47. ラストショット
タイムアウト明け、川貴志はフロントコートからスローインを行う。
御崎はファウルゲームを続行する手はずだが川貴志がどういった作戦を立ててきたのかが気になるところ。
最悪なのはボールを奪うこともファウルもできずボールを回されてしまうことだ。もう一つやられるとまずいことがあるが時間を使われてしまうことに比べればまだましだ。時間を使われてしまえば攻撃権を得ることなくゲーム自体が終了してしまう。
敵はどんな指示を受けたのか。数パターンが頭に浮かぶ。
審判からスロワーにボールが手渡された。スローイン側はこの瞬間から五秒以内にスローインしなければならない。
「入った」とスロワーが声を出して味方に周知させる。
最善はボールを入れさせず、五秒オーバータイムで時間も得点も無傷でマイボールにすること。もちろん容易ではない。ボールが入ってしまえば〇・一秒でも早くファウルにいく。
れのが動いた。
二枚のスクリーンがつかさを阻む。スイッチするなら環奈だった。だが環奈だとファウルをかわされる恐れがあった。よってスイッチはなし。なんとか追いついたつかさは、れのがスローインを受けるやファウル。
コンマ数秒時計が動き、止まる。
そうきたか。
岩平からも注意するよう言われていたから想定はしていた。それでも阻止することはできなかった。
今のプレー。一つ目の狙いは、れののマークをつかさから環奈にスイッチさせようとするもの。環奈なら簡単にはれのに触れられず、うまくいけばタイムアップも可能と考えたのだろう。
そしてもう一つはスイッチしなかった場合だ。
いくつか選択肢はあったろうが川貴志はれのにボールを入れた。川貴志にとってはゲームを有利に進めるための布石になるからだ。
それはつかさがファウルせざるを得ない状況を作り出すことにある。
審判がつかさのファウルをコールする。
オフィシャル席から個人のファウル回数を示す旗が出された。
表記されたその数字は『4』。
四回目のファウル。あと一回で退場。
これがやられるとまずいもう一つのことだった。
現在得点は川貴志リードの三点差。
残り時間は八・三秒。
川貴志のフリースローが一本でも決まって四点差以上になれば、同点あるいは逆転するためには最低二回の攻撃を要する。
一本だけ成功の四点差であれば3ポイントシュート時にファウルを誘い、四点プレー成功なればワンプレーで同点にできるが現実的ではない。
忘れてはならないのが、その二回の攻撃を行う間には川貴志の攻撃がもう一度回ってくるということだ。悠長に守れる時間はない。
ではどうするか。川貴志にスローインされてしまった場合、またファウルで時間を止めねばならない。そうなれば先ほどのつかさのファウルがきいてくる。
もし先ほど同様につかさがファウルせざるを得ない状況をつくられたら……。つかさはファウルで退場。逆転に望みを繋げられはするものの、エースを失った上での四対五、スローインすらも困難になる圧倒的不利を受ける。
ボールを持っていない選手にファウルにいっても、最終クォーター残り二分を切ったこの場面ではフリースローに加え攻撃権まで与えることになるので勝利は遠のくだけだ。スローイン前のファウルも同様に扱われる。
れのがフリースローに向かう。
二本とも外してくれればいうことはないがリバウンドは絶対ものにしなければならない。
一本目成功。四点差。
チーム事情で途中からリバウンドに入っている遥は二本目に集中する。ひどく緊張する。このリバウンドを取られたら最悪ゲームオーバー。神経がすり減る。
二本目も成功。五点差。
せっかく得点したのに差が縮まらない。
れのはこの局面において落ち着き払っている様子だった。つかさ同様にこの程度のプレッシャーならば物ともしない場慣れ感が外見には現れていた。
遥はネットをくぐったボールを拾い上げ、ディフェンスの態勢が整う前にとスローインを急ぐ。
舞が貰いに来たので入れる。
入れ替わるように敵陣へ上がったつかさにパスが繋がる。
もう一度攻める時間を残すため早急に得点する必要があった。
八・二、八・一、八・〇、七・九――
残り時間が一分を切るとタイマーには十分の一秒まで表示される。細かい時間表示に変わると、変わったその様はまるでものすごい勢いで時間が吸い込まれていくようだった。急げ急げとタイマーが急かす。時間がないぞとタイマーが主張する。
れのがつかさの正面に入った。つかさは3ポイントライン手前で急停止からシュート体勢に。床から足が離れたタイミングに合わせれのも飛び、めいっぱい手を伸ばす。
その手はボールには届かない。が、つかさは苦しいシュートを余儀なくされた。普通ならリングに届かせるだけでも難しい。
お願い。
遥は願った。しかしボールの行方を立ち止まって見ているわけにはいかない。シュートの成否に関わらず次のプレーに備えなくてはならないのだ。遥は敵陣へ走る。
ボールが宙を舞う間も時間は止まらない。
残り四・三秒、時計が止まる。
「おおー!」
会場がどっと沸いた。
二階席、試合が終わるのをコート脇で待つ他校のバスケ部、足を止めた通りすがりを釘付けにする。そして期待、興味、興奮。次元の違う二人のプレイヤーに熱い視線が注がれる。
3ポイント成功。これで二点差。
「ディフェンス整う前に早く!」
敵はスローインを急いだ。川貴志もタイムアウトを使い切っていて、一度落ち着くことも作戦を確認することもできない。
御崎はボールが入ったら即ファウルしなければならない。そしてフリースローが二本とも成功しないことを祈るしかない。
もしも二本とも決められれば四点差。時間的に勝利は絶望的となる。
遥は四番を、つかさはれのをつかまえた。他の味方はフロントコートに上がっている選手についている。
遥は四番にパスしやすいよう意図的に間合いを空けた。逆につかさはれのに対してぴったりとつく。
スロワーは四番に入れてこない。目線などかられのにパスしようとしているのは明らかだった。
四番がアクションを起こした。れののもとへ走り出したのを遥は追う。行かせないよう体で阻止できればよかったができなかった。
四番はスクリーンをかけにいこうとしていた。つかさとの連携がうまく取れなければ最悪勝負が決まってしまう。
「つかさちゃんスクリーン!」
四番はスクリーンをセット。
と見せかけ、スルー。トラップだ。遥を置き去りにし前方へ抜け出した。遥はれののスクリーンに阻まれて追えない。
スロワーから四番が走り込む右サイドの空間へ山なりのパスが投げ入れられる。
距離的に舞か早琴ではファウルにいけない。へたに飛び出せばパスを回されてしまうだけだ。
選択肢は一つしか残されていなかった。
つかさがスイッチし四番を追った。山なりのパスに手が届きかける。が、一歩及ばず、四番がボールを受けた。
ボールに触れた瞬間からタイマーが動きだす。
四・二、四・一――
川貴志にすれば同じファウルをされるなら、わずかでも笛を遅らせ、御崎がオフェンスに割ける時間を削りたいところ。理想的なのはファウルの手から逃げおおせタイムアップで勝利を確実にすることだろうが。
四番の前は空いている。そしてつかさは後方。
四番はドリブルで前進する姿勢を見せる。後方のつかさはファウルにいける距離にいる。
後ろから掴みにいくかと思いきや、四番がドリブルを開始する間際、つかさは最短距離で正面へ回りこんだ。向きが変わり、つかさから見て左サイド、四番と対峙する。
不用意なドリブルが命取りとなる。
四番が左手でついたボールが跳ね上がるそこへ、滑空するようにして肩から突っこんだつかさの左手が割り込む。
居合を放ったような一瞬の出来事。
つかさはドリブラーとボールの間を引き裂くようにかすめ取り、四番の後ろ、進行方向へ抜ける。一転、四番が追う形に。
紙一重で体の接触はない。よってノーファウル。もし四番がドリブルした左手と同じ側の右手から突っこんでいれば衝突していたことだろう。
願ってもないチャンスが到来した。守っていた場が攻める場に。ゴールはすぐそこだ。
「――三! 二!」
ベンチから声が飛ぶ。時間がない。
「つかさちゃん!」
遥はゴールへ走る。
オフェンス二人に対応すべく、れのが遥とつかさの間に立った。
それを見てゴール下でパスを受けるのは難しいと判断した遥はコーナーへ広がる。
いや。遥は思い直す。二点差でラストプレーとなるこの状況で二点ではだめだ。二点であれば同点。第四クォーターを同点で終了した場合は五分間の延長戦に突入する。
リードもスタミナもない状態から五分間。しかもつかさは4ファウル。御崎としては相当厳しくなる。
どうするか。決定権はボールをコントロールしているつかさに委ねられる。
3ポイント。
つかさはスリーを狙っていた。
クラッチタイムにめっぽう強いつかさ。この土壇場、つかさならきっと決めてくれる。
だが、飛ぶように速く、チェックに入ったれのが一瞬で間合いを詰める。
マークを受け渡すように四番が遥のもとへ駆ける。
つかさは既にシュート体勢。足は床から離れている。れのも飛んでいる。それも完璧なタイミングで。このままではいくらつかさといえどシュートを打つのは難しい。
つかさは空中でシュートからパスに切り替える。
遥がフリー。だがそのパスコースに四番が駆けつける。
うそ、そんな……。
普通なら簡単に遥へパスを通すことができた。しかしそれができなかったのはれのと四番のスムーズなスイッチとつかさの判断と動きを一瞬遅らせたれのの技術。それらが合わさったからこそ成し得た芸当。
滞空時間の長いつかさも最高到達点から落ち始めている。ボールを持ったまま着地してしまうとトラベリング。反則になってしまう。
遥はパスを受けようと動くが四番がそうはさせてくれない。つかさの跳躍力とボディコントロールを持ってしてもこのままでは危ない。
「つかさ!」
右サイドを舞が駆け上がる。舞のマークはその後ろを必死に追っている。これならパスが通るか。
体勢を入れ替えたつかさは着地寸前に舞が走り込む先へバウンドパスを送り窮地を脱する。
ボールはやや弱々しく跳ねて転がっていく。
舞はウイングから少し下りた位置、3ポイントラインの外でボールを拾った。
残り時間は一秒を切ろうとしている。
シュート体勢に入る。追ってきた敵もそれに合わせ力いっぱいに飛ぶ。またしても絶妙なタイミング。やむを得ず、舞はシュートをワンテンポ遅らせる。敵が目の前を流れ飛んでいくのと同時、その場でシュートコースが開けるのを待つより動いたほうが早いと判断した舞は、ドリブルを一つついて横にずれる。
敵のブロックをやり過ごし、再びシュートを狙う。時間をロスした分、とにかく速いリリースが求められた。
遥はタイマーを一瞥する。
信じられない速さで残り時間が吸い込まれていく。それは砂時計の砂が落ちきる間際の加速感に似ていた。
もはや祈ることしかできない。
舞の手からラストショットが打ち出される。
けたたましくブザーが鳴り響く中、リングに触れることなく斜めに飛び込んだボールをネットが受け止める。ネットが翻り、ボールはスピンしながらほぼ真下に落ちていく。ブザーが鳴り止み、コート上の者が動きを止める中、行くあてもなくバウンドするボールもまた空気を読むように徐々に静かになる。
シュートはカウントか。それともノーカウントか。
勝利のブザーとなるか敗北のブザーとなるか。
タイマーが〇になる前に手からボールが離れていればそのシュートは認められる。
全ては審判のジャッジに委ねられた。
ベンチ、二階席、皆が息を詰める。
遥はボールの打ち出される瞬間が目に焼きついていた。
しかし確信は持てなかった。
審判が胸の前でクロスさせた手を左右に広げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます