42. 不穏な気配
ゲーム序盤は両校探り探りの展開が続いた。
川貴志の組織だったオフェンスを止められず失点がかさんだものの、舞とつかさを中心に得点を重ね、御崎は一点リードで第一クォーターを終了。いつもより時間の流れを早く感じる十分間だった。
第二クォーター。
つかさのプレーが研ぎ澄まされていく。以前の環境では当たり前だった厳しいプレッシャーを肌で感じ、勘を取り戻しつつあるようだった。
そんなつかさの活躍もあり八点リードで前半を折り返す。
順調だった。この点差は川貴志が思うように自分たちのバスケをできていないために開いたものだ。
川貴志に加わったれのはエースキラーとしてこれまで数々の選手を沈黙させてきたはずだ。それが今回は苦戦を強いられているものだから、周囲の選手が今一つリズムを掴めなくなった原因になっているのかもしれない。
それに比べ御崎はいつも通りといえた。しかし油断はできない。後半何が起きるかわからない。川貴志にいつころっと流れが傾いてもおかしくないほど両校の実力は伯仲している。
ハーフタイム終了。
気を引き締め、コートに入る。
後半は御崎スローインでスタート。
川貴志のディフェンスは前半同様マンツーマン。それぞれがマークする選手をつかまえている。
「八番オッケー」
何かの間違いかと思った。
遥のもとにやってきたのはれのだった。
じゃあつかさちゃんのマークは?
四番の選手がついていた。ディフェンスの種類は同じでもチームディフェンスの変更があったか。ともかく攻めてみて相手の出方を見るしかない。
つかさからの視線を受け、遥は頷いた。れののディフェンスは頭に焼きついている。
第三クォーター開始。
やはり警戒すべきはスティールとパスカット。
しかしその実、れのはつかさに行っていたようなタイトなディフェンスでプレッシャーをかけてこなかった。それどころか離して守られている。
川貴志は前半途中から、つかさと舞以外に外から打たれるのはよしとしたディフェンスを行ってきた。そうしたほうが御崎が得点する確率が低くなるからだ。
結果として、マークが薄くなった他メンバーの活躍もあって劣勢に追いこまれることはなかったが、得点ペースが落ち、楽に得点できる機会が減少、一点の重みが増したのは確かだった。
そうしてつかさと舞にディフェンスを割いていたのに、ここでれの自らがその二人以外をマークする意図が読めない。
私をマークしたのはフェイクで本来の目的が別に……
「どうかした?」
思考を見透かしたようにれのが話しかけてきた。
「どうもしないです」
「そ」
目の前のプレーに集中する。
もなかが遥に向かってパスを出そうとしていた。
れのとの距離的に安心して受けられそうだった。タイトにくるつもりはなさそうで遥はひと安心する。つかさに対して行っていたようなあんな激しいマークを振りほどく自信はなかった。
パスを受けようとれのからほんの一瞬目を切ったときだった。
「遥ちゃん!」
もなかが叫んだ。
未知の危険が迫ってくる感覚。遥はれの方向を流し目で見る。
視界の端から手が伸びてくるのを認めた。誰のものだ。事前に確認した際、れのとの距離は十分にあった。だとしてもれのに違いない。確信めいたものがあった。
遥もボ―ルに手を伸ばすがそれよりも早く鋭く、白い手に弾かれる。ネコ科動物が飛びつくような、蛇が噛みつきにかかるような瞬発力。
遥は自陣へ転がっていくボールを追いかける。ボール、れの、遥の並び。追いつけない。
速攻を決められた。リードは六点に。
後半の入り方として最悪だった。同じようなことを続けるわけにはいかない。
「すみません」
「私こそごめん。あの子はもっと気をつけないとだめだね」
もなかも申し訳なさそうにしていた。
つかさがそっと声をかけてきた。
「ごめん、言い忘れてた。れのは油断させてああいうのをガンガン狙ってくるから気を抜いちゃだめよ」
その言葉を肝に銘じ、遥は気を引き締め直す。
「うん。一本返そう」
オフェンスだ。れのへの警戒をさらに強める。
遥にパスが回ってきた。
絶対にれのから意識を逸らすまいと努めながら、パスに対ししっかりミートする。
だが、無情にも脅威は再び襲いかかる。
空中でキャッチし――矢のように速い一歩だった。
足もとに入り込むような低い姿勢。れのの姿が視界から消える。遥が着地するのと同時、胸前で両手で受けたボールが上へすぽっと抜け、眼前に浮遊する。れのが下からすくうようにはたきあげたのだ。
「あっ」
手中に戻そうと動き出すも遅い。れのにさらわれ速攻を出されてしまう。遥は走るがパスのスピードに追いつけるはずもなく。ネットが揺れた。
「ナイス、れの」
間違いなく狙われている。マークチェンジはつかさ封じの秘策があるからではなくこのためか。もなかではなく遥についたのは、遥が
ものの十数秒で2ゴール差。
遥は自身を責める。
「大丈夫。落ち着いて」
すぐさま言葉をかけたのはつかさだった。
「ありがとう。でも、ごめん……」
「慣れてなかったら仕方ないわ。れのはよくああやってわざと普通より離して守るの。マークにボールがきても問題なく戻れるから。それで相手が少しでも隙を見せればマイボールにしちゃう。隙を見せなくても取られる人は取られるけど、遥なら大丈夫。弱気になったらだめよ」
まさに弱気になりかけていた。
連続ターンオーバーからの連続失点でゲーム自体も一気に川貴志のペースに飲み込まれそうになっていた。タイムアウトは取っていない。しばらくつかさがボール運びの中心となることで落ち着くことができた。
川貴志は掴みかけた流れに乗り切ることができず、傾いた流れはごぶに戻る。その後は主導権をどちらが握るかの互角の戦いが続いた。
御崎六点リードでのオフェンス。
遥は引き続きれののマークを受けている。
もなかがドリブルで中へ切れ込んだところへ、横合いかられのが手を出しスティール。攻守が入れ替わり、その攻撃をきっちりと決められ四点差に。
遥は
川貴志に動きがあった。
これまで川貴志は何度も四点差までは追いつくも、それ以上は縮められずにいた。ここを一本止めた上で得点したいのは自明だ。
れのがハーフライン手前、少し高い位置で遥を待ち構える。以前までは3ポイントライン辺りまで下がっていたのだから、これは仕掛けてきたと捉えていい。
誘いこまれているようで怖い。遥はこの位置からディフェンスをされるのが一番苦手だった。
嫌な予感ばかりが先行する。ここはパスで繋ぎたい。
すると呼ぶ前につかさが戻ってきた。
遥は安堵した。ボール運びをつかさに任せることにした。
「逃げないでよ」
れのがぼそりとこぼした。
平行線の戦いが続くさなか、第三クォーター残り一分を切って、杏が立て続けにファウルを吹かれた。
オフィシャル席からファウル数を示す旗が出される。旗は五本あり1~5の数字が表記されている。今回は『3』の旗。三回目のファウルという意味だ。個人ファウルが五回に達した選手は退場となる。
その後クォーター終了間際、つかさのゴールで開始時のリードを取り戻し、
68-60
第三クォーター終了。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます