊躇せずに志木の防御魔法に接触する。

 ヌプッと防御魔法に手を入れ、そのまま侵入していく。しかし、途中で何か硬いものに触ったようで、それ以上は入ってこなかった。

「うん……。なるほどな。こういう魔法か」

 そういって防御魔法から手を引く。

「次会う時が楽しみだ」

 かなり意味深なことを言って、男はその場を去っていった。

「な、何だったんだ……?」

 志木は魔法を解除しようと、手を下げようとした。

「魔法解除は待って!」

 ルーナが叫ぶ。志木はビックリしたものの、防御魔法を継続した。

「どうしたの?」

「犯人はどっかに行ったけど、まだ何かが残ってるかもしれないわ。このまま防御魔法を展開しながら移動するわよ」

「で、出来るかな……?」

「集中すれば何とかなるわ。襲撃された建物の様子を見に行くわよ」

 そういって志木の肩をグイグイと押す。

 志木は仕方なく防御魔法に集中する。イメージとしては、両手いっぱいの砂山をズズズと動かす感じである。

「ふぅー……」

 深く息を吐きながら、前進する。

(なんだこれ……。まるで巨大な岩を押しているような感覚だ……)

 しかし、それでも前進しているのは確かだ。

 そのまま全壊した建物の前に到着する。

(たった10メートル移動するのに5分くらいかかった……)

 すでに肩で呼吸しているが、まだ余裕はある。

 防御魔法を挟んで、ルーナが何かを見る。

「この感じ、何か変な雰囲気を感じる……」

 そのまま地面に散らばった残骸を一つずつ確認していく。

 地面にあった割れてない小瓶を拾い、その中身の匂いを嗅ぐ。

「この小瓶、聖水に似た液体なんだけど、本物の聖水じゃないわ」

 そして建物にかかっていたであろう看板を見る。

「ここ、聖水の代理販売店ね……。それなら聖水を売っていてもおかしくはないけど……」

 その時、ルーナの中で何かがカチッとはまる。

「聖水に似せた液体をわざと聖水に混ぜている……?」

「それよりもさ……、魔法解除していいかな……?」

 志木の集中は限界に近い。

「そうね……、解除しても大丈夫よ」

 志木はブハァと息を吐き出し、防御魔法を解除した。

「それで、一体何が分かったの?」

 志木はルーナに聞く。

「さっきの男は、聖水が世の中に広まっていくのを阻止したい事よ」

「……急に何?」

「少なくとも、今の世の中が不穏で不安定な状態であることを望んでいるはずだわ」

「いや本当に何?」

 ルーナの言っていることがさっぱり分からない。

「お嬢様、今は最寄りの庁舎に避難しましょう。ここは危険です」

「それもそうね。すぐに移動しましょう」

 そういって志木たちは、来た道を戻って厚生局へと駆け戻る。

 厚生局では、先ほどの爆発の様子を見ようと窓際に人々が集まっていた。

 そんな中、偶然にもミチェット局長と遭遇する。

「ルーナ、カイト、無事か?」

「えぇ、なんとか」

「申し訳ないが、治安当局が到着するまで面倒を見ることは出来そうにない。今日は宿じゃなくて、軍の駐屯地で寝ることになるかもしれないな」

 そんなことを話しつつ、ミチェットは外に走っていった。

「なんか大変なことになっちゃったなぁ……」

「そうね……」

 少し時間が経った後に、志木たちは治安当局に保護されるのだった。

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