49. 引退

 日陰を見つけ、そこに御崎高校女子バスケットボール部一同は集合する。

 膝を負傷したもなかをベンチに座らせ、岩平の言葉を待つ。


「おもしろい試合だった」


 遥たちは静聴する。


「惜しかったな。悔しいな」


 漂う敗北感が空気を重くしていた。


「舞はこれで高校の部活は引退だな。三年間お疲れ。人数が足りない期間とか色々あったけど、気長にやってくれてありがとな」


 舞は目を閉じ首を小さく横に振った。


「最後に大会出られてよかったよ。この二ヶ月さ、ほんと楽しかった」

「それはよかった。俺も楽しかったよ」

「もちろんそれまでも楽しかったけど、やっぱり人数が揃ってからは一段と楽しかったな」

「勝たせてやれなくて悪かったな」

「やめてよ」


 舞は笑い飛ばす。


「敗因は先生にないよ。先生がいなかったらあんな接戦できるレベルには届かなかったし」


 舞はこれまでを振り返るように続ける。


「ほんと二ヶ月程度でよくチームとしてここまでまとまったよね」

「みんながんばったからな」

「これからこのチームはもっと成長するんだろうね。個々の力もバスケへの理解も深まっていくだろうし戦術面も多彩になる。正直言うとさ、そんなみんなが羨ましい」


 あーあ。いいなー、と遠くに視線を向ける。


「留年したらもう一年できるかな」

「ばか」


 岩平が軽くチョップをした。


「痛っ」


 舞は笑う。


「ほんと今日ほど自分の誕生日を恨めしく思ったことはないよ」


 舞の誕生日は四月一日。

「生まれるのがあと一日遅ければ」「同じ学年だったのにね」と杏ともなかが話していたことがあった。


「ま、俺にとっちゃ仲間ができて嬉しいよ」


 岩平が笑顔を向ける。


「どういうこと」

「舞がこっち側になったってことだよ。言っとくけど舞が羨ましいと思ったずっと前から俺は選手のお前たちが羨ましかったんだからな。ようこそ、こちら側へ」


 舞は屈託なく笑う。その表情はいつにもましてさっぱりとしていた。


「そういうことか」


 舞は感慨深げに言った。


「ありがとう」

「あ、いや。こちらこそ」

「ん」と舞が二度見した。


「ちょっと。杏、あんた泣いてんの」

「ま、舞はんにはそんなふうに見えるんだ」

「誰が見たってそうでしょ」


 舞は杏を抱き寄せた。


「本当にそういうのじゃないから」

「声震えてるよ」

「……まだ引退しないでよ」

「無茶言うね」

「舞先輩……」


 舞は暗い面持ちの環奈と早琴の頭に順に手をやった。電車通学の彼女たちは部活中だけでなく登下校の時間も舞とともにしていた。


 ぐっと唇を噛んでいたもなかの目にも涙がこみ上げる。

 舞は杏を胸に抱いたままベンチに腰を下ろし、もなかのを抱き寄せた。


「もう、泣かないでよ。こっちまで湿っぽい気分になってくるじゃん」


 と舞は笑ってみせる。


「私も舞ともっとバスケがしたい」


 遥の隣でつかさがぽつりと言った。


「そうだね」

「もう絶対無理なの?」

「公式戦はそうなるね。冬の予選の出場条件が変更になるか新しい大会が新設されない限りは」


 遥は胸のつかえが取れない。

 中一のとき、三年生の引退が決まった際にはなんとも思わなかった。中学も高校も三年生と過ごした期間は同じくらいなのに。


 舞の引退が確定して自分が思っていた以上に舞が大好きな先輩になっていたことが身にしみた。

 改めて、部員は少なくてもこのチームでよかったと思う。しかしそう思えることで敗戦の悔しさは膨れ上がった。




 

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