37. エース解放

 

 タイムアウト明け、同じメンバーでコートに入る。

 箕澤側にも選手の交代はない。


 杏ともなかが敵陣へ向かっていく。オールコートディフェンスの指示は出ていない。仮にそうだとしても杏まで前に出るのはおかしい。十中八九この二人は勘違いしていた。


「おーいディフェンスだぞ」


 岩平が呼び止めた。


「え、そうだっけ」

「攻め気があるのはいいけどまずディフェンスしてくれ」

「危なっ。ごめんごめん」

「ディフェンスディフェンス」


 走って自陣に戻ってきた。

 箕澤ボールで試合再開。


「一本しっかりー!」


 慎重になるあまり箕澤は攻撃の起点を作れない。ショットクロックだけが減ってゆく。なおも攻めあぐね続け、箕澤ベンチから飛ぶ声が大きくなった。


「時間ない、シュート!」


 七番が無理やりシュートした。ボールは制限時間内に手から離れていたがリングに届かなかった。よってボールの所有権が御崎に移る。ベンチが沸いた。


「ナイスディフェンス! ここもう一本取りましょう」


 遥は心の中で返事をし、スローインのボールを受ける。

 インターバル中に指示のあったオフェンスを実行するときがきた。


 少し前の三点プレー以前、今日のつかさは不気味なほどおとなしかった。

 それもそのはず。省エネ運転だったのである。それは終始エンジンをフル回転させなくてもよくなったことの裏返しといえる。


 そしてここまで、点ならいつでも取れるというように、周りに点を取らせることで公式戦に慣れさせようと、自分はアシスト優先でプレーしていたつかさ。

 そんなエースがここにきてついに、戦略的に牙をむく。


 作戦はシンプルだ。

 まずつかさと杏でスクリーンをかけディフェンスをスイッチさせる。成功すれば一時的につかさのマークには十番がつかざるを得なくなる。

 ゴール下に居座られると厄介なビッグマンを外へ引きずり出し、スピードのミスマッチをつく。相手の長所を封じると同時に短所を攻め立てるのだ。


 ディフェンス視点で考えればスイッチしなければよいという話になるが、そう簡単にいかないのがこのシンプルが故に強力なスクリーンなのである。


 十番を狙ったこの作戦はおそらく何度も使えない。箕澤もゾーンディフェンスを敷くなりして対策してくるだろう。焦りも出始めている今が使い時として最適に思えた。


 つかさが得点を狙えば箕澤の誰がつこうと同じことではある。にも関わらず、がむしゃらに得点を量産せず、こうして少しでもシュート成功率が高くなる状況を作り出すのは、先を見据えてのことでもあった。

 この先敵のレベルが上がれば上がるほど、つかさと言えど楽にばかり得点させてはもらえなくなる。それに厳しいディフェンスを相手に真っ向勝負ばかりしていれば、その分スタミナの消費も増える。ベンチメンバーが一人しかいないチーム事情的にもできるだけスタミナ消費を抑えて得点することが必要だった。


 つかさのディフェンスが杏のスクリーンにかかった。十番はスイッチして前に出る、ではなく、距離を空けたまま守ろうとしてきた。

 いいの、と問うようにつかさは労せず悠々と3ポイントシュートを沈めた。


 28-16


 10-0のランで気づけば点差は十二点に。


 その後箕澤は立て直しを図るもうまくいかず。

 第二クォーター終了二十秒前。

 逆サイドに振ろうとした敵のボールをもなかがカットした。箕澤の選手が急いで戻る。

 反対に遥は足を止め味方をペースダウンさせる。


 タイムマネジメント。相手に攻める時間を残さず自分たちのシュートで終わらせるため時間を調整する。


 このクォーター最後の一本を誰に任せるか。

 十分の締めくくりとして、そして次の十分に弾みをつける意味でも重要な役だ。基本的にはつかさが努める。だがうちにはもう一人、つかさにも引けを取らないスコアリング能力の持ち主がいる。

 彼女は今日、特に調子がよかった。


 遥は舞にボールを託す。

 残り十秒。ベンチから早琴と環奈がカウントを開始した。


「十、九――」

 

ボールをキープしていた舞が3ポイントラインの手前まで進む。腕一本分の距離を保って出方を窺っている敵に対し、幅の広いクロスオーバーで揺さぶりをかけた。

 左へ、そして右へと切り返した瞬間ディフェンスが外れた。すかさずジャンプショット。ネットが揺れる。


 一対一から残り時間をほとんど使い切っての得点に成功した。

 フィールドゴール―スローイン間で時間が止まるのは第四クォーターか延長で二分を切っている場合のみ。よって第二クォーターの現在はボールがネットをくぐった今も時間が進み続ける。


 箕澤の選手がスローインを出そうとしたところでブザーが鳴った。

 第二クォーターの得点は御崎二十八点に対し、箕澤十三点。


 46-29 


 御崎が十七点リードで前半を折り返す。


 早くもゲームが動いた。しかしこれはほんのきっかけに過ぎなかった。

 ハーフタイムに突入しベンチへ戻るのと入れ替わりに次の試合を控えた選手たちが流れ込んできた。


「グッジョブ」


 岩平が選手を出迎え親指を立てた。


「杏も二十点分の活躍だったぞ。記録上の得点はゼロだけど」

「え、まじ!?」

「え、点取ってると思ってたのか」

「ああー、なんでか知らないけど取ってる気分だった」


 そう言いながらも杏の機嫌は上向きのままだった。


「てかほんとに? ちょっと環奈スコア見せて」


 後半戦の頭からゾーンディフェンスを敷いてきた箕澤だったが、御崎はそれを物ともせず、前半掴んだ勢いそのままに戦って、終わってみれば


 94-66


 と第二シード相手に快勝を収めた。

 点差が開いたので早琴の出番も作ることができた。



 以下個人得点


      PTS

  舞   35

  つかさ 32

  もなか 10 

  杏   8

  遥   7

  早琴  2

 




 翌日の第三シードとの対戦ではゲーム序盤から主導権を握り完勝。県大会出場権を獲得した。

 そして反対ブロックから順当に勝ち上がってきた第一シードとの迎えた決勝戦。

 相性がよかったのか箕澤戦よりも楽な試合運びで勝利。地区予選をトップ通過という華々しい結果で本戦への弾みをつけた。

 ちなみに御崎に初戦で敗れた箕澤高校は、回った敗者復活戦で優勝。本戦出場の切符を手にした。


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