7. 環奈の実力

 

「こうなったら仕方ありません。やるからには本気でいきますので、もなか先輩も手加減はなしでお願いします」

「お、望むところだ」

「つかささん。ちょっと貸してください」


 急にやる気になった環奈はつかさにボールを要求した。


「ありが――ぐふ!」


 つかさからのパスをみぞおちで受けた。うずくまりかけるもどうにか立て直す。


「だ、大丈夫環奈ちゃん?」


 もなかが不安気にそろりそろりと近寄る。


「は、はい。このくらいへっちゃらです。そんなことよりこれは勝負ですよもなか先輩。私の心配なんかしてるとその隙に抜いちゃいますよっ」


 環奈が攻撃態勢に入った。左足を軸にして右方向に「ふん、ふん」言いながら一回、二回と揺さぶりをかける。

 もなかはそのフェイントのような動きを前にしても微動だにしない。


「さ、さあこーい!」

「んん……。もうこうなったら」


 環奈としては必死のフェイントだったのだろうが、さっぱり反応してもらえなかったのでやむなくドリブルを選択する。

 手を離れたボールは床で弾むことなく環奈のつま先に当たり、勢いよく斜め上へと跳ね上がる。待ち受けていたのはもなかの膝。当たる。跳ね返ったボールは勢いそのまま環奈に――


「ぐふぉっ!」


 入った。力を入れていなかったみぞおちに。膝から崩れる。


「だ、大丈夫!?」


 今度は少し狼狽しながら、もなかが駆け寄る。うずくまる環奈の横にしゃがんで背中に手をやると、環奈はもなかの胸に寄りかかった。


「おいおい、大丈夫?」


 駆けつけた杏が笑いをこらえながら問う。


「いひが、ひ、ひぬ」

「大丈夫だよ、すぐに楽になるから」

「ひ、ひぬ……あ、少し楽になってきました」


 環奈が体を起こした。もなかは環奈の肩に手を置く。


「ごめんね環奈ちゃん」

「環奈。あたしも悪かったよ。無理言ってごめんな」


 二人は憐れみ混じりに謝った。そしてつぶやくようにこぼした。


「もう一人、部員が必要だね」

「そうだな」

「え」

「え?」

「そんなかわいそうな子扱いされて諦められたらそれはそれで悔しいっていうか」

「じゃあ選手登録しよっか」


 もなかが笑みを向ける。


「すみませんでした。マネージャーでお願いします」


 最低あと一人必要な部員について話し合うことになった。三人は舞台前に移動し車座になる。つかさは一人でシューティングを始めた。


 スパッ、と心地良い音を立て、ボールがネットを通過した。バレー部からは溌溂な声とボールを打つ乾いた音が連続して響いてくる。


「環奈は誰か心当たりないの。中学でバスケ部だったとか」

「私の知る限りはいないです。まさかここまでいないとは思いませんでした」

「それ、私たちも去年同じこと思ってた」

「あたしは今年も同じこと思ってる」もういっそ みんなでバレー部入る?

「ちょっと不安になってきました」

「どこの学校もそうだろうけど、高校からバスケ始める人は少ないかいないかだしな」


 杏がバレー部の練習風景を眺めやる。こちらとは対照的に見学に来ている新入生が大勢いるばかりか既に練習に参加している者もいる。


「今年も試合できないならバレー部入ろうかな」

「そんな寂しいこと言わないでくださいよ」

「ごめん」

「というか杏先輩って元バレー部なんですか」

「違うよ。ずっとバスケ部」

「ですよね」

「あたしのこと知ってたの」

「はい。対戦はなかったですけど私が二年生のときに大会でお見掛けしました」

「もしかして目立ってた?」

「あ、はい。タフショットの鬼って呼ばれてましたよ」

「鬼……照れる」

「でも杏、ほんとにバレー上手いんだよね」

「そうなんですか」


 環奈は杏に尋ねた。


「バスケよりバレーのほうが得意だよ」

「だったらどうしてバレー部じゃないんですか」

「おいおい。そんなの決まってるだろ」

「すみません。野暮なこと聞いちゃいました」


 ガン、とつかさの放ったシュートがリングに当たった。


「あっ」


 杏が背筋を伸ばした。何かを思い出したようだ。


「どうしたんですか」


 落ちたシュートが転々と転がってくる。もなかはやおら立ち上がってボールを拾った。つかさに投げ返してやってから、自分もそちらへ歩き始めた。


「いるじゃん。バスケ経験者」

「え、どこですか」


 環奈は右、左と辺りを見回す。


「違う違う。結城って子だよ」

「たしかに結城さんは経験者ですけど」

「初心者勧誘するより経験者を説得するほうが可能性あると思わない?」

「それはそうかもしれませんが、ちょっと前と言ってること違うじゃないですか。個人の意志を尊重するんでしたよね。結城さんがバスケ部に入る気がないってこと忘れちゃったんですか」

「入る気がないなんてのは所詮、そのときは、だよ。あの子、つかさとの一対一で気持ちが揺らいだよ。あたしにはわかる」

「ほ、ほんとうですか」


 環奈の瞳が期待の光で満ちていく。


「間違いないね」

「すごいです。私の目には全然わからなかったです」

「明日話しに行くけど環奈はどうする」

「是非お供させてください!」



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