事故で顔に怪我をした元学園のアイドルにそうとは知らず告白したら成功しちゃいました

マノイ

事故で顔に怪我をした元学園のアイドルにそうとは知らず告白したら成功しちゃいました

「ここ……何処……?」


 率直に言って、迷った。

 スマホは家の中に置き忘れ、ここは引っ越したばかりの地。


 近所のコンビニまで行こうと思っただけなのに、まさか迷子になるなんて。


「似たような風景ばかり……」


 迷い込んだのは入り組んだ住宅街で、既に自分がどちらに向かっているのかもあやふやだ。

 せめて大通りに出られれば、コンビニや交番で道を聞けるんだけどなぁ。


 通りを歩いている人に声をかけて道を聞くのは憚られる。

 恥ずかしいというのもあるけれど、周囲を歩いているのは子供や女性ばかりであるため、今の時代、不審者として通報されるかもしれないからだ。

 高校生ならセーフかも知れないけれど、確証が無いから不安だ。


「もうすぐ暗くなってくる。どうしよう」


 少し歩けば広い道に出られるだろうと内心では高を括っていたけれど、いつまで経っても抜け出せないことに不安を感じ始めた。

 傍から見ると挙動不審な態度になっていて、声をかけずとも通報されるかもしれない。


 そんな迷子と通報のダブルの意味で不安になり、不審な動きになっていたかもしれない僕に、救いの手が差し伸べられた。


「あの、お困りですか?」


 僕と同じ高校生くらいに見える若い女性だ。

 白い大きめのマスクをしていて、サラサラした前髪が顔の左側だけ目元を覆っている。


「その、道に迷ってしまって」

「あら、大変ですね。どちらに向かう予定でしょうか?」


 どうやら道を教えてくれそうだ。

 優しい女性に出会えたことを感謝しつつ、僕は自分の家の場所を伝えた。


「そこなら分かります。案内しますね」

「え?良いんですか!」

「はい、私もそちらの方向に向かう予定でしたので」


 マスク越しではあるが、柔らかく微笑んでいることが伝わって来る。

 道を教えてくれるだけで良いのに、まさか案内までしてくれるなんて。


 僕が迷い込んだ場所は家から結構離れた場所だった。

 到着までの間に無言で歩くのもなんなので、彼女と適当に話をする。


「こちらに引っ越してきたばかりなんですね」

「はい、面倒な手続きが今日ようやく終わりましたよ。明日から学校にも通います」

「学校への道は大丈夫ですか?」

「あはは、そっちはちゃんと覚えてますから」

「うふふ、ごめんなさい。でもスマホはちゃんと携帯してくださいね」

「は~い」


 普通の会話なのに、何故か楽しい。

 初めて会う相手なのに自然体で話が出来るなんて不思議な気分だ。


 この優しい人と一緒の学校だったら嬉しい。

 何処の学校に通っているか聞いたら、下心があるなんて思われちゃうかな。

 と思っていたら彼女の方から聞いてくれた。


「失礼になるかもしれませんが、どちらの学校に通うか聞いても良いですか?」

砂倉さくら学園の高等部だよ」

「……そう……ですか」


 あれ、なんで落ち込んだ雰囲気になってるんだ。


 一.実は砂倉学園は荒れていることで有名なので心配になった。

 二.彼女が僕と違う学校に通っていて、それが悲しかった。

 三.彼女が僕と同じ学校に通っていて、それが嫌だった。


 二番目だったら嬉しいけれど、一や三だったら最悪だ。


 黙り込んでしまった彼女の横顔を見ていたら、少し強めの風が吹いた。

 すると彼女の左目を覆っていた髪が風に乗って巻き上げられ、隠されていた部分が露わになった。

 彼女は慌てて手で抑えたが、僕は見てはいけない場所を見てしまった。


「(あれを隠したかったんだ)」


 左目の上部から頬に向かって弧を描くように深い傷がある。

 それを見られたくなかったため、隠していたのだろう。


 このことは触れないであげよう。


「あなたと同じ学校だったら嬉しいな」

「え?」


 僕に見られたことで慌てていた彼女だったが、僕が何事も無かったかのようにスルーしたからか驚いていた。

 いやいや、普通の人はスルーするでしょ。


「こうしてせっかく知り合えたんだから学校でも仲良く出来たら良いなって思って。あ、別にこれ口説いてるとかじゃないですからね!」

「…………」


 わざとらしくちょっと茶化してみる。

 気を使っているのはバレただろうけれど、これまで通りにお話ししましょうっていう僕の気持ちが伝わったのだと信じたい。


「そういえば、ここらへんでお勧めのスーパーとかあります?」


 僕がこれまで通りに自然に話しかけると、彼女も段々と以前の調子に戻って来た。

 元気が出たようで良かった良かった。


「着いた!本当にありがとう!」

「どういたしまして、です」

「出来ればお礼したいんだけど……」

「お気になさらないでください!」

「そういうわけには行かないよ。あ、そうだ、ちょっと待ってて!」


 マンションの部屋に急いで戻り、あるものを持って来た。


「はぁっ、はぁっ、待たせてごめんね」

「いえ……」

「はい、これあげる。苦手なのがあったら言ってね」

「え……そんな、貰えません!」

「気にしないで。親戚が作ってて送られてきたのだから、タダみたいなものなんだ。毎年大量に送られてくるから余らせないように近所の人に配ってたんだけど、今年は引っ越しした直後で知り合い居ないからさ。貰ってくれると助かるんだ。あ、それだと僕がまた助かっちゃうからお礼にならないかな?」

「うふふ、そういうことならありがたく頂きますね」


 彼女は僕が渡した果物達を嬉しそうに受け取ってくれた。

 良かった良かった。


 その日の晩、僕は重要なことに気が付いた。

 彼女の名前聞いて無いじゃん!


 道案内をしてくれただけの相手なのに、僕は寝入るまでずっと彼女の事が頭から離れなかった。




榊原さかきばら琉兎戸るうとです。変わった名前ですが純日本人です。よろしくお願いします」


 翌日、僕は砂倉学園へと転入し、クラスメイトの前での自己紹介の時を迎えていた。

 興味津々と言った感じのクラスメイトを壇上から眺めていると、見知った顔を発見した。


「(あの人がいる!まさか同じクラスだなんて漫画みたいな展開だ!)」


 昨日、道を案内してくれたあの女性がいたのだ。

 僕は嬉しくなり、今すぐにでも駆け寄りたい気持ちで一杯だったが、授業がすぐに始まるのでそれは出来なかった。

 また、授業の合間の休み時間も、他の人が話しかけに来てくれるので、彼女の元へ向かう時間が無い。


 結局、彼女と話が出来たのは昼休みになってからだった。

 僕はクラスメイトとの会話が途切れたタイミングで、彼女が座っている席に向かった。


「あの!昨日はありがとう!」

「……あ……うん」


 あれ、何か元気が無いぞ。

 それに、教室の空気もなんか変な感じだ。


「まさか同じ学校の同じクラスだなんてびっくりだよ。そうだ、名前聞いて良い?」


 クラスメイトなんだから、名前を聞くのは自然だよね?


「……山吹やまぶき……香澄かすみ

「山吹さんだね、これから仲良くしてね!」

「(ふるふる)」

「え?」


 山吹さんは小さく首を振って、拒絶の意を示した。

 なんで?昨日はあんなに親し気に話をしてくれたのに。


「私には……近づかない方が……良いから」


 彼女の暗い表情、クラスメイト達の不穏な雰囲気、優しい筈の彼女が僕を拒絶。


 このシチュエーションはまさか、イジメか!?


 だから昨日、僕が同じ学校に通うと知って暗い顔になったのか!


 その僕の想像の答え合わせをするかのように、ある人物が近づいて来た。


「転校生クーン。その子はキモイから近づかない方が良いよ。あっはっはっはっ」


 チャラい。

 それが第一印象だった。


 中途半端に焼けた肌と明らかな厚化粧。

 カラフルに染めた髪は一見おしゃれに見えなくも無いが、手を入れ過ぎていて傷んでいるようにも見える。

 ピアスはもちろんのこと、アクセの類をじゃらじゃらと身に着け、制服は原型が分からなくなる程に改造されている。


 明らかに校則に違反していて先生に怒られそうなのに、大丈夫なのかな。


 女子目線だとこれが可愛いの範囲内なのかもしれないが、男子目線だと完全にアウトだ。

 オタクにも一般人にも優しくなさそうなギャル女。


 そう感じる男子は僕だけじゃないはずだ。


「ほらほら、ここ見てよ」

「なっ!?」


 その女子はあろうことか、山吹さんの前髪をかき上げ、傷を僕に見せつけた。

 どう考えても彼女にとって見せるのが辛い傷なのに……なんて酷い奴だ。


「ねーキモイっしょ。なんか知らんけど事故ったんだってさ。女の子の大事な顔にこーんな傷がついたら、あたしだったら死んじゃうかも。あっはっはっはっ!」

「……」


 あまりの物言いに、僕は激怒……出来なかった。

 自分の中の常識ではありえない程の暴言であったがゆえ、怒りよりも現実感の無さが先に湧いてきたからだ。


「ちょっと顔が良いからって調子に乗ったから天罰が当たったのよ。ざまぁ」

「……」


 いくらなんでもここまで言うか?

 もしかして元々何らかの確執があって、それで山吹さんの悲劇につけ込んだってことなのかな。


「転校生くんも、そんなキモイ女が傍にいるのは嫌っしょ。さっさと離れた方が良いよ」

「嫌じゃないよ」

「はぁ?」

「…………え?」


 山吹さんとこの人の間に何があったのかは知らないけれど、そんなこと受け入れられるわけが無いじゃないか。


「だから、別に嫌じゃないよ」


 この人へのあてつけではない。

 本当に気にならない。

 傷があったから何だって言うんだ。


 不愉快な女が来てから俯いているだけだった山吹さんは僕を見上げて驚いたような表情で見つめてくる。


「チッ、物好きが。いや、もしかして傷が治るのを期待してツバつけとこうって魂胆か?顔が良いって得だねぇ。でも止めときな、こんな深い傷が直ぐに治るわけないだろ。貴重な高校生活を棒に振るもんじゃないぜ。あたしがもっと綺麗な顔した良い女紹介してやろうか?まぁ、大抵はそいつより綺麗だろうけどな!」


 こいつは僕が何を返しても山吹さんを侮辱するのか。

 流石に僕も怒り心頭に……あれ、顔が良い……?


「山吹さんってもしかして凄い美人なの?」

「はぁ?」

「だって僕、山吹さんの素顔見たこと無いし」

「……」


 初めて会った時も今も山吹さんは大きなマスクで顔を隠していたから素顔は分からない。

 当然、傷を負う前の姿も知らない。

 そっか、山吹さんって美人なんだ。


「それじゃあ山吹さんって人気あるんだね……」


 美人であんなに人当たりが良い人なら、彼氏の一人や二人いてもおかしくない。

 しょんぼり。


「ハッ!怪我をする前はこのキモ女に群がって来る馬鹿共が沢山いたがな。今のこいつに近寄るクズなんて居るはずないだろ!」


 『群がって来る馬鹿共』の所でこの女の口調がこれまでで一番強くなった。

 嫉妬かな?それとも好きな男子が山吹さんに告白したとか?

 どっちにしろ、これほどの侮辱をして良い理由にはならない。


 今度こそ怒……え、今はフリーなの?


「だったら今が絶好のチャンスだね!」

「は?」

「え?」


 よし、勇気を出すんだ、僕。

 みんなの前でやるのは恥ずかしいけれど、ここでやればこの女に一泡吹かせることが出来る。


 そうじゃない。

 山吹さんが暗い顔をしているのを一分一秒でも早く終わらせたいんだ。

 彼女には昨日と同じように笑っていて欲しい。


 僕の隣で!


「山吹さん、僕と付き合って下さい!」


 その瞬間、教室内の時が止まった。


 遠巻きに見ているクラスメイトも、目の前のクソ女も、山吹さんも、僕の唐突の告白で思考がフリーズしているようだ。


「……な……なんで?」


 最初に復帰したのは山吹さんだった。

 か細い声で、僕の告白を不思議がる。


「昨日、山吹さんに助けて貰ったでしょ。あれが凄い嬉しかったんだ」

「あんなの……大したことない……よ?」


 確かに単なる道案内と思えば、大したことのない行為だったかもしれない。

 でも山吹さんの立場で考えると、アレがとても勇気がいることだと分かるんだ。


「ううん、あれは凄い勇気がいることだよ。だってさ、いくら僕が困っていたからって、人通りが少ないところで女性から男性に声をかけるのはやっぱり怖いと思うんだ。それに、山吹さんは怪我を見られたくないはずなのに、見られる危険を冒してまで僕を助けるために声をかけてくれた。信じられないくらい良い人だよ」

「……ふぇ?」


 これほど褒められることは予想外だったのか、変な声が出る山吹さんがちょっとかわいい。


「それに、少し一緒に歩いただけだったけど、山吹さんと会話するの楽しかったんだ。こんな人がいつも隣に居てくれたら良いのになって思って、昨日の夜はちょっと眠れなかったや、あはは」


 うわー僕何言っちゃってるの。

 本当だけど……本当だけどさ!

 なんかもう恥ずかしい!


 あ、でも山吹さんも意識してくれてるかも。

 マスクがあるから良く分からないけれど、ちょっとだけ頬が赤くなっている気がする。


 もしかしたらこのまますんなりとOK貰えないかな、なんて淡い期待を抱いていたが、もちろんそうはならなかった。


 山吹さんは少し俯いてから、マスクを外した。


「でも……私……こんなだよ?」


 彼女の顔には、左頬から顎の方にかけても深い傷があった。

 傷は髪に隠れた部分だけでは無かったのだ。


 不安そうに揺れる目で、山吹さんは僕を見つめる。


「そ、そうだそうだ!こんなキモイ女を選ぶなんてあり得ない!」


 傍で何か喚いている女がいるけれども、よくこの空気に割って入れるよな。

 まぁ僕の耳にはもうそんな言葉は入らず、山吹さんの顔から目が離せなかったが。


「ううああ……予想外すぎだよぉ」

「……」


 思わず漏れてしまった僕の言葉を聞いて、山吹さんがショックを受けたようにまた俯いてしまう。

 ああ、違う、これじゃあ傷があることを僕が嫌がってるみたいじゃないか。

 釈明を……って言わなきゃダメなの!?


 もうここまできたらどうにでもなれ!


「傷があってもそんなに綺麗なら、無かったらもっと綺麗なんだろうね」


 うわー言っちゃった、言っちゃったよ。

 顔が熱い!くさすぎるかな!ドン引きされないかな!

 ああもう逃げ出したいくら恥ずかしいよおおおおおおおお!


 でもどうやら頑張ったことで僕の本心は山吹さんにしっかりと伝わったらしい。

 しょげて俯いていた顔はそのまま俯いたままだけれども、真っ赤になっているのが上から見ても分かる。

 意識してくれたならチャンスはあるかな!


 最後にもう一度畳みかけよう。


「山吹さん、好きです。山吹さんは傷について気にしていると思うけど……」

「……」


 僕の言葉に山吹さんはぎゅっと目を瞑る。


「僕も一緒に綺麗に治す方法を考えたい」

「……!」


 これまた何度目かの驚愕したような表情になり僕を見上げた。

 なんで驚くんだろう。

 僕、変な事言ってないよね。


「馬鹿じゃないの!?普通に考えてこんなキモイ女に告白するなんてあり得ないっしょ!絶対止めた方が良いって!関わるなって!」


 うわーまだ喚いてる。

 どうしても山吹さんを孤立させたいのか?

 いい加減にしてくれないかな。


 そろそろビシっと言っておこう。


「僕は山吹さんに振られても、彼女が心から嫌がらない限りは関わって、傷を治す手伝いをするよ。手伝いを断られたら、傷には触れないようにして話し相手になる。それも断られたら……思いつかないけど、山吹さんが笑って居られるように頑張るよ」


 絶対に山吹さんの力になるんだと、見捨てることなどあり得ないのだと、宣言する。


「だって、好きな人が困っていたら助けてあげたいって思うのは当然の事でしょ」


 僕は別に風変わりな考え方をしているわけではないはずだ。

 誰もが思う自然な気持ちのままに行動しているだけ。


 僕は彼女と一緒に心から笑い合いたいんだ。

 昨日、歩いていた時のように。


「それに山吹さんと逆の立場だったら、きっと彼女は相手が好きな人じゃなくてもそうすると思う。僕はそんな山吹さんに憧れて好きになったんだから、山吹さんに手を差し伸べ続けるに決まってるじゃないか」 


 それを止めてしまったら、僕は山吹さんの恋人になる資格はない。

 僕は彼女の横に立てる男になると誓ったんだ。

 この想いを自覚したのは実はたった今だけど、そんなことはわざわざ言わない。


 さて、止めを刺そう。


「あなたが山吹さんにどんな恨みがあるのかは知らないけど、僕は絶対に彼女の味方であり続けるよ」


 だからお前の狙い通りに何かならないぞ。


「~~~!!」


 ギャル女は、あまりの怒りで言葉が出なくなったようだ。

 歯を強く食いしばりこっちを睨みつけているが、その程度の視線で僕が退くと思うなよ。


「てめぇ覚えてろよ。あたしにケンカ売ったこと後悔させてやる!」


 喧嘩売って来たのはそっちなんですが。

 陳腐な負け台詞を叫んで、ギャル女は教室を出ようとする。


 はぁ、なんかあの女、力でクラスのカースト上位に君臨しているキャラっぽいし、面倒なことになりそうだなぁ。

 クラスの女子が全員敵に回るとか。

 僕だけならまだしも、山吹さんに被害が及ばないように何とかしないと。


 と思いきや、そんな懸念は秒で払しょくされることになった。


「後悔するのは貴方よ」

「んあ!?」


 僕達から距離を取っていたクラスメイトの女子が僕らの方へやってきた。


「ごめんね、香澄。本当にごめん。私も香澄の力になりたい」


 そして涙を浮かべて山吹さんに謝罪したのだ。


「私もっ!ごめんなさい、山吹さん!」

「ごめんなさい!」


 それをきっかけに他の女子も僕らの方にやってきて、山吹さんに謝っている。


「てめぇら!どうなるか分かってるんだろうな!」

「ハブろうが何しようが好きにすれば良いわ。もうあなたの命令は聞かない」

「ぐうっ……!」


 ええと……何がどうなってるの?

 というか、僕の告白はどうなったの!?







 僕が告白した翌日の朝、マンションを出ると山吹さんが待っていた。


「山吹さん!?」


 結局昨日は女子達が山吹さんを囲っていたので、一世一代の告白は何も進展が無かった。

 山吹さんは女子達と仲直りしていた雰囲気だったので、邪魔するのも悪いと思い話しかけずに帰宅したのだ。


 今日こそは告白の返事を聞きたいなと思っていたところ、いきなり遭遇して驚かされた形である。


「どうしてここに……ってそうか、僕の家知ってるもんね」


 一昨日迷った僕をここまで連れて来てくれたのは他ならぬ山吹さんだ。

 僕に会うためにここまで来てもおかしくない。

 って僕に会うために……?


 今日の山吹さんはマスクをしていなかった。

 それどころか、長い前髪もヘアピンで寄せて顔全体が見えるようにしている。

 その顔は真っ赤だ。


 僕が山吹さんの前まで辿り着くと、彼女は僕にある一言を告げて綺麗にお辞儀をする。


「よろしくお願いします」


 ええと……何を?

 ってそうじゃないでしょ。


 雰囲気で察しろよ、僕!


 うわ、ほんと?マジで?いいの?

 やったああああああああ!


 ここがマンションの前じゃ無かったら全力で叫んでたよ。

 ああもう、この嬉しくてたまらない気持ちをどう発散させれば良いんだろう。


 感情が爆発しそうな程の喜びに打ち震えている僕だったが、顔を上げて照れくさそうにはにかむ山吹さんの笑顔に我慢が出来なくなり抱き締めてしまった。


「山吹さん!」

「キャッ!」


 小さな悲鳴を聞いて、慌てて体を離した。


「あ、ご、ごめんなさい!」

「ううん、ちょっと驚いただけだから大丈夫」


 良かった、いきなり嫌われたらどうしようかと思った。

 いくらなんでも付き合い出していきなりこの距離感は無いよね。


 と、思った僕は間違いでした。


「それじゃあ学校に行こっ、るぅくん」

「へ?ええええええええ!?」


 ちょっ、距離感バグってないですか!?


 体を寄せて右腕抱いて来るんですけど!

 右腕に柔らかい感触があるんですけど!

 良い香りがするんですけど!


 というか、るぅくんって何!?


「あ、あの……山吹さん?」

「香澄」

「え、ええと」

「香澄」

「……」

「か・す・み」

「香澄……さん」

「かーすーみ」

「香澄」

「よろしい」


 山吹さ……香澄ってこんなキャラだったの!?

 もっと大人しいタイプかと思ってた。

 いやその、嬉しいけどね。


 香澄の行動はとても積極的で僕はドキドキさせられっぱなしだったけれども、すぐにあの時のように自然に会話を楽しめるようになった。

 やっぱり相性が良いのかな。


 色々と話をする中で、クラスメイト女子のことも教えてくれた。


「彼女に逆らったら何をされるか分からなくて怖かったのよ」

「だからクラスの女子は仕方なく香澄と距離を置いてたんだね」


 女子のカーストは絶対で、香澄を助けようとするならあの女、山根というらしいが、そいつに敵認定されていじめに近い扱いを受けるかもしれなかった、とのこと。


「るぅくんのおかげで皆と仲直りできたの。ありがとう」

「僕が?何かしたっけ?」

「うふふ」


 香澄は答えてくれなかった。

 まぁ香澄が幸せならそれで良いけどさ。


「そういえばさ、香澄って怪我する前は学園のアイドルだったんだって?」

「そうです、なんて自分では恥ずかしくて言えないんですけどー」

「あはは、確かに」


 昨日、クラスの男子に教えて貰ったんだ。

 そんな素敵な女の子が彼女になるなんて、僕は幸せ者だ。


「でもさ、それなら傷を気にせずに告白する人もいたんじゃないの?」


 山根も言っていたが、傷が治ることを見越して付き合いたいと考える男子がいてもおかしくはない。

 もちろん馬鹿正直にそんなことは言わないだろうし、傷ついた香澄に優しい言葉をかけたら靡いていた可能性がありそうだ。

 それなのに何故香澄が誰にも心を許さなかったのか、そして僕はOKだった理由が少し気になった。


「居たけど、みんな酷いんだもん」

「酷い?」

「みーんな、口を揃えて『俺は傷なんか気にしないから』って言うんだよ」

「あ~それは酷いね」


 それは香澄の事をフォローしているようで、全くフォローになっていない言葉だった。


 香澄としては辛い気持ちを共有して一緒に乗り越えて欲しいのに、俺は気にしない、などとそもそも共有する意思を持ってくれないのだ。

 その時点で好感度がダダ下がりになることは間違いない。


 もちろん、告白してきた男子の中には、香澄が必要以上に気を使わないようにと善意で伝えただけであり、付き合ったら苦しみを共有してくれる人もいたかもしれない。

 だが表現があまりにも悪かったのだ。


 その男子には悪いが、僕としては感謝しかない。

 おかげで香澄と付き合えたのだから。


 ……やっぱなし。香澄がその言葉で傷ついたかもしれないので感謝は撤回しよう。


「気にするに決まってるじゃん。だって好きな人が困ってるんだよ?それを気にしないなんてありえないよ」

「うふふ、そんなるぅ君だから私は好きになったの」


 好きって言ってくれた。

 嬉しい!


 その後も時折甘さを交えつつ雑談をしていると学校に近づいて来る。

 すると登校中の生徒達がチラチラと僕らを見てくる。


 僕らの関係が気になるというのもあるだろうが、大きな原因はやはりアレだろう。


「そういえば、今日は顔を見せてるけど大丈夫?」


 これまでは人目を気にして髪やマスクで傷が見えないように気を使っていた。

 また、自惚れてると言われても仕方ないけれど、特に好きな人には自分の醜い姿を見せたくないはずだ。


 それなのに今日は堂々と傷を見せている理由が気になった。

 

「う、うん」


 しかし彼女は僕の質問に顔を真っ赤にして答えるだけで、その理由は決して教えてくれなかった。







「(傷が治って段々と綺麗になる自分を好きな人に見て貰いたい、なんて言えないもん)」







 その後、山根に関するちょっとしたトラブルがあったり、傷に関してクラスの女子達にも力を借りていたら香澄に勘違いされて拗ねられたり、あまりのいちゃいちゃっぷりにクラスメイトから大抗議があったりと、色々な出来事はあったけれども、僕らは幸せな高校生活を送っていた。


 傷に関しては様々な治療を試したことでかなり目立たなくなったが、傷跡を完全に消し去るのは無理らしい。

 でも香澄は決して無理に化粧で隠そうとはしなかった。


「あの頃は本当に辛かったけど、この傷のおかげでるぅくんに救って貰えたから、そんなに悪いものでもないかな」


 そう言って優しく口元の傷跡を撫でる香澄が愛おしくて、僕は美しさを取り戻した彼女に口づけをする。

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事故で顔に怪我をした元学園のアイドルにそうとは知らず告白したら成功しちゃいました マノイ @aimon36

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